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6話 黒の森の奇跡(16)

 ぽやっとした感じで目が覚めた。緩く目が開いて、天井が見える。そして左手がとても温かい。


「マサ!」

「クナル?」


 声に反応して左側を見たら、今にも泣き出してしまいそうなクナルがいた。握っている手にも力が入って、次にはガバリと寝たままの俺に覆い被さるようにして抱きついてくる。

 うん、温かい。ほとんど死んでいたなんて思えない強い力にホッとして、俺はゆるゆる右手を持ち上げて彼の背中に置いた。


「お前、死にかけてたんだぞ」

「うん」


 ごめん、心配させたよな。俺も分かんなかったし、必死だったんだよ。


「実感なさすぎるだろ」

「そうかも」

「……俺が、ちゃんと守れなかったから」

「それは違うよ。守ってくれただろ、クナル。来てくれて、それだけで俺凄く嬉しかった」


 絶望しかなかったあの時に見た背中は、凄く心強かった。安心して、泣きたくなったくらいに。

 ポンポンと緩く背中を撫でていると、クナルは少し落ち着いてきたのか体を離して側に座る。心なしか白い肌が染まって見える。もしかして、恥ずかしかった?


「あの、クナル。俺、どのくらい寝てたのかな? なんか体にあまり力が入らなくて」


 さっき腕を動かそうと思って気づいた。痛いとかではなくて、感覚が鈍い感じがする。動けって命令しているのに反応はゆっくり。力も思うように入っていない。

 ちょっと驚く俺に、クナルは溜息をついて教えてくれた。


「3日だ」

「え?」

「3日も寝てたんだよ、あんた。魔力の枯渇で一時は死にそうになってたんだ。しかも他からの魔力供給も合わなくて、殿下を含めて大パニックだったんだぞ」

「え? えぇ? そんな? あっ、じゃあこれもその影響?」


 思った以上に事態は深刻だったらしく、聞かされた俺も今になって慌てる。私的にはワタワタしているんだけれど、緩くしか力が入らないから動きにならない。

 そして今更ながら喉の奥が張り付いて咳が出た。

 そんな俺を見てクナルは丁寧に起き上がらせてくれて、背中に枕なんかを宛がってから水差しの水を持ってきて飲ませてくれる。自分で飲もうと思ったけれどコップを持つ手がプルプルしたから危ないと判断した。


「ありがとう」

「どういたしまして。ほんと、気が抜けるな」

「心配させてごめん」


 緩く笑う俺を見てまたもや溜息。そして次には頭をポンポンと撫でてくれる。それだけで、日常が戻ってきた感じがして落ち着いた。


「えっと、まず心配かけてごめん。魔力の枯渇? って、そんなに不味い事になるんだ」

「異世界人じゃ危機感ないか。本当に危ないんだぞ、魔力の枯渇は。自分の実力を上回る魔法を使うとなるんだ」


 じゃあ、今回はかなりまずかったんだろうな。女神の話じゃ森を一つ浄化再生させてたらしい。寧ろよくそんな事できたよ。


「魔力は日常生活の中で生命力が一部変換されてストックされていく。それが一気に無くなっても魔法発動中は中断が難しいんだ。そうなると不足分の魔力を引き出そうと生命力を無理矢理魔力に変換する。これが今回のあんたの状態だ」

「……へ?」


 呆れ半分のクナルの説明を大人しく聞いていたけれど、内容は青ざめるものだ。生きる為の力みたいなものを無理矢理魔力にして放出してたってこと? そりゃ死にそうになるよ!

 今になってアワアワする俺を見て、今度こそ盛大な溜息だ。その後は少し強めにグリグリ頭を撫で回される。わーわー言う俺は……この時間があるだけ感謝しないといけないんだな。


「あの、魔力供給ってのは?」

「あぁ。足りなくなった相手に魔力を分ける事もできるんだ。ただ相性があって、合わないと逆にダメージになる。ロイがやったら受け付けないし、ユリシーズや殿下だと寧ろダメージ食らってた。セナなんて一時心臓止まりそうになってた」

「ひぇ!」


 クナルは笑うけれど、俺は笑えない。血液とかの拒否反応みたいなのがあるのかな? そういう事も俺、何も知らなかった。


「まぁ、俺との相性がいいのは分かってたからな。俺が渡してた」

「え?」

「間に合って良かった」


 ほっとした様子で撫でられる。そしてまた左手を握られた。

 ふわりと温かいものが流れ込んでくる。心地よくて、落ち着いて……やっぱり少し気持ち良くなる。


「んっ」

「……相性良すぎるのがまずいんだよな」

「え?」

「いんや、なんでも。寝てる間なら平気だから安心しろ」

「? 痛いとかないから大丈夫だけど。むしろ、ゾクゾクする?」

「それが大問題なんだよ」


 溜息一つで手を離し、ポンと撫でて立ち上がったクナルが「他に知らせてくるわ」と声をかけて出ていく。

 一人残されたのがほんの少し寂しくて、俺はまだ温かい左手をにぎにぎした。


 程なくして部屋の中は大賑わいとなった。

 黒の森であれこれ事後処理をしている星那とユリシーズ、デレクは居ないが、ロイと殿下は直ぐに来て起き上がっている俺を見て怒ったり心配したりだった。


「本当に危なっかしい!」

「すみません、殿下」

「私が怒る事ではないし、寧ろ申し訳無くて謝らなきゃならないのに危機感ないのかいトモマサ!」

「今し方事態の大きさを知り青ざめました」

「まったく」


 腕を組んで怒ったように言う殿下は、その分沢山心配したようだ。万が一俺が起きない時は王族の末席に入れてこの奥院で一生面倒を見るつもりだったらしく、他にも方法がないかなど探ってくれていたとか。

 そんな殿下を諫めるロイもまた、とても心配してくれたことが分かる。


「何にしても、目が覚めて良かったです」

「心配を掛けてすみませんでした」

「……僕は責められるべきです。攫われるなんて事態になったことがまず、此方の不手際です。申し訳ありません」

「そんな! ロイさんのせいじゃありませんよ!」


 折り目正しく深く頭を下げるロイに慌てる俺の側ではクナルも落ち込む。


「それを言えば俺が一番責任がある。プライベートな時間でも付いていけばよかった」

「この年で連れションとか俺嫌だからそこは自重してくれていいから!」


 落ち込む二人を前にどうしろと。

 アタフタする俺を見て殿下は苦笑して、俺に代わって二人を落ち着かせてくれた。それでも空気はなんかどんよりしている。


「まぁ、此方の責任は大きいから二人がこうなるのは仕方がないよ。綺麗にしたはずだったのに、とんでもない穴が開いてたんだから」

「あの、どうしてこんな事になったんですか? スティーブン王子はどうなりましたか?」


 苦笑しながらの殿下に俺は事の顛末を求めた。

 あの森の中、スティーブンは一人で逃げてそれっきりだ。もしかしたら他の魔物の餌になってしまったのかも。

 でも、俺の心配は直ぐに否定された。


「スティーブンは事件直後に見つかって今は幽閉されている。多分、重い処罰になるよ」

「……」


 何かを言わなければ、と思うんだけれど、何も出ない。

 あの森での怒りが不意に戻ってきた。それを、ここに居る人に言うつもりはない。この人達はこの世界で俺や星那を助けてくれた人だから。

 でもスティーブンに関しては、俺はまだ許せていないんだ。


「今は凄く静かに、自分が犯してしまった罪を反省している」

「反省?」


 あのスティーブンが?

 そういう気持ちが伝わったんだろう。殿下は寂しげに苦笑した。


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