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14.聡

 昼を過ぎたあたりで、ようやく道院に着いた。共同宿舎の前に着地する。自室に向かおうとすると、右側から声をかけられた。

林杏リンシン、帰ってきたんだな。今回は割と長かったな」

 声をかけてきたのは、晧月コウゲツだった。

「ちょっと予期せぬ事態となりまして。ああ、そうだ。晧月さん、この子が前に話した蛇です。結局連れてきてしまいました」

「お、あのとき話してたやつか。よろしくな」

 晧月は蛇に視線の高さを合わせて言った。林杏は蛇にも晧月を紹介する。

「この人は友達の晧月さんだよ。だから警戒しなくて大丈夫だからね」

 蛇はじろじろと晧月を観察したあと、林杏の首元に頭を寄せた。

「ほー、だいぶ懐いてんな。そうだ、こいつの名前ってなんだ?」

 晧月の言葉で、林杏はようやく気がついた。

「やっぱりあったほうがいいですかね、名前」

「そりゃあな。お前さんも呼びにくいだろ?」

「お前、名前があったほうがいい?」

 蛇に尋ねると、舌を1度出した。少し考えると、いい名前が頭に浮かぶ。

「じゃあ、ツォンはどう? お前はとても聡明だから」

 蛇はもう1度舌を出した。林杏の服のえり元を噛み、首元に巻きつく。

「なんで急に求愛行動?」

「あははは。よっぽど嬉しいんだろうよ」

「ああ、いえ。あ、そうだ。昼食の鐘ってもう鳴ってます?」

「ああ、とっくに鳴ったぜ。さっき食事の時間が終わった」

 なんということだ。夕飯までなにも食べられないとは。

「……うう、わかりました」

「めちゃくちゃ落ち込むじゃねえか」

「いや、久しぶりに3食とも食べられると思っていたんで……」

「え、お前さん、実家に行ってたんじゃないのか?」

 林杏は簡単に事情を説明した。すると晧月は申し訳なさそうな顔をした。

「そうとは知らず、悪かったな。あれだったら、夕飯の鐘のとき、呼びに行くから寝とくか?」

「そうですね、それじゃあお願いしても? ああでも、聡のごはん、どうしよう。聡、おなかすいてるよね?」

 聡は舌を2度出した。林杏に気を遣っているのか、それとも本当におなかがすいていないのか。

(ああ、でも家で卵食べてたしな。蛇は週に1回のごはんでいいらしいし、大丈夫か)

 林杏は晧月に夕飯のときに起こしてほしい、と頼んでから自室に行った。

 林杏は自室に入ると、聡を放してやった。聡は辺りを見回している。

「聡、この部屋の中だったら好きに過ごしていいからね。私は、ちょっと寝るね」

 林杏はそう言いながら、寝台に寝ころんだ。目を閉じると、あっという間に意識を手放してしまった。


 どれくらい経っただろうか、体を揺らされる感覚で目が覚めた。

「んあ……? 晧月さん?」

「悪いな、林杏。勝手に入ってきたぜ」

 そういえば、夕飯の時間に起こしに来てくれるという約束だった。林杏は頭がぼーっとするなか、ゆっくり起き上がる。

「鐘、鳴りました?」

「おう、鳴ったぜ」

 全然聞こえていなかった。どうやらずいぶんと深く眠っていたようだ。

「起きてるか?」

「はい。だいぶ目が覚めてきました」

「じゃあ、飯行くか」

 林杏は聡の名前を呼ぶ。するとすぐに姿を現した。

「私、ちょっとご飯に行ってくるから、待っててね」

 聡が舌を1度出したことを確認すると、林杏は晧月と共に自室を出た。すると扉の前には浩然ハオランが立っていた。

(あ。謝らなくちゃ)

 しかし先に口を開いたのは浩然だった。

「このあいだは、すまなかった。お前は殴られた側だったというのに。……なにもできなかった自分が情けなくて、八つ当たりをしてしまった」

「いえ、そんな。心配してくださったんですよね? 私も浩然さんの気持ち、わからなくってすみません」

 浩然と視線が絡み合う。なぜか照れくさくて、林杏は視線をそらした。林杏はその場の空気を変えようと、聡を紹介することにした。部屋の中から連れ出す。

「浩然さん、この子、故郷にいた蛇なんです。聡って名前にしました。聡、この人は浩然さんだよ」

 蛇は浩然を睨むように見てから、口を大きく開けて威嚇音を出した。

「こらっ、浩然さんはいい人なんだよ。すみません、浩然さん」

「いや、かまわん。……オレもその蛇と同じ気持ちだからな」

「へ? どういうことです?」

「……食事、食べ損ねるぞ」

 浩然の言葉に、はっとした林杏は聡を部屋に戻すと扉を閉じた。林杏の両隣に晧月と浩然が並ぶ。

「はー、久しぶりに3人揃ったな。ほら、食堂の人……そうだ、荷花フーファさん。あの人もお前の顔見たら喜ぶだろうな」

「彼女もお前のことを心配していたぞ」

 林杏のことを思ってくれる存在が、前世と違ってたくさんいる。なんと幸せなことなのだろうか。林杏は口元に笑みが浮かんでしまうのを、抑えられなかった。

「どうしたんだよ、急に笑って」

 晧月は首を傾げた。林杏はこの気持ちを自分だけのものにしておきたい気がして、「なんでもありません」としか答えなかった。晧月と浩然は不思議そうにしていた。


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