林杏の実家で結婚式が行われるまで、あと3日となった。
(やっぱり
なにかいい策はないものか。自分たちが結婚式の用意をするのならば、どうとでもできるが、それぞれの両親が式の用意をしている。こんなにも直前に人数の変更を告げれば、迷惑になってしまうだろう。それも本意ではない。
(
同じ女性ならば、なにか助言してくれるかもしれない。林杏は晧月と浩然に梓涵のところに行く、と告げてから、桃園へ向かった。
桃園に着き梓涵に事情を説明した。すると梓涵はその場で答えを与えてくれた。
「それなら明日、ここで簡単に結婚式をすればいいのよ。非公式って形にしたら、わざわざ両家に言わなくてもいいだろうし。安心して、わたくしが林杏に似合う服を用意しておくから。旦那さんの分もね」
「え、でも、そこまで甘えていいんでしょうか」
「もちろん。わたくしだって、林杏の結婚式は見てみたいもの。でもわたくしは、ここから離れることはできない。だからここで結婚式をしてくれると、わたくしも嬉しいわ」
「梓涵さん。ありがとうございますっ。よろしくおねがいします」
林杏は浩然と晧月に話すために、すぐに家に帰った。
林杏は晧月と浩然の手を止めさせて、桃園での結婚式のことを話した。
「というわけで、明日は増築作業をお休みしてください」
「待った待った、林杏。お前さん、つまり、俺のためにわざわざ結婚式をするってことか?」
「え、はい。本当は来てほしいんですが、今から人数変更はさすがに迷惑だと思って」
「いや。いや、いやいや。さすがにそれは申し訳ねえよ。梓涵さんに言ってきてくれ。それに式3つだぞ? 疲れるじゃねえか」
「大丈夫です。それに梓涵さんも私の結婚式見たいって言ってくれました」
「おい、犬野郎。なんとか言ってやってくれよ」
晧月は浩然に助け船を求めた。すると浩然が口を開いた。
「林杏がしたいのならば、3回でも4回でも構わん」
「あーっ、そうだった。こいつ林杏にめちゃくちゃ甘かった」
「ただ、そういうことは前もって相談してもらいたい。服を用意したいからな」
「そこじゃないっ。犬野郎、そこじゃねえよっ」
たしかに梓涵が用意してくれると言っていなかったら、バタついていただろう。
「ごめんなさい。でも梓涵さんが、浩然さんの服も用意してくれるそうです」
「そうか。なにか礼に、いい茶葉でも多めに持っていくか」
「そこじゃねえんだわ、この新婚夫婦っ」
もしや、晧月は結婚式に行くのが嫌なのだろうか。それならば、梓涵にきちんと話をしなくてはいけない。
「晧月さんは、私たちの結婚式、見たくないですか?」
「……見たいに決まってんだろ、このやろおっ」
「じゃあ、決まりで」
こうして明日の、少し早い結婚式が決まった。
次の日、林杏と浩然が早めに桃園に向かうことになった。前回お茶会をした、開けた場所には桃の花が咲き誇っており、机と人数分の椅子が置かれていた。
「このたびはありがとうございます、梓涵さん。その節は大変失礼なことをして、申し訳ありませんでした」
「いえ、いいんですよ。それにしても今日は楽しい日になりそうですね。わたくしは林杏の着付けをしたいのですが、旦那さまもお手伝いしたほうがいいでしょうか?」
「いえ、ワタシは自分で着られます。女性は髪のこともあるでしょうから、どうか妻を手伝ってやってください。……林杏、またあとでな」
「は、はい」
林杏は「こちらへ」という梓涵についていく。すると桃の木を利用して幕が張られており、内側へ入ってみると真っ赤で、桃の花が刺繍された服と1脚の椅子があった。
「本当はもっと豪華にしたかったんだけど、素敵な服は本番にとっておきましょ。まずはこっちを着て」
林杏は梓涵の指示どおりに、袖を通していった。何枚も重ね着をしたあと、椅子に座り髪を結われる。
「林杏は、旦那さんのどこが好きになったの?」
「ふぇっ?」
予想してなかった質問に林杏は、声が裏返った。どこ、と言われても困ってしまう。
「そ、その、気がついたら好きになってまして……」
「まあ、素敵っ。全部が好きなところってことじゃない」
そんな風に時折話していると、あっという間に髪が結い終わった。自分ではどのようになっているのかわからないが、ずいぶんと頭が重いので、かんざしがたくさん使われているようだ。
「じゃあ、行きましょう。
林杏は言われたとおりにしながら、ゆっくりと1歩ずつ進んだ。幕の外に出て、机に向かう。
そして机の上には菓子ではなく、大きなエビと鶏の丸焼き、魚を揚げたもの、アワビの姿煮などが並んでいた。よく見ると酒もある。到着したときにはなにものっていなかったはずだ。
(梓涵さん、いつの間にっ)
すでに浩然と、あとからやってきた晧月が席についている。林杏は梓涵に言われ、浩然の隣に座った。
「よく似合っているな、林杏」
「ありがとうございます」
互いに微笑み合うと、林杏は正面にいる晧月と梓涵を見た。2人とも笑顔だ。
「おめでとう、林杏。もしも犬野郎がいらんことしたら、いつでも言えな」
「やかましいわ。めちゃくちゃ大切にして、そのままオレしか見ないようにするに決まってるだろ」
「あら、旦那さんは林杏のこと、大好きなのねえ」
そう言いながら、梓涵がそれぞれに酒を注いでくれた。
「それじゃあ、林杏と旦那さんの明るい未来を願って、乾杯しましょうか。2人とも、一言ずつお願いできる?」
すると浩然が
「本日はこのような機会を設けてくださり、ありがとうございます。林杏の広い心に感謝しながら、日々を過ごしていきたいと思います」
林杏も続けて言うことにした。杯を持つ。
「えっと、こうやって友達に囲まれて、祝ってもらえて、幸せです。これからも、よろしくおねがいします。えっと、か、乾杯」
4人は杯の中の酒を一気に飲み干し、中身を見せた。全員空である。
「このお酒、桃でできているの。甘いでしょう?」
「はい、とってもおいしいです」
林杏がそう返事をすると、風が吹いた。桃の木々が歌うように揺れる。
浩然も、晧月も、梓涵も笑っている。前世ではたった1人だった自分が、今では優しい友人や夫に囲まれて仙人となっている。
(まるで夢のようだ)
しかし夢でも幻でもない。いや、夢であったとしても、心の支えにできるだろう。
まるで現実であることを知らせるように、もう1度柔らかい風が吹く。浩然が机の下で手を握ってきた。初めて手を繋いだときよりも、温かい気がした。
杏の仙人 終わり