目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

29.友との結婚式

 林杏の実家で結婚式が行われるまで、あと3日となった。

(やっぱり晧月コウゲツさんも結婚式出てもらいたいな)

 なにかいい策はないものか。自分たちが結婚式の用意をするのならば、どうとでもできるが、それぞれの両親が式の用意をしている。こんなにも直前に人数の変更を告げれば、迷惑になってしまうだろう。それも本意ではない。

浩然ハオランさんに相談したら、ご実家に迷惑かかっちゃいそうだし。……そうだ、梓涵ズハンさんっ)

 同じ女性ならば、なにか助言してくれるかもしれない。林杏は晧月と浩然に梓涵のところに行く、と告げてから、桃園へ向かった。

 桃園に着き梓涵に事情を説明した。すると梓涵はその場で答えを与えてくれた。

「それなら明日、ここで簡単に結婚式をすればいいのよ。非公式って形にしたら、わざわざ両家に言わなくてもいいだろうし。安心して、わたくしが林杏に似合う服を用意しておくから。旦那さんの分もね」

「え、でも、そこまで甘えていいんでしょうか」

「もちろん。わたくしだって、林杏の結婚式は見てみたいもの。でもわたくしは、ここから離れることはできない。だからここで結婚式をしてくれると、わたくしも嬉しいわ」

「梓涵さん。ありがとうございますっ。よろしくおねがいします」

 林杏は浩然と晧月に話すために、すぐに家に帰った。


 林杏は晧月と浩然の手を止めさせて、桃園での結婚式のことを話した。

「というわけで、明日は増築作業をお休みしてください」

「待った待った、林杏。お前さん、つまり、俺のためにわざわざ結婚式をするってことか?」

「え、はい。本当は来てほしいんですが、今から人数変更はさすがに迷惑だと思って」

「いや。いや、いやいや。さすがにそれは申し訳ねえよ。梓涵さんに言ってきてくれ。それに式3つだぞ? 疲れるじゃねえか」

「大丈夫です。それに梓涵さんも私の結婚式見たいって言ってくれました」

「おい、犬野郎。なんとか言ってやってくれよ」

 晧月は浩然に助け船を求めた。すると浩然が口を開いた。

「林杏がしたいのならば、3回でも4回でも構わん」

「あーっ、そうだった。こいつ林杏にめちゃくちゃ甘かった」

「ただ、そういうことは前もって相談してもらいたい。服を用意したいからな」

「そこじゃないっ。犬野郎、そこじゃねえよっ」

 たしかに梓涵が用意してくれると言っていなかったら、バタついていただろう。

「ごめんなさい。でも梓涵さんが、浩然さんの服も用意してくれるそうです」

「そうか。なにか礼に、いい茶葉でも多めに持っていくか」

「そこじゃねえんだわ、この新婚夫婦っ」

 もしや、晧月は結婚式に行くのが嫌なのだろうか。それならば、梓涵にきちんと話をしなくてはいけない。

「晧月さんは、私たちの結婚式、見たくないですか?」

「……見たいに決まってんだろ、このやろおっ」

「じゃあ、決まりで」

 こうして明日の、少し早い結婚式が決まった。


 次の日、林杏と浩然が早めに桃園に向かうことになった。前回お茶会をした、開けた場所には桃の花が咲き誇っており、机と人数分の椅子が置かれていた。

「このたびはありがとうございます、梓涵さん。その節は大変失礼なことをして、申し訳ありませんでした」

「いえ、いいんですよ。それにしても今日は楽しい日になりそうですね。わたくしは林杏の着付けをしたいのですが、旦那さまもお手伝いしたほうがいいでしょうか?」

「いえ、ワタシは自分で着られます。女性は髪のこともあるでしょうから、どうか妻を手伝ってやってください。……林杏、またあとでな」

「は、はい」

 林杏は「こちらへ」という梓涵についていく。すると桃の木を利用して幕が張られており、内側へ入ってみると真っ赤で、桃の花が刺繍された服と1脚の椅子があった。

「本当はもっと豪華にしたかったんだけど、素敵な服は本番にとっておきましょ。まずはこっちを着て」

 林杏は梓涵の指示どおりに、袖を通していった。何枚も重ね着をしたあと、椅子に座り髪を結われる。

「林杏は、旦那さんのどこが好きになったの?」

「ふぇっ?」

 予想してなかった質問に林杏は、声が裏返った。どこ、と言われても困ってしまう。

「そ、その、気がついたら好きになってまして……」

「まあ、素敵っ。全部が好きなところってことじゃない」

 そんな風に時折話していると、あっという間に髪が結い終わった。自分ではどのようになっているのかわからないが、ずいぶんと頭が重いので、かんざしがたくさん使われているようだ。

「じゃあ、行きましょう。すそが長いから、軽く蹴るようにして歩くのがコツよ」

 林杏は言われたとおりにしながら、ゆっくりと1歩ずつ進んだ。幕の外に出て、机に向かう。

 そして机の上には菓子ではなく、大きなエビと鶏の丸焼き、魚を揚げたもの、アワビの姿煮などが並んでいた。よく見ると酒もある。到着したときにはなにものっていなかったはずだ。

(梓涵さん、いつの間にっ)

すでに浩然と、あとからやってきた晧月が席についている。林杏は梓涵に言われ、浩然の隣に座った。

「よく似合っているな、林杏」

「ありがとうございます」

 互いに微笑み合うと、林杏は正面にいる晧月と梓涵を見た。2人とも笑顔だ。

「おめでとう、林杏。もしも犬野郎がいらんことしたら、いつでも言えな」

「やかましいわ。めちゃくちゃ大切にして、そのままオレしか見ないようにするに決まってるだろ」

「あら、旦那さんは林杏のこと、大好きなのねえ」

 そう言いながら、梓涵がそれぞれに酒を注いでくれた。

「それじゃあ、林杏と旦那さんの明るい未来を願って、乾杯しましょうか。2人とも、一言ずつお願いできる?」

 すると浩然がさかずきを持って、口を開いた。

「本日はこのような機会を設けてくださり、ありがとうございます。林杏の広い心に感謝しながら、日々を過ごしていきたいと思います」

 林杏も続けて言うことにした。杯を持つ。

「えっと、こうやって友達に囲まれて、祝ってもらえて、幸せです。これからも、よろしくおねがいします。えっと、か、乾杯」

 4人は杯の中の酒を一気に飲み干し、中身を見せた。全員空である。

「このお酒、桃でできているの。甘いでしょう?」

「はい、とってもおいしいです」

 林杏がそう返事をすると、風が吹いた。桃の木々が歌うように揺れる。

 浩然も、晧月も、梓涵も笑っている。前世ではたった1人だった自分が、今では優しい友人や夫に囲まれて仙人となっている。

(まるで夢のようだ)

 しかし夢でも幻でもない。いや、夢であったとしても、心の支えにできるだろう。

 まるで現実であることを知らせるように、もう1度柔らかい風が吹く。浩然が机の下で手を握ってきた。初めて手を繋いだときよりも、温かい気がした。






                                                                      杏の仙人  終わり


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?