俺が目を覚ました翌日、第二王子スティーブンは北の辺境領へと出発したらしい。
彼に下された罰は無期限の王位継承権の剥奪と、辺境領への左遷。そして爵位の降下だった。
本来なら公爵という肩書きがつくらしいのだが、現在は伯爵位。爵位制度なんて分からない現代日本から来た俺はピンとこなかったけれど、これはとても屈辱的な事であると同時に、与えられる権限も下がるという。
旅立つ日、家族である殿下達は見送りもしなかったそうだ。ケジメとしての線引きで、スティーブンは何も言わなかったという。
沢山居た部下は皆置いていく事となり、新たについた従者兼監視役が一人。とても寂しいものだった。
これが、遅れていた聖女任命式の日程を伝えにきてくれた殿下から聞いた事の顛末だった。
§
星那の聖女任命式は予定の二日遅れで行われた。
大通りは綺麗に飾り付けられ、屋台なんかも出て賑わっている。後でここを馬車に乗ってパレードするらしい。その時に撒く白い花びらを入れた籠があちこちで配られている。
そんな大通りを今、他の貴族の馬車に紛れて俺は移動している。隣にはクナルが居て、正面にはデレクがいる。二人とも普段とは違うきっちりした詰め襟の黒いジャケットにズボン。デレクは肩から赤いたすきのようなものを付けている。
「堅苦しい……」
「王族である団長はちゃんとして貰わなければ困る」
硬い芯の入った襟に指をかけて窮屈そうにするデレクに、クナルはぴしゃりと告げる。
そういうクナルは凄く格好いい。白い髪や尻尾に黒が凄く映えている。普段も思うけれど、黒が似合うんだよな。
「マサも着せられたな」
「うぅ、言わないでくださいデレク。似合ってないの分かってるんで」
太い腕を組み、デーンと前に鎮座するデレクはニヤリと笑って此方を見ている。それが妙に恥ずかしい。
式典用の服を……という事になり、結局はロイが選んでくれた。
深い緑色のジャケットはお尻が隠れる程度の長さ。縁には控えめだが金糸の刺繍が施されている。
ズボンとベストも共布で同じデザイン。その中は白のドレスシャツだ。
着てみてみたが明らかに七五三感がある。着られている……いや、落ち着いた色合いだからまだいいんだろうけれど。
「似合ってるって」
「無理ですよ、俺みたいな平凡顔」
「可愛いと思うぞ」
それは隣から。とても近い距離からの「可愛い」に思わずそちらを向いてしまう。そこにはキョトッとしたクナルがいて、その表情から嘘やお世辞は感じなくて……つまり、本当にそう思ってるのか……。
最近、クナルからの何気ない褒めに過剰に反応してしまっている自分がいる。気のせいって事にしてやり過ごしているけれど、心臓には悪い。
「あっ、えっと……」
「どうした?」
「ううん! 何でもない!」
こんな俺達を、デレクはニヤニヤしながら見ていた。
デレクは正面で降り、俺とクナルは一旦Uターンして奥院へと続く道へと向かう。そうして穏やかな奥院へと到着すると、そこには正装をしたロイが待っていてくれた。
「ロイさん!」
「マサさん、いらっしゃいませ」
「どうしてここに? 式典に出席してるんじゃ?」
まだ式典は始まっていないけれど、既に人は集まっている。この、何かが始まる前の少しの時間を貴族は情報交換や社交の場として使うんだと教えてもらった。当然殿下は既にそこにいるはずなのだ。
けれどロイは苦笑するばかりだ。
「まずは出迎えだけでもと、我が君が仰いまして」
「大丈夫なんですか?」
「あの方、本来は僕など付かなくても十分に強いので短時間であれば」
そう言いながら寂しそうにするロイが、なんだか不憫に思えた。
「悪いな、ロイ。もう大丈夫だから殿下の側にいてやれ」
俺の後ろについたクナルもそう言い、俺も頷く。これに少し戸惑い「ですが」と言ったものの、ロイも気にはなるのだろう。少し悩んでから「すみません」と断って城の方へと駆けていった。
「今のうちに色んな貴族に接触して、情報集めしてんだろうな殿下」
「やっぱり秘密なのかな? バレてると思うけれど」
「説教はできるだけ後にしたいだろ?」
「う~ん」
でも後になると余計に怒りが増してる可能性もあるんだけれどな……。
まぁ、ロイは結局殿下に甘い部分があるから、そこそこで収めてくれるんだろうな。
とりあえず奥院の中に入ると見知った執事やメイドが話しかけてくれる。何だかんだで世話になった人達だ。
彼等の案内で通されたのは居心地のいい一階の一室だった。暖炉にソファーセット、本棚には本が並び、大きな窓からは明るい日の光が入ってくる。部屋全体の雰囲気は柔らかく穏やかで、何となく日常使っている部屋なのだろうという気がした。
「談話室だな」
「談話室?」
「歓談の場として用意されている部屋だ。応接室が仕事の話をする場所なら、こっちはもっと親しい人と親睦を深める意味合いが強い。まぁ、王族のプライベート空間だな」
そんな場所に招いてもらえるなんて。
歩き出してソファーに近付いて、座ってみる。柔らかな座面は程よく沈み込んでちょっと慌てた。
そこにメイドと料理長のバルが顔を見せてくれて、お茶とお菓子を持ってきてくれた。
「マサ、本当に元気になったのか? 相変わらず細くて心配だ」
「元気だよ、バル。これでもちゃんと食べてるから」
バルもグエンと同じで大柄な体で筋骨隆々。腕なんて岩みたいだ。そんな人にしたら、俺は間違いなくもやしだろうな。
最初こそ少し険悪な感じもあったけれど、今は打ち解けて料理の話が出来る仲になった。今度俺が奥院にきて、東国の食材を使った料理を教える事になっている。ロイとバルからのお誘いだ。
目の前には飴色の紅茶と美味しそうなフィナンシェがある。手に取って口に放り込むとアーモンドとバターの香ばしい香りが広がってくる。甘さもしつこくなく、大きさも二口くらいで食べきれる。
これと紅茶って、本当に無限に食べられるんだよな。
その時、城の方でラッパの音がしたように思えて、俺はそちらを見た。窓も閉めているから音が遠くくぐもっているけれど。
「始まったな」
クナルが城の方を見て言ったから間違いない。
兄として、妹の晴れ姿を間近で見れないというのは少し寂しい。きっと綺麗なドレスを着ているんだろうし、凜とした顔をしているんだろう。
でも俺の存在はあまり公にはできない。貴族の目に留まって悪用されたり、悪意のある人物からの攻撃を避ける為だ。
ベヒーモス襲撃とスタンピード消滅は話し合いの結果、星那の功績にしてもらった。星那は今後も城が身柄を預かり、多くの護衛がつく。何より既に表の聖女として認知されている。
俺は女神の使命があって、今後あちこち動く予定だ。それに多くの護衛を連れてなんてのは目立ちすぎるし動きにくい。だからこそ隠れる事にした。
ただ真実が一部の耳ざとい貴族には噂程度に知られる可能性がある。顔まで知っているとなれば限られるが。
今後、あの奇跡を起こしたのは誰だ? 的な詮索なりが起こった時を考え、極力表に出ない事になっている。