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6話 黒の森の奇跡(9)

▼スティーブン


 こんなはずではなかった。


 幼少の頃から、4つ年上の兄はあまりに出来すぎていた。

 文武に秀で、他を従え、強い固有スキルを持ち、己の信念を持っている。


 誰もが兄を褒め称えた! この国の未来は明るい。ルートヴィヒ様が次期国王となれば更にこの国は発展していくだろうと。

 その陰に、常に私はいた。


 だがこうまで能力に差があれば妬む事すらおこがましく、最初から同じ土俵になど上がれない事は明白であった。

 故に最初は兄を補佐しようと学び、鍛錬を積んだ。

 こうまで羨望を集める兄だが、家族には気さくで時に子供っぽく、明るく接してくれる。誰に対しても傲った態度など見せない人を、私も好いていた。


 なのにある時から、この心はどす黒く汚れ、憎しみにも似た感情が芽生えた。兄の行動、考え、発言の全てに反発したくなり、そうしてきた。

 かつての友は去り、私の思いに賛同する者が集まり、よりそちらへと導かれる。私もそれを良しとして動いた。

 初めて、王族としての正しい光景を見た。誰もがひれ伏し、私を称える。他意など認めず、感情のまま振る舞おうと叱責する者はない。

 これぞ王の振る舞いだ。これがあるべき姿なのだ。民に媚びを売り、下賎の者と親しむ兄や父母は王族のなんたるかを忘れた者達なのだ。


 私は正しく王であり、尊き血を受け継ぐ由緒ある者なのだ。


 そう、振る舞ってきた。間違いではないと思ってきた。

 だが今、私は権限を奪われて自室に軟禁されている。

 理由は第一騎士団の横暴な振る舞いを諫めなかった監督不足と、媚びへつらってきた侯爵の要望を少しばかり融通した事。

 大したことではなかった。ただ奥院に、こいつの家の下女を暫く雇い入れるだけだった。美しい宝石と豪華な食事、美しい娘を侍らせて、私はそれを了承した。

 まさかその下女の目的が、死に損ないのロイを呪う為の材料漁りだなんて知るはずもなかった。


 兄がロイを特別にしているのは昔からだ。おそらく正妃の座もあの男だ。

 それについて異論はない。あの男は正しく己の身分を弁えている。そつが無く穏やかで、常によく補佐をしている。

 故に、正妃という座を譲られても断るのがオチだろうと思ってもいたが。

 何せ兄の執着が尋常ではない。この一点においてあの人は常軌を逸している。だからこそ最終的にはロイが負ける事も明白だろう。


 それが崩れたのは、何週間か前。ワイバーンによって瀕死となったロイはあのままであれば死んだだろう。兄も傷は深く後遺症が残りそうだった。


 ようやく私にも運が巡ってきた。

 ここで功績を挙げれば王太子の座が転がり込む。次は王だ。弱った兄を蹴落とす好機とみて聖女を召喚し、成功したのに。

 その聖女が懐かない。なんて気の強い跳ねっ返り娘だ。私が正妃としてやろうと思っていたのに、拒むどころか反撃などして兄についた。

 そしてもう一人。聖女の兄という男まで兄と与する叔父についた。

 聖女がロイを癒し、兄の後遺症も払い、更にロイに掛けられた呪いまで解いてしまった。その裏にあれの兄の存在もある。


 私を支持した者達は兄が表舞台に戻ると動けなくなり、私も力を奪われ、責任まで負わされた。このまま失職するか、名ばかりの王族としてどこか遠くへと追い払われるか。

 一度は見た王の高みは風前の灯火となってしまった。


「スティーブン様」


 苛立つ心を更に掻きむしる私に、控えめに届く声。誰もが去った今、唯一去らなかった少女を見て私は思いとどまる。


 小柄な少女は大きな茶の瞳に、肩で切りそろえた茶の髪。慎ましく、だが整った顔立ちをしている。耳も尾もないが、背には上半身を隠す程度の茶色の羽が片方ある。

 憐れにも魔物に襲われ片翼を失い、飛べなくなった篭の鳥だ。


「ハンナ」

「お茶をお持ちいたしました」


 抑揚のない声だが、気遣いは細やかだ。

 カートに乗せた茶器は温かく、立ち上る香りは華やいでいる。それらを嗅ぐとこのどうしようもない苛立ちが僅かに遠のくのを感じるのだ。


「ハンナ、聖女様はどうしている」

「任命式の準備などで忙しい様子です」


 聖女の任命式まで、もう間がない。あの聖女を呼び寄せたのは私なのに、それすらも無くなってしまう。全ての功績はあの兄のものとなり、私は全てを失い消えるのか。


 否。そんな事はさせない!


「ハンナ」

「はい」

「聖女様の日程を手に入れてくれ」


 まだ時間はある。聖女を使い、偉業を成してどちらが王に相応しいかを世に知らしめてくれる。誰もが無視できない実績を上げれば。


 焦りと苛立ちと野望が混ざり合った妙な高揚感に、私は声を上げて笑った。



▼智雅


 星那の聖女任命式まで残すところ7日。俺は王城の奥院に呼ばれている。

 比較的ラフな格好で来たロイに連れられて奥院までクナルとキュイと来ると部屋に軟禁され、現在式典用の服をあれこれ選ばれている。


「マサさんは濃い色よりも淡い色がお似合いだと思うのですが」

「だが、マサも男だからな。甘い色は流石に嫌だろう」

「白もお似合いにはなるのですが、なんというか」

「着られている感があるんだよな」


 現在、着る当人を置き去りにロイとクナルが服選びの真っ最中。そもそも俺にそんな立派な服自体が似合わないという現実を無視している。

 なんせ城の服というのが豪勢なのだ。

 伝統的にシャツ、タイ、尻の隠れるくらいのジャケット、細身のズボンにブーツらしい。ジャケットは詰め襟で、ここに所属を表すピンを付けたりするらしい。

 言っておくと、俺はスーツすらも料理学校の入学式と卒業式と成人式でしか着ていない。就職先は料理屋だから支給の服装だし、実家では作務衣だった。

 どうにかシャツとタイとズボンは決まったけれど、それだって着慣れなくて肩が凝っている。


「第二騎士団の所属なんだから、黒でもいいだろ」

「ダメですよ、野暮ったい。あれは皆が高身長で体格がいいからこそ締まるのです。マサさんは色が白いですし、印象が強すぎますよ」


 もう、ここから進まない。


「あの、すいません。俺トイレ行ってきていいですか?」


 まだ時間がかかりそうだからソロッと伝えるとクナルは動こうとするが、俺がそれを止めた。


「クナルは選んでていいよ」

「だが」

「何日かお世話になってたから場所分かるし、キュイ連れてくから」


 そう言って全体が見えるテーブルの上で丸くなっていたキュイを見ると、スッと素早く近付いてきて俺の右腕をスルスルッと登り肩に座った。


「直ぐそこだからさ」

「分かった。なんかあったら叫べよ」

「大げさだな」


 へラッと笑って廊下を進む。ここは1階の奥まった一角で、衣装部屋に近い所。主にここで働く執事やメイドの多い場所らしい。

 窓の外は少し殺風景で、荷下ろしする搬入口も近い。裏側は隠すものっていうのが裏方の美。それは俺も分かる。

 そうした光景をそれとなく眺めながら突き当たりのトイレに入り、鏡を覗き込む。幾分マシにはなったとは言え顔の肉付きも、肌の質感も良くない。基本、顔立ちが純粋に日本人で平べったい。髪の毛の後退などがないのが救いだ。

 鼻は皆に比べると低くてちんまり。頬の肉付きはそれなりだけど張りはない。目は何処か眠そうな……瞼の重い一重? 肌色だって日本人なんだから黄色系だ。


「似合うわけないだろ」


 バサッと縁取る睫に宝石みたいな瞳の色。色が白くて、肌の張りも艶も良くて、鼻筋が通り全体的にはっきりとした顔立ちの彼等は何を着ていても似合う。

 そんな彼等の服が、ぼやけ顔の俺に似合うわけがない。


「はぁ……」


 溜息が出る。彼等にじゃない、自分にだ。

 申し訳無い。真剣に悩んでくれているのに、どれもしっくりこない。俺がちゃんと選べばいいのかもしれないが、分からない。自分が何を着ていようと関心がなかった。ただ仕事上、綺麗で衛生的にという所しか重点を置いてなかった。

 短い黒髪もそうだ。長いのは食品を扱う上で良くないし、俺の店はそれが似合うオシャレな雰囲気じゃない。何より長髪にするなら手入れを日々しなきゃならないから、面倒でとにかく短くしていた。


 俺は自分に、関心がないんだろうな。


『キュ?』


 肩の上で小首を傾げるキュイが励ましている気がする。笑って、指で頭をチョイチョイと撫でて、俺はトイレを出た。

 だがその瞬間、通り過ぎる誰かと思い切りぶつかった。


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