道院に帰ってきた次の日、
晧月の部屋の扉を3度叩く。
「晧月さん、林杏です」
「おー、入っていいぜ」
林杏は「失礼します」と言いながら、晧月の部屋に入った。すでに
「茶ならいくらでもある。おかわりも淹れられるから、気軽に言ってくれ」
「どうにかして、劫までに茶葉を使い切りたいんだと」
部屋が茶葉の香りに支配されるまでの量が、はたして消費できるのか。林杏はそんな風に思ったことを口に出さないことにした。
「ありがとうございます、いただきます」
林杏は浩然からお茶を受けとる。晧月に椅子を勧められたので、礼を言って腰を下ろす。
「さーて、茶あ飲みながら劫の対策、立てるとするか」
晧月の言葉に、林杏は浩然とほぼ同時に頷いた。
「まずは、それぞれどんな状況で脱落したか、整理してみるのはどうだ? まあ、汚点を晒すことにはなるが」
浩然の言葉に続いて、林杏は自身の脱落の流れを説明する。
「私は時間がわからなくなって、出たいと意思表示をしてしまいました」
「オレも似たような感じだな。虎野郎、お前はどうなんだ?」
「あー、俺は暇すぎて、つい『早く出てえなあ』って言っちまったら、死んじまった」
晧月らしい状況だ。彼にとって話す相手がいないことほど、退屈なことはないだろう。
「とにかく『出たい』と口にすれば意思表示した、と数えられるのか。厄介だな」
「でも劫には、なにも持ち込んじゃあいけねえだろ? あの真っ白な部屋で居続けるのは、なかなか根性がいるなあ」
寝台に座っている晧月が、後ろに倒れて寝転がる。そんな晧月を見て、浩然は溜息を吐いた。
「ずいぶんとお気楽に構えているが、今のままではもう1度死ぬことになるぞ」
「わかってるって。なにか考えないとな」
晧月は「よっと」と言いながら起き上がった。林杏は前世の劫で後悔したことを告げる。
「もっとちゃんと時間を見ておけばよかった、と私は思いました。時間がわかっていれば、そこから日にちも数えられますから」
「しかし、数えることに集中していても、途中でわからなくなってしまうぞ。オレがそうだったからな」
さすが浩然だ、まさかすでに時間を数えていたとは。しかし失敗に終わってしまったのならば、なにか別の方法を考えたほうがよさそうだ。すると晧月が案を出した。
「逆に寝た回数を数えるとか? 念のために1日2回寝るって考えて、14回眠ったら1週間だぜ?」
「ふむ。それならば過ごし方も考えておくべきだろう。これらの動きで何分、何時間と測っておいて、そのとおりに過ごせば1週間が経っている可能性はある。……ただ、眠る時間だけは数えられんから、ズレていくという問題はある」
もしも眠った時間が短い日々が続けば、予想していたよりも時間が経過していないことになる。再び混乱して、とっさに出たいと言ってしまう可能性がある。
「くそー、なんかおしい感じはするんだけどなあ」
晧月はそう言いながら右頬を膨らませ、自身の膝の上で左側に頬杖をついた。
「林杏、茶のおかわりはどうだ?」
空になった湯呑みに気がついたらしい浩然に声をかけられ、林杏は「いただきます」と湯呑みを渡した。茶が注がれる。
「やはり一筋縄ではいかんな」
そう言う浩然に湯呑みを渡される。林杏は両手で受けとった。
「ありがとうございます。……そうですね。でも晧月さんの言うように、なんだかおしい感じはすると思います。なにか1つでも道具が持ち込めればいいんですが」
「そうだな。しかし実際は無理なのだから、手ぶらで可能な方法を考えるしかない」
いっそ、持ち物と数えられないものが、あればいいのだが。
(もしもあるとすれば、服や体の一部……とか?)
毛、爪、装飾などが思い浮かぶが、どう使えばいいかまでは辿り着かない。結局時間を数えることができないのだから、印になるようなものがあっても活用できないだろう。
劫の部屋の中では、術も使えないので暇を潰すこともできない。
(そもそも数えないって方向は……無理だな。精神的にきつそう)
林杏は思わず溜息を吐いてしまった。部屋の空気もなんとなく、どんよりしているような気がする。
すると晧月が突然叫び出した。
「だあっ。もうあれだ、今日はもう茶をしばくだけにしようぜ。頭が詰まってきた」
「まあ、感覚はわからなんでもないが。……たしかに行き詰ってきたな。休憩や中断してもいいかもしれん」
「お、犬野郎の割にわかってるじゃねえか」
「お前はオレをなんだと思っているんだ」
「生真面目で根性なし。いろんな意味で」
晧月はニヤリと笑みを浮かびながら言った。浩然は言い返そうとしたようだが、結局は口を閉じた。晧月にからかわれていると、わかったのかもしれない。
結局林杏たちはその後、世間話をしながら何杯かお茶を飲み、解散した。