2週間後、
「浩然さん、いつも以上に表情固くないです?」
「それはそうだろう、結婚のあいさつだぞ。緊張しないわけがないだろう。ところで本当に罵り菓子と茶葉と湯呑みでいいのか? もっとこう、格の高いもののほうがいいのでは?」
結婚式の前に行なう、男性から女性の実家へのあいさつには、3つの手土産を用意することになっている。結婚し、式を挙げるまでのあいだにすることを教えてくれたのは、
そして湯呑みといっても、赤や金で模様が描かれている高価なものだ。ほかにも両親の思い出の味である罵り菓子を、わざわざ
「いいんですよ。それじゃあ、入りましょう」
林杏は扉を3度叩いた。
「父さん、母さん。ただいま」
扉を開けたのは父親だった。いつもの農作業用の格好ではなく、
「おかえり、林杏。そちらの方が」
「う、うん、えっと、旦那さんになる人、です」
自分でも予想以上に詰まりながらの紹介となってしまった。浩然は先ほどまでの緊張などなかったかのように、背筋を伸ばし礼儀正しく腰を折った。
「初めまして。浩然と申します。このたびはお時間をとっていただき、誠にありがとうございます」
「おやおや、礼儀正しい人だ。まあ、お入りください」
「失礼します」
浩然と共に家の中に入り、林杏は先に座っている母親の向かいに座った。父親は母親の隣に、浩然は父親の向かいに腰を下ろす。
「こちら、ささやかですが」
「ありがとうございます。頂戴いたします」
浩然の贈り物を受け取った父親は、その場で開ける。贈り物で相手の男性が娘に足る人物か確認するという流れだ、と晧月から説明された。林杏はふと晧月から言われたことを思い出す。
『いいか、林杏。結婚は嫌でも家同士が繋がるんだ。だから誠意を見せなければいけない。そのために面倒な儀式があるんだ。その儀式を投げ出さない者こそ、我ら一族に加えてもいい、って考えになってるわけだな。だから手間がかかっても、ちょっと我慢しな』
帝の御子であり、王宮で働いていた晧月のことだ、結婚についての手続きや歴史も詳しいのだろう。結婚の日取りを占ったこともあるかもしれない。
(結婚って、想像してたより大変なんだなあ)
自分のことなのにも関わらず、どこか他人のような感想を抱いているうちに、父親が贈り物を包んでいた布を結び直した。
「我らにふさわしい品々を用意してくださり、ありがとうございます。お茶を用意しますので、どうぞお飲みになってください」
ちなみに両親が相手の男性に対して不満があると、【我らには高貴すぎます。どうか、お手元にお戻しください】と言われるらしい。とりあえず両親が浩然のことを不満に思わなかったことに、林杏は安堵した。
「ありがとうございます。いただきます」
浩然がそう返すと、林杏が立たなくてはいけない。両親は相手の男性をさらに詳しく知るために、話をするのだ。そのため妻になる女性がお茶を用意することになっているそうだ。
(晧月さんに教えてもらってなかったら、まったくなにもできてなかった気がする)
林杏はかまどの近くに置かれている茶葉や道具でお茶を淹れる。背後では両親と浩然の話し声が聞こえる。
「それにしても、林杏を好きになったきっかけは?」
「実はワタシは林杏さんに2度も助けられていまして」
浩然が自分のことを【ワタシ】と言っていることに内心驚きながら、林杏はお茶を運ぶ。
全員の前にお茶の入った湯呑みを置き、林杏は自分が座っていたところに戻った。それぞれがお茶を飲む。
「どうか、娘を幸せにしてやってください」
「許していただき、ありがとうございます。必ずや林杏さんと明るい家庭を築いていきます」
父親と浩然はそう言いながら、互いに頭を下げた。たしかこれで女性の家へのあいさつは終わりで、林杏から帰る旨を告げなくてはいけなかったはずだ。
「それじゃあ、私たちはもう帰るね。父さん、母さん」
「ああ、わかったよ。林杏、気をつけて帰るんだよ」
「浩然さん。林杏は本当に鈍いんで、はっきり言ってやってください」
「母さん、言い方……」
林杏は思わず呟いてしまう。すると浩然が微笑みながら答えた。
「林杏さんはとても聡い方です。お互い言葉に思いをのせて、日々を過ごしていきたいと思っています。言わずに通じるなんてことは、仙人の術でもありませんから」
浩然と目が合う。林杏は、はにかんだ。すると両親は嬉しそうな表情を浮かべた。
林杏は浩然を連れて、次に村長の家を訪れる。増築するための図面をもらうためだ。村長の家の扉を叩くと、なぜか
「え、星宇? なんで?」
「ほっほっほ。なんでも林杏の旦那を見ておきたいと言ってな。それでここで待つように言ったんだよ。ほほー、あんたが林杏の旦那かあ。はー、林杏が結婚かあ」
感慨深そうにしている村長から図面を受けとっていると、星宇が浩然を睨んでいるのが見えた。
「ちょっと星宇、そんなに睨んだら……」
「お前、本当に林杏のこと好きなのか? まったく恋愛に興味ないせいで、女っぽいところなんて、まったくないんだぞ?」
「星宇、あんた失礼ね」
林杏がそう言うと、浩然が林杏の額に小さく口づけを落とした。あまりにも突然だったので、林杏は固まってしまった。次第に頬が熱くなる。
「こんなにかわいらしい反応をしてくれる人を、好きにならないはずがないでしょう、林杏のご友人。村長殿、図面を描いてくださって、ありがとうございました」
「いやいや、なんのこれしき」
「それでは失礼いたします。林杏、飛ぶぞ」
浩然は林杏の腰に手を回し、そう言った。林杏は我に返り、慌てて足元に気を集めた。腰に手を回されたまま宙に浮き、手を解いたかと思えば林杏左手を握ってきた。
「は、浩然さんっ。な、なんで? なんで星宇と村長の前で?」
「けん制だ、気にするな」
「なにに対してっ?」
林杏が何度説明を求めても、浩然は口を開かなかった。