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28.増築

 村長から図面を受けとると、晧月コウゲツ浩然ハオランが手順について話し合い始めた。全員が建築作業にかかると、食事などがおろそかになるため、林杏リンシンは食事を作ったり食材を集めたりする作業に徹することとなった。

 林杏は霊峰を歩き、キノコや木の実を探し、必要な場合は売った。代金は干し肉と魚の干物となり、3人の食欲を満たした。

 浩然の家族と出会うのは、結婚式のときとなっている。この国の結婚式は州によって流れが違う。林杏と浩然の故郷であるヤン州の場合あいさつに行くのは男性のみで、女性は夫となる人の家族と顔を合わせるのは結婚式のときだ。ちなみに結婚式は夫の実家と妻の実家、それぞれで開かれる。基本的に式の準備は親がするそうなので、林杏たちはなにもしなくていい。そのため林杏たちは家の増築に集中することができた。

 増築を始めてから5日後。その夜の浩然はずいぶん疲れていたようで、食事を食べ終えるとすぐ舟をこぎ出した。

「浩然さん、ここじゃあ体冷やしますよ。部屋で寝ましょう?」

「林杏もか?」

「私は片付けをするので、もう少しここにいます」

「なら行かん……」

「おいおい、犬野郎。明日も増築作業あるんだし、部屋で先に寝とけよ。林杏だって、心配で片付けできねえだろ?」

 晧月がそう言うと意外にも効果があり、浩然はなんとか寝室に行った。

「今日の作業、そんなに大変だったんですか?」

 林杏は晧月に尋ねた。晧月は「はははっ」と笑い教えてくれた。

「あいつはもっとお前さんを甘やかしたいんだよ。お前さんが恥ずかしがるから、手加減してるだけで。お前さんが気にしなくていいようにって思っているのか、張りきってるみたいでな。そんなに力入ってる状態なんざ体のほうが持たねえぞ、とは言ったんだけどよ」

「こ、これ以上どう甘やかすっていうんですか」

 今でも晧月がいるのも構わず頬や額に口づけをしてきたり、後ろから抱きしめるように座ったりしているのだ。正直に言えば晧月の前ではやめてほしくはあるが、晧月も浩然も気にしている様子がない。

「男っていうのは、好きな女を甘やかしたいもんなんだよ。そりゃもう、ドロドロにな」

「ええ……それって生活力なくなりませんか? 大丈夫でしょうか」

「ははは。お前さんはしっかりしてるなあ、大丈夫だって」

 先ほど晧月は『男っていうのは』と言った。林杏は好奇心が芽生え、晧月に尋ねた。

「晧月さんも、やっぱり甘やかしたいって思います?」

「そりゃあな。だがまあ、俺は妻を持つ気はないし、子どもを望みもしないからな」

 寂しがり屋の晧月にしては意外な答えだった。妻を迎え、子どもを望むものだと思っていたが。すると晧月は理由を話してくれた。

「俺はほら、生まれがアレだろ? だからもしも子どもができちまったら、面倒な世界に巻き込むことになっちまう。俺が王宮(あそこ)を離れていたとしてもな」

 そう、晧月は帝の7番目の御子。帝を引き継げるのは男性、御子の中に女性もいるとすれば、十分あとを継ぐことができるだろう。しかし晧月は次の帝になることを望んでいないので、仙人となった。命を狙われたこともあると言っていたので、大切な人を巻き込みたくないのかもしれない。

(孤独になることで、大切になるかもしれない人を守っているのか)

 それは寂しいようにも思えるが、それは当事者ではないからだ。きっと晧月のことだ、考え抜いて出した結論だろう。林杏が口出ししていいことではない。

「じゃあ、3人で楽しく暮らしましょうね」

 林杏がそう言うと、晧月は明かりにぼんやりと照らされた顔で、ニヤリと笑みを浮かべた。

「もしかしたら4人や5人になるかもしれねえぜ?」

「え、まだ誰か増えるんですか? ええっと、ほかに誰かいましたっけ? 来そうな人」

「はっはっは。お前さん、本当にそういうことに関しては、鈍いんだなあ。お前さんと犬野郎の子ども、だよ。まあこればっかりは授かりもんだから、確定はしてないけどな」

 子ども、という存在をすっかり忘れていた。そう、夫婦となれば子どもが生まれる可能性があるのだ。

「私にできるんでしょうか、そんなこと」

「だーいじょうぶだって。犬野郎だって、俺だっている。好きなときに頼りな」

「ふふ、ありがとうございます。晧月さん」

 そのとき、林杏と浩然の寝室の扉が開いた。先ほどより目つきがしゃんとしている。

「あれ、もう起きたんですか? そのまま明日まで寝てもらってて大丈夫なのに」

「いや、ずいぶんとすっきりした。ありがとう」

 先ほどの話を聴いて、林杏は浩然が心配になってしまった。再び隣に腰を下ろした浩然に告げる。

「あんまり無理しないでくださいね。お願いですから」

「ああ、もちろんだ。安心してくれ」

「ええー、お前さん、このところ張りきりまくりじゃねえか。ぶっ潰れるなよお?」

「余計なことを言って、林杏を心配させるな」

「心配させるって思ってるんじゃないですか、だめですよ無理しちゃ。結婚式もあるんですし」

 2回行われる結婚式は、まず女性の実家で行われるらしい。女性の家の忙しさに驚くばかりだ。晧月が言うには「そりゃあ、大事に育てた娘が出ていくんだから、当然だろ」とのことらしい。

 そして結婚式は親族だけで行うものらしい。晧月はどちらの結婚式にも顔を出せない。

(なんだか寂しいな)

 食事の片付けを始めようと立ち上がった林杏は、そんな風に思ったのだ。


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