それから何日もかけて、
「まずは
名指しされた浩然は「はい」と返事をした。天佑は
「お2人のどちらかを、来週呼びに行きます。それまで普段どおりに過ごしておくように」
「「はい」」
天佑は建物をあとにした。
「浩然さん、頑張ってください」
林杏は左隣に立っていた浩然に声をかけた。浩然は首を縦に振ったあと、林杏をまっすぐ見つめたまま、口を開いた。
「林杏。もし、互いにこの劫を乗り越えたとき、伝えたいことがある。聞いてくれないか」
「わかりました。じゃあ、私も劫に受からないと」
「ああ。……林杏、必ずまた会おう」
浩然はそう言って、建物を去った。劫の準備をするためだろう。林杏も晧月と共に建物を出る。
(それにしても浩然さん、伝えたいことってなんだろう?)
まったく想像がつかない。もしも林杏に対する不満なら、すぐに言うだろう。そのため、浩然が伝えたいことの内容がまったく予想できなかった。
林杏は自室に戻ると、どう過ごすべきか悩んだ。ずっと修行をしていたので、いざ時間ができると、どう過ごせばいいのかわからない。
(ずっと晧月さんの部屋で喋っておくわけにも、いかないしなあ。……晧月さんは全然いいって言いそうだけど)
林杏は机の上に置いてある、蓮の髪飾りを持って寝台に腰かけた。頭に挿している杏の花の髪飾りも抜いて、両手の上に置いて眺める。
(浩然さん、妹さんにお土産渡せたかな。
心がざわつく。もしも、浩然が劫を乗り越えられなかったら。林杏は首を何度も横に振った。
(浩然さんなら、きっと大丈夫)
そう自分に言い聞かせるも、やはり不安になってしまう。このざわつきは、いったいなんだろうか。そんな風に考えていると、蛇の
「聡、私もうすぐ仙人になるための、最終試験を受けるんだ。そのときは、この部屋にずっといてもらうことになっちゃうんだ。ごめんね」
聡は舌を1度出した。了承してくれたようだ。
「期間は一週間なんだけど、食堂の親しい人に、卵を持ってきてもらえるように頼んでみるね」
そのとき、扉が3度叩かれた。
「林杏、いるか? 晧月だが」
「あ、はい、すぐに開けます」
林杏は杏の花の髪飾りをつけ、もう1つを机の上に置いた。扉を開けると、晧月が湯呑みなどを持って立っていた。
「よう、落ち着かないし、茶でも飲もうぜ。お、聡もいるのか。よっ、聡」
聡はまるで挨拶をするように、舌を何度か出した。
「あ、は、はい。どうぞ」
林杏は湯の用意をする。聡が足元をうろついていたので、首に巻くことにした。
「実は犬野郎に茶葉押しつけられてよ。ちょっと消費するの助けてくれ」
「はい、ぜひ」
湯が沸くと、晧月が持ってきた道具で茶を淹れはじめる。
「そういえば、結局浩然さんの茶葉って、どうなったんですか?」
「なんとか飲んでたみたいだけど、残りの半分くらいを俺に押しつけやがった。未開封でいいやつは、
「ああ、見守っていた方ですよね。お元気でしたか?」
「おう。今までにないくらい、幸せなんだとよ」
「よかったです」
林杏は晧月から湯呑みを受けとり、口をつけた。晧月は椅子に座ってもらい、自分は寝台に腰を下ろしている。
「なんだか、こうやって2人だけでおしゃべりするの、久しぶりなような気がしますね」
「そうだな。犬野郎とも話すようになったしな。……そうだ、林杏。恋バナしようぜ」
「恋バナ? ええっと、恋について語り合う感じですかね?」
「ま、簡単に言えばそうだな」
いまだに恋という感情について理解できていないので、いい機会かもしれない。林杏は首を縦に振った。
「でもどんなことを話せばいいんですか?」
「んー、そうだな。……お前さん、犬野郎についてどう思う?」
「どう、ですか。最初は怖そうで嫌な人でしたけど、本当はいい人なんだなあって思います」
林杏は素直に述べた。すると晧月は「ふむふむ」と頷いたあと、さらに質問をしてきた。
「このあいだ俺と手を繋いだとき、犬野郎と違うって言ってただろ? あれはなんでか、わかるか?」
「うーん、なぜでしょうか。……もしかして、晧月さんは答えがわかっていたりします?」
「おう」
「教えてください。なんで晧月さんと浩然さんで手の感じ方が違うのか」
晧月は「うーん」と少し考えたあとに、兄が妹を見るような、穏やかな目つきで答えた。
「まあ、お前さんの場合、一生気づかないって可能性もありそうだしな。手がかりをやるよ。一生を共に過ごすって考えたときに、俺と犬野郎のどっちがいいか、時間があるときにでも考えてみろよ」
「3人ではだめなんですか?」
「おう。片方としか暮らせない」
「なるほど。環境とかは、どんな感じですか?」
「ははは。そこまで深く考えなくていいぜ。ただ、どっちといたほうが、温かい気持ちになれるか、助け合いたいと思えるか、喜びを倍に、悲しみを半分にできるか。それを基準にしてみな」
「はい、わかりました。考えてみます」
林杏が頷くと、晧月は湯呑みの中のお茶を飲みきって、おかわりを淹れた。
「林杏。俺にとってお前さんは、初めての友達だ。これから先、お前さんが困ってたら絶対に助けるからな」
「私だって、晧月さんが困っていたら、助けますからね。ちゃんと言ってくださいね」
「おう」
林杏と晧月は微笑みを浮かべながら、お茶を飲み、歓談を続けた。