林杏の話を聴いていた父親の空気が変わる。肌を刺すような、逃げたくなるような感覚に、父親が想像以上に怒っているのだとわかった。先ほどまで卵を食べていた蛇も、林杏のあぐらの中で大人しくしている。
「もうすぐ星宇くんが来る。話を聴こう」
林杏は蛇の尻尾を撫でながら、静かに星宇を待った。
しばらくすると、扉が3度叩かれた。
「おじさん、おばさん。おはようございます」
「星宇くん、入りなさい」
父親のいつもより低い声。星宇もなにか感じとったのか、扉を開ける勢いにためらいが感じられる。
林杏と目が合うと、星宇は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに眉を落とした。父親に言われ、林杏たちの向かいに腰を下ろす。
「なんの話か、わかるね?」
父親の言葉に、星宇はうなずいた。
「林杏を閉じ込めてました。ごめんなさい」
「謝る相手が違うだろう」
父親がそう言うと、星宇は林杏のほうを見て頭を下げた。
「林杏、閉じ込めてしまってごめんなさい」
「ねえ、星宇。なんでこんなことしたの?」
林杏は気になっていたことを尋ねた。星宇は俯きながら答えた。
「林杏に、死んでほしくなかったんだ。その
林杏はなにを言えばいいか、わからなかった。星宇は苦しそうに続けた。
「だって、初めてできた友達が死ぬってわかってて、別れられるはずないじゃないか」
星宇は顔を上げると、林杏を見た。
「もしも林杏と友達にならなかったら、おれ、この村になじめなかったと思う。ずっと一人ぼっちで、鳥しか友達がいなかったと思う。林杏がいたから、おれ、いろんな人と話せるようになったんだ。なあ、林杏。行くなよ。この村にいろよ。死なないでくれよ」
星宇の本音の訴えは、林杏を心苦しくした。
(もしもここに残ったら……劫を受けるのをやめたら)
たしかに今世の両親は、林杏の力で金儲けをすることはないだろう。しかし、周りの者たちはどうだろうか。林杏や両親を利用しようとする者は、きっと現れる。
「ごめん、星宇。それはできない。私は、劫を受ける」
「なんでだよ、死ぬんだぞ? そんなの、誰も望んでないっ。おじさんだって、おばさんだって、お前に生きててほしいのに」
それはわかっている。もちろん、林杏も無策で劫に挑む気はない。
「星宇、私は帰ってくるよ。必ず」
林杏は星宇をまっすぐ見つめる。星宇はなにか言いたそうにしたが、結局なにも言わず俯いてしまった。代わりに父親が口を開く。
「星宇くん。我々も君と同じ気持ちだ。けれど、林杏の気持ちを知った今は、覚悟を決めたんだ。だから、行かせてやってくれ」
父親の言葉に、もう怒りは滲んでいなかった。星宇はしばらく動かなかったが、ようやく顔を上げる。
「帰ってきてくれよ、林杏」
「うん。もちろん。……じゃあ、そろそろ行くね」
「……ああ」
林杏はあぐらの中にいる蛇に視線を落とす。
「お前ともお別れだね。いい
林杏の言葉を聴いた蛇は、なにを思ったか
この蛇は林杏に会うたびに求愛行動をとっていた。それなりに林杏になついているのだろう。ふと、以前に晧月が「もういっそ道院に連れてきちまえばよかったのに」と言っていたことを思い出す。
「道院に行ったら、ここみたいに自由に出入りはできなくなるよ? 私の部屋にずっといることになると思う。出歩けたとしても、私から離れられないし。それでもいいの?」
蛇は1度だけ舌を出す。蛇と一緒に暮らすのも、案外悪くないかもしれない。
「じゃあ、いこっか。一緒に」
蛇は林杏の腕から登ってきたかと思うと、首あたりに軽く巻きついた。林杏は立ち上がる。
「それじゃあ、いってくるね。父さん、母さん、星宇」
「ああ、気をつけるんだよ」
「いつでも帰ってきていいからね」
「……絶対帰ってこいよ」
星宇の言葉に林杏は力強くうなずく。劫に受からなくてはいけない理由が、また増えた。しかしそれでいいのかもしれない。
外に出ると林杏は足元に気を溜め、空を飛んだ。1度見下ろし、両親と星宇に手を振る。林杏は首まわりにいる蛇に話しかけた。
「お前は空を飛ぶのは初めてだろ? ゆっくり行くからね」
蛇は林杏の頬に頭をこすりつけてきた。どうやら高いところが平気なようだ。
林杏はいつもより速度を落として進む。
(あ、星宇に絵を見せるの、忘れてた。……絶対劫に受かって、また今度見せなくちゃ)
林杏は正面を見たまま、道院を目指して飛んだ。