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6話 黒の森の奇跡(17)

「信じてもらえないかもしれないけれどね。スティーブンは元々、とても控えめで責任感の強い子だったんだよ」

「え?」

「本当なんだ。20歳を境に、人が変わってしまった。寧ろ家族はそちらの方に驚いたんだ。心優しいスティーブンがどうしてって」


 言いながら徐々に俯いていく殿下を、ロイが気遣わしい様子で肩に手を置いて見つめている。その様子を見たら、本当なんだと感じた。

 俺は本当に数日前の彼しか見ていない。その言動や行動はとても相容れないものだったけれど。

 でも、何かが原因で変わってしまったのだとしたら……原因は、なんなんだろう。


「最初は、20歳を機に第一騎士団の統括を任せた事で人間関係や付き合う相手も変わり、影響を受けたのかと思っていた。貴族派の家の者も多いから、そちらに傾く様子もあったしそのせいかと」

「違ったんですか?」

「違った」


 途端、殿下の雰囲気が完全に変わった。ロイが傷つけられた時に似た押し殺した怒りのような空気を感じてピリピリする。

 怒っているんだ。それも、もの凄く。そしてその原因を知っている。

 見つめる先で、殿下は暗く冴え冴えとした目をしていた。


「様子があまりに違ったから、解析魔法を使って状態を調べたんだ」

「解析魔法?」

「魔法の解析を行うんだ。状態異常や未知の魔法の状態を知る事ができる。一つ言うと、呪いはこれでは分からないんだ。あれは魔法ではない特殊な状態異常だから。だからこそ、ロイの時は分からなかった」


 「鑑定眼の下位互換だよ」と、殿下は付け加える。それでも魔法の知識が豊富な人でなければ使えないらしく、今回はユリシーズが担当したそうだ。


「それで、何か分かったんですか?」

「スティーブンには弱い精神支配系の魔法が定期的に重ね掛けされていた痕跡が見つかった」

「それって……」

「感情や人格を緩やかに誘導され、偏った思考へと傾倒するようになっていたようだ。今となっては形跡があるだけで、詳細は分からないけれどね」

「!」


 じゃあ、あの高圧的なスティーブンは誰かがそうなるようにした結果? 魔法でそんな事も出来てしまうの!

 考えたらとても怖いことで、思わず手を握る。目を見開く俺に殿下はゆっくりと肯定するように頷いた。


「丁度、慣れない仕事を頼んでいた時期だった。異なる意見の者達を上手くまとめるなんて経験がなく、悩んでいたんだろう。そういう精神状態の時が一番かかりやすい」

「王族や一部の貴族はそうした支配系統の魔法に耐性をつけているのですが、それでも全く影響がないとはいかないのです。不安定になったり、苛立ちを覚えたりなどはあるものです」

「元々の状態の悪さに精神魔法を掛けられ、更に悪化。魔法も、おそらく弱いものを何度も掛けられていたんだ。そのせいで私達も変化に気付けなかった。ストレスによるものだと思っていたんだからね」


 見当違いの所を疑って対処をしようとしていたんだ。それじゃ効果が出ないわけだ。

 でも今回原因が分かったというなら、犯人も分かったのだろうか。


「あの、誰がそんな事を?」

「スティーブンの従者で、ハンナというスズメ族の娘だ」

「え?」


 会ったのは一度だけだったけど覚えてる。テントの中で無機質に星那に魔法をかけていた子だ。

 でも俺には、そんな事をするような感じには見えなかった。

 正確に言えば、あの子が何を思っているのかまったく分からなかった。悪くも良くも見えなかった。まるで何もないみたいだったんだ。


「彼女はスティーブンが第一騎士団を指揮した初めての魔物討伐で保護した子だった。鳥族が片翼を失えば飛ぶ事もできない。憐れんで保護して、そのまま側に置いていたんだ」

「じゃあ、その時にはもうスティーブン王子に魔法を掛ける目的で保護されたんですか?」

「……分からない、かな。どうにもそんな悪意を秘めているようには見えなかった。心の見えないお人形のように感じていたし、言われた事を素直に行う行儀の良い子だと思っていた。だからこそ見落としたんだ」


 殿下と俺の見方は同じように思う。俺もそんな風に思うんだ。

 誰かを支配する魔法を長い間かけ続けるなんて、何かしらの悪意なり野心がないと出来ない事だと思う。そして、そんな事をする人があんなに無機質でいるのに違和感があるのだ。


 じゃあ、なんで? そもそも目的は? どうして黒の森に?


「ただ、もうその動機などを知る事はできなくなったけれどね」

「え?」

「ハンナ自身が何者かによる精神支配を受けていた。しかもスティーブンよりも長い時間をかけて、弱く何度も重ね掛けされて」

「え!」


 それって、そのハンナという少女の後ろにまだ誰か居るって事で……。


 なんだか、もの凄く複雑になってきた。それに動機を知れないってなんで? ハンナは自分に魔法をかけた相手を知っているんじゃないの? もしかして他言できない呪いとか?


 でも、そんなことじゃなかった。事実はもっと、可哀想なものだった。


「今の彼女は自分が何者か、何も分からないんだよ」

「! どう、して」

「精神魔法は一度強いものを掛けられるよりも、弱く何度も掛けられる方が厄介なんだ。記憶の改ざんは勿論、人格までいつの間にか変わってしまう」

「実際、今のハンナは自分が何処からきたのか。両親の名前や姿も覚えていません。それどころかハンナという名前すら、本名なのか分からない状態なのです」

「当然、自分にこの魔術を掛けた者の姿や名前など覚えているはずもないし、与えられていた命令すらも綺麗さっぱり忘れてしまった。解析で術者を探ったけれどその辺りは分からないまま。上手く逃げられてしまったよ」


 煙に巻かれた、というやつだ。

 それにしても事が大きいのに後味の悪い結末になってしまった。もっと言えば今回の事は誰がどのくらい前から計画していた事なのか。それも含めてもの凄く気持ち悪い。


 気持ち悪いといえば……。


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