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12.脱出

 寝ているあいだに置かれていたらしい粥を食べ、林杏リンシンは宙に浮きながら、木材が傷んでいたり、外れそうになっていたりしないか調べた。屋根はしっかり釘で打たれており外れそうになく、木材もしっかりしたものを使っている。壁もすき間なく作られている。

(こんなところで几帳面さ発揮しなくていいのにっ)

 しかし蛇が帰ってくるまでのあいだ、ぼーっとしているのも、時間がもったいない。丁寧に壁を叩いて調べるが、どこからもしっかりと硬い音がしていた。

(あの子、どれくらいで帰ってくるかな?)

 できるだけ、早く帰ってきてほしい。ごうを受ける前に、晧月コウゲツ浩然ハオランの3人で、劫の対策を話すことにもなっている。

(早く戻らなくちゃ。迷惑かかっちゃうし)

 ふと、あることを思いつく。床板を破り地面を掘って脱出できないだろうか。林杏はさっそく床板を調べ始める。やはり建ててそれほど年月も経っていないので、壊れそうなところはなかった。

(八方塞がりって、このことなんだろうな)

 林杏は部屋の中央で寝ころんだ。

(もしも、あの子が誰も連れてこなかったら、戻ってこなかったら、どうしよう)

 這うように不安が近づいてくる。このまま劫を受けられなかったら、仙人になれなかったら。約束を守ることができなかったら、梓涵ズハンはどうなるのか。頭の中を、さまざまな考えが襲ってくる。

(出なくちゃ。なんとかしなくちゃ。……でもどうやって?)

 考えられることは、すべて行なった。なにをすればいいというのだ。

(だめだ。動け、動くんだっ。もし、あの子が帰ってこなかったとしても、何とか脱出できるように)

 林杏は起き上がった。まずは冷静になるべきだ。

(よくよく考えたら、逃げ出そうとしてるのがバレちゃったら、手足を拘束される可能性もあるな。じゃあ、死角になる位置で脱出経路を作る必要がある)

 林杏は右側の窓のすき間に移動し、見えそうな範囲を確認する。見えないとすれば、扉の裏側だろうか。

 昼食は運ばれてくるので、明るいうちから行動していると、脱走しようとしていることが、わかってしまう。

(それならできる時間は夕方から朝方にかけて、か。昼に寝て、夜に行動するほうがよさそう。小屋の中も暗いから、昼からでも寝れるだろうし)

 少しでも光が入ってくるあいだに、現状を確認しておくべきだろう。扉の裏側をもう1度調べるも、外せそうなところなどはない。

(でも、やるんだ)

 すき間を左になるように座ると、正面は扉側になるので星宇(シンユー)が異変に気がつく場合がある。それならば、左の壁で隅に近いところがいいだろう。

(体当たりしたら体力の減りも早いし、バレやすくなる。それなら……床? 床に穴を開けて地面を掘る?)

 しかしそのためには、まずは床板を剥がさなくてはいけない。なにか道具が欲しい。林杏はふと、髪飾りの存在を思い出す。今日つけているのは、杏子の花が彫られているものだ。

(浩然さん、ごめんなさいっ)

 林杏は髪飾りを床の木材同士のあいだに挿そうとする。刺さったが動かせば折れてしまいそうだ。諦めて髪飾りを抜き、頭に戻す。

(なにか、なにか使えそうな術はないか? ……待てよ、内丹術(ないたんじゅつ)は鉱物も作る。それならその鉱物の硬さを利用して床板を浮かせて外せないかな?)

 とにかくやってみるしかない。

 内丹術は自身の気を丸薬にする術だ。手のひらで気を丸めるのだが、丸くするのではなく平らに作ることができれば。林杏は気の形を丸ではなく、笹の葉のような形になるように試みる。やはりというべきか、最初は小指の爪より小さい、いつもどおりの球体となってしまった。

 しかし何度も繰り返すうちに、想像していたとおりの形を作ることができた。床板のなかでも釘の近くに練った鉱物を差し込み、少しずつ前後に動かす。まったく動かないが、時間がかかってでも、やっていくしかない。林杏は1度練った鉱物を抜き、服の中に隠した。今はまだ外が明るいので、星宇が来る可能性がある。

(絶対に出てやる)

 林杏は服の上から練った鉱物を握りしめた。


 それから4日間、林杏は朝の粥を食べると眠りにつき、暗くなると床板を剥がすために手を動かした。床板はしっかりと釘で打ちつけられているので、なかなか動かない。それでも林杏は諦めず、練った鉱物を前後に動かし続けた。蛇は帰ってきていない。

 5日目になったあたりだろうか、眠っているとなにか大きな音が、右の窓から聞こえたような気がした。まぶたの裏が明るくなる。

「林杏、林杏っ」

 林杏は目を開けた。光が眩しくてとっさにもう1度目を閉じる。そして再度ゆっくり目を開けると、そこには父親と母親がいた。

「と、うさん、かあ、さん?」

「林杏っ」

 母親が名前を呼びながら抱きしめてきた。温かい。ふと腰あたりに、なにかが触れる感触があった。蛇だ。

(そうか、父さんと母さんを連れてきてくれたんだ)

 林杏は母親を抱き返すと、蛇の頭を撫でた。

「遅くなってごめんね。最初布のことに気がつかなくて、その蛇を何度も追い返してしまっていたの」

「大丈夫。お前も、母さんたちのところに行ってくれて、ありがとうね」

 蛇は林杏の指に頭をこすりつけた。どうやら蛇も心配してくれていたようだ。

「それで、なんでこんなところにいるんだ? 帰ったんじゃないのか?」

 父親が近づいてきた。林杏は星宇に閉じ込められていたことを話した。両親の顔が驚きに染まる。

「そんな。星宇くんは『林杏とはその場で別れました』って言っていたのに。……とにかく、1度家に帰ろう。立てるか?」

「うん」

 林杏が立ち上がると、蛇が脚に巻きついてきた。

「お前も行く?」

 林杏が尋ねると、蛇は舌を1度だけ出した。肯定の合図だ。

「父さん、母さん。この子も連れていっていい?」

「ああ、もちろんだ。その子にもお礼をしないとな」

「普通の干し肉ならあるんだけど、食べるかしら?」

「卵でも大丈夫だよ」

 林杏は蛇を連れて、両親が板を外したのであろう窓から出て、3人と1匹で家に帰った。


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