「あの」
「ん?」
女神が言っていた、彼女の力を奪った誰かの事とか、今後の自分の使命とかを話そうと思ってハッとする。そもそもこれは言って良いことなのか。
……多分、殿下には相談するべきだ。色々疑っているし、気づくだろう。こそこそ動くわけにもいかないし。何より彼は責任ある立場で、口も硬そうだ。
でも、他の人に関しては……。
クナルとロイを思わず見てしまう。そんな俺の視線に気づいたのか、少し考えて殿下はにっこり笑った。
「ロイ、クナル、少し席を外してくれ」
「殿下!」
これにクナルは真っ先に抵抗した。少し前に事件が起こったばかりだから心配されている。
でも殿下はそれをやんわりとつっぱねた。
「先の事があって心配なのは分かるけれど、どうやら言いにくい事みたいだ。話が終わったら直ぐに呼ぶし、必要な事なら後で私の方から伝える。それでいいね、トモマサ?」
「はい。あの、大丈夫だよクナル」
「っ」
安心させようと思って言ったんだけれど、思い切り睨まれた。まぁ、同じように断って単独行動した結果攫われて大変な事件を起こした奴の言葉は信用できないだろうけれど。
それでもこれは上司の命令。ロイも何度か此方を見て退室し、クナルもイライラしながら出ていった。
「気が立ってるね、クナル。割と珍しい」
「そうなんですか?」
「アイツはあれで場を弁えるし相手を選ぶからね。それに、あまり感情的な態度は取らないんだ。トモマサの時だけだよ、例外なのは」
含みのある言い方をされている。何だか落ち着かないものだ。
「さて、何やら込み入った話みたいだけれど」
指を組んでそこに顎を乗せる殿下は何処か楽しげにも見える。悪い事を考える悪友って、こういう表情するのかなって感じだ。
そんな人に話していいか……は、もう諦めよう。それにまずは信じてもらえないとだ。
「あの、信じてもらえないかもしれないんですが」
「いいよ、話して。聞いて判断する」
「……では」
俺は眠っていた間に女神に会った事、その女神から使命を託された事は話した。ただ俺が蘇生みたいな大きな事も出来たり、それでクナルが蘇生したとか、女神の力をほぼ使えるみたいだとかは言わなかった。
俺の話を黙って聞いた殿下は暫く無言のまま顎に手をやり考えている。真剣な表情で。
「あの」
「あぁ、ごめん。信じるよ」
「え! 信じるんですか!」
話した俺が言うのもなんだけど、結構荒唐無稽というか、信じがたい話もあると思うのに。特に使命の事とか。
けれど殿下はあっけらかんとした様子でいる。
「トモマサが故意に嘘をつける人間だとは思っていないから。隠し事はあるだろうけれど、今話した内容に嘘はないでしょ?」
「嘘じゃないですけど……でも、女神様の力が何者かによって奪われているとか、信じるんですか?」
「信じるに足る推測が組み上がるからね」
そう、何でもない事のように殿下の口から出てきたことに俺が驚いた。
女神の力が奪われ、何者かがそれをくすねている。この世界の神はほぼ女神だけで、その彼女を貶める様な発言は罵倒されることもあるみたいなのに。
殿下はジッと俺を見て、ニッと口の端を上げた。
「トモマサ、手を組もうか」
「え?」
「私は国の内外で困った事が起こるとそれを処理する、その差配を任される立場だ。そして君は困っている人を救う事で女神に力を渡す使命が生まれた。手を組めば違和感なく、しかも装備や人員も揃えて対処する事ができる」
「それは有り難いですが……」
寧ろそれをお願いしたくて話した訳だし。
でも、あまりにスムーズに事が運ぶ。そこが疑問だ。
俺の言いたい事が分かったのか、殿下は柔らかな笑みを口元に称える。が、目は一切笑ってはいなかった。
「実は今回の事件で、ハンナが月に二度、足繁く通っている場所があった」
「それは……」
「女神神殿だ」
「!」
それは、女神を祭る神殿の名。女神を崇拝する人達が通う場所であり、神聖な場所のはず。
でもハンナは精神魔法を何度も重ね掛けされていて、足繁く神殿に通っていて。
その全部が繋がっていると、殿下は考えているってこと?
「あの、繋がっていると?」
「そうだね」
「女神を祭る神殿がどうしてそんなこと」
「私は女神を信仰はしているけれど、女神神殿という組織についてはその限りではない。という事を相手側も感づいているからかな」
「そんな……」
此方が信じられない話になってきた。もしそれが事実だとしたら、女神神殿はハンナを使って王族のスティーブンを操って色々と出来たわけで。
「もっと胡散臭い話をするとね、どうしてあのタイミングでスティーブンはセナを攫って黒の森に行ったと思う?」
「聖女の起こす奇跡を自分の功績にして次の王様にって」
「それもハンナの刷り込みによって言わされていた可能性がある。そして黒の森の浄化やセナの誘拐にハンナが関わっていたとすると?」
「えっと……」
「更に言うと、このタイミングでスタンピードが起こり、ベヒーモスなんて厄災級の魔物が生まれた。全てにおいて謀ったみたいじゃない?」
「あの!」
「ロイを殺そうとした邪神崇拝者の隠れ家には走り書きで、黒の森とあった。何か良からぬ事をして居るだろうと、調査をユリシーズにさせていた最中だ」
「…………」
全部が、繋がっている?
邪神崇拝者と呼ばれる人達が黒の森で何かして、今回の魔物の大量発生が起こった。そこに女神神殿に操られたハンナがスティーブンと星那を伴って向かって……。
最悪、皆死んでこの国は大変な厄災に見舞われていた。
気づいたらうそ寒く感じて自分の体を抱いてしまう。嫌な感じに心臓が音を立てて、怖くてたまらなくなる。
こんなに黒くて濃い悪意というのは、初めてだ。
俺を見て、殿下の表情から色んな感情が抜け落ちた。ただそこに、凍らせた怒りがあるばかりだ。
「今回、トモマサが起こした奇跡のおかげでスティーブンもハンナもセナも無事で、私達は痕跡を拾う事ができた。けれどそれが無ければあの場で三人とも死んでいただろう。国はベヒーモスによって蹂躙され、その場に浄化を使える聖女もいない。この国はこの一件で滅んでいても不思議ではなかった」
「あ……」
「そんな状況でも、新たな聖女召喚の力が溜まるのは数十年以上後の事。国の苦境を救う手立てはない。唯一あるとすれば女神の力を多少は扱える女神神殿の神官や神官長だ。そこに泣きつかなければならないんだよ? 屈辱で死ねるよね」
殿下は決して怖い顔立ちじゃない。どちらかと言えばやや子供っぽい顔立ちだと思う。精悍よりは可愛いと思える。
そんな人の冴え冴えとした、優しさを含まない眼光はもの凄く怖いものだった。
この言葉はきっと本心だ。
「私は寛大で優しい王子だ。けれど、身内に手を出すと言うなら容赦はしない。決して、許すつもりはないんだ」
「……はい」
俺は何もしていないのに、なんか謝ってしまった。涙目で見ているとハッとした殿下が表情を変える。途端にさっきまでの押し潰すような重い空気はなくなって、俺はようやく息が出来た感じがした。
「ごめん! 君に怒ったんじゃないし、寧ろ感謝しかないのに。あの、大丈夫。前にも言ったけれど私は君の味方だから」
「あっ、はい」
今一瞬、疑わしいと思った事は秘密にしよう。
「そしてこの時から、同じ秘密を持つ共犯者だ。女神の敵を洗い出そう」
不意に手を差し伸べられる。
この手を取ることは、共犯者であると認める事。憶測を出ない、でも強大な何かを相手に喧嘩を売るという事。
事なかれが一番。平和な日常がいいと望んでいる俺にとってそれは真逆の選択だ。けれど、黙っていても奪われるかもしれないのなら守ろうと思う。
俺の大事な場所や人が、笑っていられるようにやれる限りの事はしたいと思うから。
「よろしく、お願いします」
握り返した手を更にもう一度強く握り、俺はこの日殿下の共犯者になった。