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27.夫のあいさつ

 2週間後、林杏リンシン浩然ハオランを連れて故郷へ飛んだ。家に着き扉の前に立つ。

「浩然さん、いつも以上に表情固くないです?」

「それはそうだろう、結婚のあいさつだぞ。緊張しないわけがないだろう。ところで本当に罵り菓子と茶葉と湯呑みでいいのか? もっとこう、格の高いもののほうがいいのでは?」

 結婚式の前に行なう、男性から女性の実家へのあいさつには、3つの手土産を用意することになっている。結婚し、式を挙げるまでのあいだにすることを教えてくれたのは、晧月コウゲツだった。

 そして湯呑みといっても、赤や金で模様が描かれている高価なものだ。ほかにも両親の思い出の味である罵り菓子を、わざわざフェイ州に行って買ってきた。それに加えて、浩然が選んだ上等な茶葉。これ以上に2人らしく、両親に喜んでもらえる品はない、と林杏は思っている。

「いいんですよ。それじゃあ、入りましょう」

 林杏は扉を3度叩いた。

「父さん、母さん。ただいま」

 扉を開けたのは父親だった。いつもの農作業用の格好ではなく、ほうというよそいきの服を着ている。袖が広い型のもので、若葉色は父の穏やかな人柄にぴったりだ。

「おかえり、林杏。そちらの方が」

「う、うん、えっと、旦那さんになる人、です」

 自分でも予想以上に詰まりながらの紹介となってしまった。浩然は先ほどまでの緊張などなかったかのように、背筋を伸ばし礼儀正しく腰を折った。

「初めまして。浩然と申します。このたびはお時間をとっていただき、誠にありがとうございます」

「おやおや、礼儀正しい人だ。まあ、お入りください」

「失礼します」

 浩然と共に家の中に入り、林杏は先に座っている母親の向かいに座った。父親は母親の隣に、浩然は父親の向かいに腰を下ろす。

「こちら、ささやかですが」

「ありがとうございます。頂戴いたします」

 浩然の贈り物を受け取った父親は、その場で開ける。贈り物で相手の男性が娘に足る人物か確認するという流れだ、と晧月から説明された。林杏はふと晧月から言われたことを思い出す。

『いいか、林杏。結婚は嫌でも家同士が繋がるんだ。だから誠意を見せなければいけない。そのために面倒な儀式があるんだ。その儀式を投げ出さない者こそ、我ら一族に加えてもいい、って考えになってるわけだな。だから手間がかかっても、ちょっと我慢しな』

 帝の御子であり、王宮で働いていた晧月のことだ、結婚についての手続きや歴史も詳しいのだろう。結婚の日取りを占ったこともあるかもしれない。

(結婚って、想像してたより大変なんだなあ)

 自分のことなのにも関わらず、どこか他人のような感想を抱いているうちに、父親が贈り物を包んでいた布を結び直した。

「我らにふさわしい品々を用意してくださり、ありがとうございます。お茶を用意しますので、どうぞお飲みになってください」

 ちなみに両親が相手の男性に対して不満があると、【我らには高貴すぎます。どうか、お手元にお戻しください】と言われるらしい。とりあえず両親が浩然のことを不満に思わなかったことに、林杏は安堵した。

「ありがとうございます。いただきます」

 浩然がそう返すと、林杏が立たなくてはいけない。両親は相手の男性をさらに詳しく知るために、話をするのだ。そのため妻になる女性がお茶を用意することになっているそうだ。

(晧月さんに教えてもらってなかったら、まったくなにもできてなかった気がする)

 林杏はかまどの近くに置かれている茶葉や道具でお茶を淹れる。背後では両親と浩然の話し声が聞こえる。

「それにしても、林杏を好きになったきっかけは?」

「実はワタシは林杏さんに2度も助けられていまして」

浩然が自分のことを【ワタシ】と言っていることに内心驚きながら、林杏はお茶を運ぶ。

 全員の前にお茶の入った湯呑みを置き、林杏は自分が座っていたところに戻った。それぞれがお茶を飲む。

「どうか、娘を幸せにしてやってください」

「許していただき、ありがとうございます。必ずや林杏さんと明るい家庭を築いていきます」

 父親と浩然はそう言いながら、互いに頭を下げた。たしかこれで女性の家へのあいさつは終わりで、林杏から帰る旨を告げなくてはいけなかったはずだ。

「それじゃあ、私たちはもう帰るね。父さん、母さん」

「ああ、わかったよ。林杏、気をつけて帰るんだよ」

「浩然さん。林杏は本当に鈍いんで、はっきり言ってやってください」

「母さん、言い方……」

 林杏は思わず呟いてしまう。すると浩然が微笑みながら答えた。

「林杏さんはとても聡い方です。お互い言葉に思いをのせて、日々を過ごしていきたいと思っています。言わずに通じるなんてことは、仙人の術でもありませんから」

 浩然と目が合う。林杏は、はにかんだ。すると両親は嬉しそうな表情を浮かべた。

 林杏は浩然を連れて、次に村長の家を訪れる。増築するための図面をもらうためだ。村長の家の扉を叩くと、なぜか星宇シンユーも出てきた。

「え、星宇? なんで?」

「ほっほっほ。なんでも林杏の旦那を見ておきたいと言ってな。それでここで待つように言ったんだよ。ほほー、あんたが林杏の旦那かあ。はー、林杏が結婚かあ」

 感慨深そうにしている村長から図面を受けとっていると、星宇が浩然を睨んでいるのが見えた。

「ちょっと星宇、そんなに睨んだら……」

「お前、本当に林杏のこと好きなのか? まったく恋愛に興味ないせいで、女っぽいところなんて、まったくないんだぞ?」

「星宇、あんた失礼ね」

 林杏がそう言うと、浩然が林杏の額に小さく口づけを落とした。あまりにも突然だったので、林杏は固まってしまった。次第に頬が熱くなる。

「こんなにかわいらしい反応をしてくれる人を、好きにならないはずがないでしょう、林杏のご友人。村長殿、図面を描いてくださって、ありがとうございました」

「いやいや、なんのこれしき」

「それでは失礼いたします。林杏、飛ぶぞ」

 浩然は林杏の腰に手を回し、そう言った。林杏は我に返り、慌てて足元に気を集めた。腰に手を回されたまま宙に浮き、手を解いたかと思えば林杏左手を握ってきた。

「は、浩然さんっ。な、なんで? なんで星宇と村長の前で?」

「けん制だ、気にするな」

「なにに対してっ?」

 林杏が何度説明を求めても、浩然は口を開かなかった。


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