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13.星宇の気持ち

 林杏リンシンは家に帰ってくると、体を清めたのちに両親からの質問に答えた。朝と昼の食事は与えられたので健康上は大丈夫だろうということ、星宇シンユーは出すつもりがなかったようであったこと、など。

 林杏の話を聴いていた父親の空気が変わる。肌を刺すような、逃げたくなるような感覚に、父親が想像以上に怒っているのだとわかった。先ほどまで卵を食べていた蛇も、林杏のあぐらの中で大人しくしている。

「もうすぐ星宇くんが来る。話を聴こう」

 林杏は蛇の尻尾を撫でながら、静かに星宇を待った。

 しばらくすると、扉が3度叩かれた。

「おじさん、おばさん。おはようございます」

「星宇くん、入りなさい」

 父親のいつもより低い声。星宇もなにか感じとったのか、扉を開ける勢いにためらいが感じられる。

 林杏と目が合うと、星宇は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに眉を落とした。父親に言われ、林杏たちの向かいに腰を下ろす。

「なんの話か、わかるね?」

 父親の言葉に、星宇はうなずいた。

「林杏を閉じ込めてました。ごめんなさい」

「謝る相手が違うだろう」

 父親がそう言うと、星宇は林杏のほうを見て頭を下げた。

「林杏、閉じ込めてしまってごめんなさい」

「ねえ、星宇。なんでこんなことしたの?」

 林杏は気になっていたことを尋ねた。星宇は俯きながら答えた。

「林杏に、死んでほしくなかったんだ。そのごうって試験を受けなければ、仙人にならなければ、ずっとこの村にいてくれると思って」

 林杏はなにを言えばいいか、わからなかった。星宇は苦しそうに続けた。

「だって、初めてできた友達が死ぬってわかってて、別れられるはずないじゃないか」

 星宇は顔を上げると、林杏を見た。

「もしも林杏と友達にならなかったら、おれ、この村になじめなかったと思う。ずっと一人ぼっちで、鳥しか友達がいなかったと思う。林杏がいたから、おれ、いろんな人と話せるようになったんだ。なあ、林杏。行くなよ。この村にいろよ。死なないでくれよ」

 星宇の本音の訴えは、林杏を心苦しくした。

(もしもここに残ったら……劫を受けるのをやめたら)

 たしかに今世の両親は、林杏の力で金儲けをすることはないだろう。しかし、周りの者たちはどうだろうか。林杏や両親を利用しようとする者は、きっと現れる。深緑シェンリュがまさにそうだったではないか。それに梓涵ズハンとの約束はどうするのだ。晧月コウゲツ浩然ハオラン)も道院で待っている。

「ごめん、星宇。それはできない。私は、劫を受ける」

「なんでだよ、死ぬんだぞ? そんなの、誰も望んでないっ。おじさんだって、おばさんだって、お前に生きててほしいのに」

 それはわかっている。もちろん、林杏も無策で劫に挑む気はない。

「星宇、私は帰ってくるよ。必ず」

 林杏は星宇をまっすぐ見つめる。星宇はなにか言いたそうにしたが、結局なにも言わず俯いてしまった。代わりに父親が口を開く。

「星宇くん。我々も君と同じ気持ちだ。けれど、林杏の気持ちを知った今は、覚悟を決めたんだ。だから、行かせてやってくれ」

 父親の言葉に、もう怒りは滲んでいなかった。星宇はしばらく動かなかったが、ようやく顔を上げる。

「帰ってきてくれよ、林杏」

「うん。もちろん。……じゃあ、そろそろ行くね」

「……ああ」

 林杏はあぐらの中にいる蛇に視線を落とす。

「お前ともお別れだね。いいつがいを見つけるんだよ」

 林杏の言葉を聴いた蛇は、なにを思ったかスカートを噛んだ。まるで別れたくない、とでも言うように。それを見た母親が「あらあら」と声を出す。

 この蛇は林杏に会うたびに求愛行動をとっていた。それなりに林杏になついているのだろう。ふと、以前に晧月が「もういっそ道院に連れてきちまえばよかったのに」と言っていたことを思い出す。

「道院に行ったら、ここみたいに自由に出入りはできなくなるよ? 私の部屋にずっといることになると思う。出歩けたとしても、私から離れられないし。それでもいいの?」

 蛇は1度だけ舌を出す。蛇と一緒に暮らすのも、案外悪くないかもしれない。

「じゃあ、いこっか。一緒に」

 蛇は林杏の腕から登ってきたかと思うと、首あたりに軽く巻きついた。林杏は立ち上がる。

「それじゃあ、いってくるね。父さん、母さん、星宇」

「ああ、気をつけるんだよ」

「いつでも帰ってきていいからね」

「……絶対帰ってこいよ」

 星宇の言葉に林杏は力強くうなずく。劫に受からなくてはいけない理由が、また増えた。しかしそれでいいのかもしれない。

 外に出ると林杏は足元に気を溜め、空を飛んだ。1度見下ろし、両親と星宇に手を振る。林杏は首まわりにいる蛇に話しかけた。

「お前は空を飛ぶのは初めてだろ? ゆっくり行くからね」

 蛇は林杏の頬に頭をこすりつけてきた。どうやら高いところが平気なようだ。

 林杏はいつもより速度を落として進む。

(あ、星宇に絵を見せるの、忘れてた。……絶対劫に受かって、また今度見せなくちゃ)

 林杏は正面を見たまま、道院を目指して飛んだ。


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