昼を過ぎたあたりで、ようやく道院に着いた。共同宿舎の前に着地する。自室に向かおうとすると、右側から声をかけられた。
「
声をかけてきたのは、
「ちょっと予期せぬ事態となりまして。ああ、そうだ。晧月さん、この子が前に話した蛇です。結局連れてきてしまいました」
「お、あのとき話してたやつか。よろしくな」
晧月は蛇に視線の高さを合わせて言った。林杏は蛇にも晧月を紹介する。
「この人は友達の晧月さんだよ。だから警戒しなくて大丈夫だからね」
蛇はじろじろと晧月を観察したあと、林杏の首元に頭を寄せた。
「ほー、だいぶ懐いてんな。そうだ、こいつの名前ってなんだ?」
晧月の言葉で、林杏はようやく気がついた。
「やっぱりあったほうがいいですかね、名前」
「そりゃあな。お前さんも呼びにくいだろ?」
「お前、名前があったほうがいい?」
蛇に尋ねると、舌を1度出した。少し考えると、いい名前が頭に浮かぶ。
「じゃあ、
蛇はもう1度舌を出した。林杏の服の
「なんで急に求愛行動?」
「あははは。よっぽど嬉しいんだろうよ」
「ああ、いえ。あ、そうだ。昼食の鐘ってもう鳴ってます?」
「ああ、とっくに鳴ったぜ。さっき食事の時間が終わった」
なんということだ。夕飯までなにも食べられないとは。
「……うう、わかりました」
「めちゃくちゃ落ち込むじゃねえか」
「いや、久しぶりに3食とも食べられると思っていたんで……」
「え、お前さん、実家に行ってたんじゃないのか?」
林杏は簡単に事情を説明した。すると晧月は申し訳なさそうな顔をした。
「そうとは知らず、悪かったな。あれだったら、夕飯の鐘のとき、呼びに行くから寝とくか?」
「そうですね、それじゃあお願いしても? ああでも、聡のごはん、どうしよう。聡、おなかすいてるよね?」
聡は舌を2度出した。林杏に気を遣っているのか、それとも本当におなかがすいていないのか。
(ああ、でも家で卵食べてたしな。蛇は週に1回のごはんでいいらしいし、大丈夫か)
林杏は晧月に夕飯のときに起こしてほしい、と頼んでから自室に行った。
林杏は自室に入ると、聡を放してやった。聡は辺りを見回している。
「聡、この部屋の中だったら好きに過ごしていいからね。私は、ちょっと寝るね」
林杏はそう言いながら、寝台に寝ころんだ。目を閉じると、あっという間に意識を手放してしまった。
どれくらい経っただろうか、体を揺らされる感覚で目が覚めた。
「んあ……? 晧月さん?」
「悪いな、林杏。勝手に入ってきたぜ」
そういえば、夕飯の時間に起こしに来てくれるという約束だった。林杏は頭がぼーっとするなか、ゆっくり起き上がる。
「鐘、鳴りました?」
「おう、鳴ったぜ」
全然聞こえていなかった。どうやらずいぶんと深く眠っていたようだ。
「起きてるか?」
「はい。だいぶ目が覚めてきました」
「じゃあ、飯行くか」
林杏は聡の名前を呼ぶ。するとすぐに姿を現した。
「私、ちょっとご飯に行ってくるから、待っててね」
聡が舌を1度出したことを確認すると、林杏は晧月と共に自室を出た。すると扉の前には
(あ。謝らなくちゃ)
しかし先に口を開いたのは浩然だった。
「このあいだは、すまなかった。お前は殴られた側だったというのに。……なにもできなかった自分が情けなくて、八つ当たりをしてしまった」
「いえ、そんな。心配してくださったんですよね? 私も浩然さんの気持ち、わからなくってすみません」
浩然と視線が絡み合う。なぜか照れくさくて、林杏は視線をそらした。林杏はその場の空気を変えようと、聡を紹介することにした。部屋の中から連れ出す。
「浩然さん、この子、故郷にいた蛇なんです。聡って名前にしました。聡、この人は浩然さんだよ」
蛇は浩然を睨むように見てから、口を大きく開けて威嚇音を出した。
「こらっ、浩然さんはいい人なんだよ。すみません、浩然さん」
「いや、かまわん。……オレもその蛇と同じ気持ちだからな」
「へ? どういうことです?」
「……食事、食べ損ねるぞ」
浩然の言葉に、はっとした林杏は聡を部屋に戻すと扉を閉じた。林杏の両隣に晧月と浩然が並ぶ。
「はー、久しぶりに3人揃ったな。ほら、食堂の人……そうだ、
「彼女もお前のことを心配していたぞ」
林杏のことを思ってくれる存在が、前世と違ってたくさんいる。なんと幸せなことなのだろうか。林杏は口元に笑みが浮かんでしまうのを、抑えられなかった。
「どうしたんだよ、急に笑って」
晧月は首を傾げた。林杏はこの気持ちを自分だけのものにしておきたい気がして、「なんでもありません」としか答えなかった。晧月と浩然は不思議そうにしていた。