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6話 黒の森の奇跡(15)

 なんだろう、凄く気安い。今も大きな口で笑っている。明るい人だな。


『これは私が貴方だけに渡した、私のありったけの力。私が使っていた力そのものなの。私自身、自分の力を使うのに特別な呪文とかなかったから教えられないのよ。ごめんね』

「いえ、そんな! ……え? ありったけの力?」


 冷静になって会話を思い起こして、俺はマジマジと女神を見る。今何気に、凄い事を聞いた。

 俺のこの力は女神が持つ力そのもの? そんなものを、どうして俺が。


 彼女がジッと俺を見る。遊びではない真剣な視線と、薄く笑みを浮かべる唇。それを見ると彼女が女神であるというのを感じられる。


『私の力は浄化と再生。邪を払い、清めると同時に他を癒す力。必要なら死者だって蘇生させられるわよ』

「そんな力、俺には強すぎます!」


 死者の蘇生なんて、そんな事考えられない。今だって十分過ぎるくらい扱いが怖いのに。

 でも女神はコロコロと笑った。


『既に使ったじゃない』

「え?」

『クナル、だっけ? 彼はあの時点でほぼ死んでた。貴方はその事実を否定した。つまり死を否定したから、蘇生したの。まぁ、死にたてで魂はまだ肉体の中にあったから上手くいったわね。時間が経ってる人の蘇生となるとまず魂を冥界から呼び戻すからほぼ無理よ。気をつけて』

「俺……」


 俺、とんでもない事をしたんじゃないのか?

 死者の蘇生って、それって今のクナルは大丈夫なのか? なんか変になってたり、不具合があったりしたら。

 自然と震える。怖くなる。そんなの俺は責任取れないのに。


『……大丈夫よ。彼は何も変わらないから』

「あ……」

『むしろ前より少し強くなってるかも。もの凄い量の聖属性を取り込んでるから元々の属性に聖属性混じるかもね。でも、そのくらいよ。アンデットみたいな状態じゃないから安心して。心臓も動いてるから』


 それを聞いた俺は、どっと力が抜けた気がした。次にはやっぱり震えて自分を抱きしめて、少し泣いた。安堵が大半で、申し訳なさが少し。そして、生きていてくれてとにかく嬉しかった。


『そういう優しい所を見込んで、貴方を召喚したのよ』

「え?」


 腰に手を当てた女神が溜息をつく。近付いて、抱きしめられて……なんか、どうしたらいいこれ!


『おっ、慌ててる。こういうの嫌い?』

「ちょ! 女神様!」

『あははっ、可愛い。智雅は恋愛経験値なさ過ぎだもの。ちゃんといい恋しなきゃね』

「からかうのは止めてくださいよ」


 どうにか腕を押して抜け出した。息をついて、悪戯な表情の女神を見て、ふと寂しそうにも見えて首を傾げる。


「あの」

『ねぇ、智雅。聞いて。ここに呼んだ理由をそろそろ伝えないと。遊びすぎて時間が足りなくなりそうだわ』

「え?」


 不意に真剣な声で言われたから居住まいを正した。なんだか、話の続きをしたくなかったみたいにも思えるけれど。


『お願いしたいのは主に二つ。一つは、とある人を助ける手助けをして欲しいの』

「とある人?」


 随分抽象的な感じだ。それに女神なら助けられるんじゃ。

 思ったけれど、俺に頼む理由はあるんだろう。不意に女神が足元を差す。そちらを見て、俺は驚いて目を見張った。

 彼女の足には足枷がついていた。重たそうな枷の先は鎖で、とてつもなく長く続いている。


『これがお願いしたいことの二つ目。私の霊珠を探して、取り返して欲しいの』

「霊珠?」

『力の源みたいなものよ。それを奪われて、今の私には力がないの。貴方をこの世界に召喚して、ありったけの力を渡すのが精々だった』

「でも、この世界の人は女神を信仰していて、祈りとか」

『その祈りや信仰の力の全てを奪われているのよ。霊珠を持つ奴に』

「!」


 暗く、憎いといわんばかりの視線を女神は俺に向ける。とても愛らしい女性が怒りに燃える様子は恐ろしくすらあって、俺はただ黙ってしまった。


『女神への祈りは全て霊珠に集められる。でも私はそれを奪われているから私には来ない。あれを奪った奴から死なない程度に供給されているの』

「どうしてそんな……誰が」

『それは言えない。そういう呪いがかかってる。でも少しずつヒントは出すから、きっと辿り着けるわよ』


 苦く寂しげに微笑んだ人が胸の前で手を組む。するとその手の中がポッと金色に光った。

 その手を、俺に差し伸べてくる。ピンポン球くらいの光がキラキラと、闇の中に光っている。


『これは私の魂の欠片。貴方に持っていてもらいたいの』

「それは、どうして」

『これを通して私と貴方は繋がる。貴方が誰かを助けて受けた感謝や尊敬は貴方に集まって、魂の欠片を通じて私に流れる。そうしたら私も力を増やして、掛かっている呪いをはね除ける力になるの。そうすれば少しやれる事も増えるのよ』


 つまり俺は戻ったら、色んな人を助ければいいんだ。


 目の前にある光を手に取る事は、少し怖い。未知のもので、これを受け取る事で俺自身がどうなるか分からない。

 でも、進み出さないと動かないものがある。今回、俺は進む事を選んだ。その結果、クナルを失わなくて済んだ。

 現状維持が難しいなら、せめて大事な事は自分で決めていきたい。選べる選択肢を増やしていきたい。

 大事な人を失わない為の力は、やっぱり欲しい。


 手を伸ばすとふわっと光って俺の中に溶けたものを呆然と見ている。

 女神はにっこりと微笑んで、一つ俺の頭を撫でた。


『最後に一つ。貴方も幸せになって。伸べられる手を取る事を躊躇わないで。心が求めるものを、手放さないでね』


 俺の周りがほんのり明るくなっていく。間延びした感覚と急激な眠気にクラクラする。そんな俺の頭を女神は撫でて、軽い感じでバイバイをした。


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