村長から図面を受けとると、
林杏は霊峰を歩き、キノコや木の実を探し、必要な場合は売った。代金は干し肉と魚の干物となり、3人の食欲を満たした。
浩然の家族と出会うのは、結婚式のときとなっている。この国の結婚式は州によって流れが違う。林杏と浩然の故郷である
増築を始めてから5日後。その夜の浩然はずいぶん疲れていたようで、食事を食べ終えるとすぐ舟をこぎ出した。
「浩然さん、ここじゃあ体冷やしますよ。部屋で寝ましょう?」
「林杏もか?」
「私は片付けをするので、もう少しここにいます」
「なら行かん……」
「おいおい、犬野郎。明日も増築作業あるんだし、部屋で先に寝とけよ。林杏だって、心配で片付けできねえだろ?」
晧月がそう言うと意外にも効果があり、浩然はなんとか寝室に行った。
「今日の作業、そんなに大変だったんですか?」
林杏は晧月に尋ねた。晧月は「はははっ」と笑い教えてくれた。
「あいつはもっとお前さんを甘やかしたいんだよ。お前さんが恥ずかしがるから、手加減してるだけで。お前さんが気にしなくていいようにって思っているのか、張りきってるみたいでな。そんなに力入ってる状態なんざ体のほうが持たねえぞ、とは言ったんだけどよ」
「こ、これ以上どう甘やかすっていうんですか」
今でも晧月がいるのも構わず頬や額に口づけをしてきたり、後ろから抱きしめるように座ったりしているのだ。正直に言えば晧月の前ではやめてほしくはあるが、晧月も浩然も気にしている様子がない。
「男っていうのは、好きな女を甘やかしたいもんなんだよ。そりゃもう、ドロドロにな」
「ええ……それって生活力なくなりませんか? 大丈夫でしょうか」
「ははは。お前さんはしっかりしてるなあ、大丈夫だって」
先ほど晧月は『男っていうのは』と言った。林杏は好奇心が芽生え、晧月に尋ねた。
「晧月さんも、やっぱり甘やかしたいって思います?」
「そりゃあな。だがまあ、俺は妻を持つ気はないし、子どもを望みもしないからな」
寂しがり屋の晧月にしては意外な答えだった。妻を迎え、子どもを望むものだと思っていたが。すると晧月は理由を話してくれた。
「俺はほら、生まれがアレだろ? だからもしも子どもができちまったら、面倒な世界に巻き込むことになっちまう。俺が王宮(あそこ)を離れていたとしてもな」
そう、晧月は帝の7番目の御子。帝を引き継げるのは男性、御子の中に女性もいるとすれば、十分あとを継ぐことができるだろう。しかし晧月は次の帝になることを望んでいないので、仙人となった。命を狙われたこともあると言っていたので、大切な人を巻き込みたくないのかもしれない。
(孤独になることで、大切になるかもしれない人を守っているのか)
それは寂しいようにも思えるが、それは当事者ではないからだ。きっと晧月のことだ、考え抜いて出した結論だろう。林杏が口出ししていいことではない。
「じゃあ、3人で楽しく暮らしましょうね」
林杏がそう言うと、晧月は明かりにぼんやりと照らされた顔で、ニヤリと笑みを浮かべた。
「もしかしたら4人や5人になるかもしれねえぜ?」
「え、まだ誰か増えるんですか? ええっと、ほかに誰かいましたっけ? 来そうな人」
「はっはっは。お前さん、本当にそういうことに関しては、鈍いんだなあ。お前さんと犬野郎の子ども、だよ。まあこればっかりは授かりもんだから、確定はしてないけどな」
子ども、という存在をすっかり忘れていた。そう、夫婦となれば子どもが生まれる可能性があるのだ。
「私にできるんでしょうか、そんなこと」
「だーいじょうぶだって。犬野郎だって、俺だっている。好きなときに頼りな」
「ふふ、ありがとうございます。晧月さん」
そのとき、林杏と浩然の寝室の扉が開いた。先ほどより目つきがしゃんとしている。
「あれ、もう起きたんですか? そのまま明日まで寝てもらってて大丈夫なのに」
「いや、ずいぶんとすっきりした。ありがとう」
先ほどの話を聴いて、林杏は浩然が心配になってしまった。再び隣に腰を下ろした浩然に告げる。
「あんまり無理しないでくださいね。お願いですから」
「ああ、もちろんだ。安心してくれ」
「ええー、お前さん、このところ張りきりまくりじゃねえか。ぶっ潰れるなよお?」
「余計なことを言って、林杏を心配させるな」
「心配させるって思ってるんじゃないですか、だめですよ無理しちゃ。結婚式もあるんですし」
2回行われる結婚式は、まず女性の実家で行われるらしい。女性の家の忙しさに驚くばかりだ。晧月が言うには「そりゃあ、大事に育てた娘が出ていくんだから、当然だろ」とのことらしい。
そして結婚式は親族だけで行うものらしい。晧月はどちらの結婚式にも顔を出せない。
(なんだか寂しいな)
食事の片付けを始めようと立ち上がった林杏は、そんな風に思ったのだ。