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6話 黒の森の奇跡(7)

 オロオロする俺をひとしきり笑った殿下が少しだけ真面目な顔をして説明してくれた。


「まず、君の祈りの力がどのくらい影響を他に与えるか知りたかった。結果、君が本心から願うならそれは叶えられる事が分かった。範囲も癒やしや解呪にまで及ぶみたいだね」

「はぁ」


 それはまぁ、実感がある。肩のカーバンクルを俺は癒したいと願って、その為の力が使えたわけだから。


「そして、君が本心では拒むことには発動されない。躊躇いや迷いがある事象は、例え命令でも力が発動しなかった」

「あ……」


 そう、かも?

 人を傷つける可能性のある魔物を癒す事が正しいのか、俺は迷ったし……正直、したくないと思った。


「そして、人間性。金や保身でも君は他を傷つけたり殺める行為を拒んだ。仲間を盾に取られた時は……まぁ、分からないけれど」


 それは俺も分からない。そんな事にならないことを祈るばかりだ。


「何にしても、君の人間性込みでひとまず様子見にするよ。他の危険は周囲が回避すればいいしね。ただ、人が良すぎて信じやすそうなのだけは気をつけて。世の中そんなに綺麗じゃないからね」

「はい」

「うん。じゃあ、今日はもういいよ。あっ、でも今度また呼ぶ。聖女の任命式には出なくても式典用の服は一つないとね。仕立てたいから布選びと形決めと」

「え!」


 なんか、話が違う方向に飛んでいって俺は辞退しようとしたけれど、その前に殿下がニッと笑った。


「これは逃げられないから覚悟するように」

「そんなぁぁ」


 思わず脱力。精神的にも疲労困憊の俺は皆に笑われて、丁重に宿舎に送り返されるのだった。


§


 カーバンクルに『キュイ』という名前を付けた。鳴き声からなんて安直だけれど、俺が考えるペットの名前がポチやタマというセンスの欠片もない、ある意味伝統的すぎる名前だからさ。それに、当人が案外気に入って頭を擦りつけてきたからこれでいいんだ。

 餌は俺の魔力でも十分だし、自然界では木の実や果物が好きらしい。あと、小さな魔石なんかをあげると魔力が強まるそうだ。

 新しい環境に馴染むまでは篭に入れて、側に置いておくと馴染みがいいらしく、元々入れていた籠を貰った。今はこれに入れて馬車で移動中。俺の膝に乗っているせいか落ち着いて丸くなっている。


「それにしても霊獣が手に入るとは破格だ。これならマサの護衛にもいいしな」

「そんなに強いんだ」


 デレクが顎を手で触って繁々と覗き込んでいる。キュイも気づいているのか、片耳がピクリと上がり片目が開く。でも、あまり気にしていないみたい。


「とにかく頭がいいから、主の言う事をよく聞く。厨房に入らないよう話せば聞くぞ。ただ、食堂内でお前が見える場所にはいるだろうがな」

「凄い!」


 昔から動物は好きだし、ペットも少し憧れてはいた。実際、母の実家には老犬がいて、俺はよく抱きしめていた。

 ただ、仕事が飲食に関わるからずっと飼っていなかったんだ。

 そんなに言う事を聞いてくれるなら、側にいても問題なさそうだ。


「魔法も勝手に覚えるし、生まれて直ぐにある程度使える」

「すごいな。やっぱり、バリア的なもの?」

「使えない事はないだろうが、攻撃的なものが多いイメージだな。結界張るよりも先に叩くのが確実だから」

「あ……」


 クナルの説明に、俺はちょっと苦笑い。見た目はとても綺麗で愛らしいのに、その性格はかなり攻撃的なようだ。


「なんにしても、これで2ヶ月後にクナルが離れてもとりあえず大丈夫か」

「え?」


 腕を組んで明るい顔をしたデレクを、俺は驚いて見た。それと同時に心臓がドクンと大きく鳴った。

 クナルが離れる? しかも2ヶ月後? それは、どうして。


「後2ヶ月程で、今遠征部隊として出ている第一部隊が戻ってくる。そうしたら今度は俺達第二部隊が遠征部隊として王都を離れ、中継の町リーンの宿舎に行くことになる」


 静かな声が隣でして、でも俺は半分くらい聞こえてこなくて、ドクンドクンと音を立てる自分の鼓動しか分からなくなる。

 ずっと居てくれた、最初から。クナルが居てくれたから心強かった。甘えちゃ駄目だとか思いながら、何だかんだで甘えてしまって……ずっと、居てくれるものだと思っていた。


 居て、欲しい。


 思って、瞬時に否定する。これは俺の我が儘だから。クナルは仕事で……俺の護衛だって仕事で、だから居てくれるだけだ。少し甘いのも、世話好きなのも彼の優しさで、その優しさに甘えて縋ったらダメなんだ。

 本当なら俺は一人で頑張らないといけないのに、いつの間にか居てくれるのが当たり前になって。当たり前に思っちゃダメなのに。


「マサ?」

「あぁ、うん。そう、なんだ。えっと……」

「第一部隊がこっちに戻ったら引き継ぎして、お前の事も第一部隊の信頼出来るのにまた護衛頼むって話だ」


 ぼーっとして話を聞いてなくて、俺は慌てて誤魔化して笑った。そういう話をしていたんだ。理解した。


「分かった。ごめん、デレク。手間なのに」

「なーに、お前を引き込んだのは俺だしな。面倒くらい見るって」

「ありがとう」


 そうだよ、こんなの贅沢だろ。初日から衣食住が保証されて、仕事も与えられて、不慣れな環境での生活にアドバイスや補助もしてもらって。至れる尽くせりじゃないか。

 これ以上なんて望んじゃいけない。寂しいなんて一時の感情で我が儘を言っちゃいけない。そのうち慣れるから……大丈夫だ。


 腕の中の篭を思わずギュッと抱きしめる。そんな俺を、クナルは隣でジッと見ていた。


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