「寂しそうだな」
「え?」
「セナの晴れ姿、見たかったんじゃないのか?」
此方を見るクナルは真剣に聞いてくれる。彼は「自分が護衛するからこっそり出席すればいい」と言ってくれたんだけれど……結局辞退した。迷惑をかけたくないから。
「いいんだ、後で見られるし」
「そうか」
式典が終わり、簡単な立食パーティーが終わった後で王族の方々と星那、そしてロイとデレクが此方にきて、ささやかな食事会をという流れになっている。そこで見る事が出来るのだから。
バルやメイドが下がって、今はクナルと二人きり。ふかふかのソファーと程よい温かさ、落ち着いた空間に気が緩んでくる。そうなると不意に眠気が襲ってきた。
最近、こんな事が多くなった。気を引き締めている時は平気なのに、ふと落ち着いた時に眠気が襲い、抗えない事がある。少し眠るとスッキリはするんだけれど、こんな事なかったから戸惑ってしまう。
「眠いのか?」
「ん……っ平気」
招かれているのに居眠りって、失礼にも程がある。気合いを入れようと軽く自分の頬をパンパンと叩いたが、やっぱり少しすると瞼が重い。
そんな俺を見て、クナルが俺の頭に手を伸ばしてグッと引き寄せてくる。抗えずコテンと彼の肩に凭りかかる形になった俺は途端に体が熱くなってきた。
「まだ式典も始まったばかりで時間がある。今のうちに寝とけ」
「いや、でも」
「あれだけの傷を負ってからまだ日が浅い。それに、あの一件で女神の加護が強くなったんだろ? 突然の変化は体の負担にもなるんだ。休める時に休んどけ」
更にグッと引き寄せられて……正直、気持ち良かった。人の温もりって、こんなに落ち着くんだなって気づいてしまうくらいには心地良い。
なのに心臓はドキドキしている。静かだから余計にこの音は大きい気がして、耳の良いクナルに聞こえてしまうんじゃないかって心配にもなって……少しだけ恥ずかしいのは、隠したいからなんだろうな。
「クナル」
「どうした」
「温かくて寝そう」
「寝とけ」
「……ごめん。ありがとう」
頭に触れていた手が、優しい動きで撫でてくる。大きな手が肩に触れて、痛くないようにやんわりと引き寄せてくれる。彼の肩に頭を預けて目を閉じたら、そのまま静かに意識が沈んでいく。心地よく、穏やかに……。
ふと、誰かの気配を感じて意識が浮上する感じがした。
ぼんやりとした視界。鈍い頭に映像は入っても思考が追いつかない。ただ眺めるそこには白いキラキラ輝くドレスを着た星那が、嬉しそうに笑っている姿がある。
「……あれ?」
「おはよう、お兄ぃ」
「おは、よう? あれ?」
「寝ぼけてるの? 珍しいね」
ニッと明るく笑う妹を見ているうちに覚醒が進んできた。そして、ある一点でハッとして俺は慌てて周囲を見た。
そこには式典を終えたのだろうロイやデレク、ユリシーズもいる。窓の外はほんの少し赤くなってきていて、昼と夕方の中間なんだと分かった。
「え! 俺、どんだけ寝てたの!」
「三時間くらいだな」
隣にはあのままのクナルがいる。ってことは三時間、クナルは俺の枕になってくれていた訳で。
「うわぁ! ごめんクナル! 腕痺れてないか? 涎とか!」
「慌てるなって、大丈夫だから。あの程度で痺れるわけないだろ。腕痺れてしんどいってくらいまず体重増やせ」
大慌ての俺を宥めるクナルの言いよう、ちょっと酷い。でも事実だから言い返せない。
違う、こっちの人が体格良すぎるんだよ! 俺は昔からあまり太れない体質だったし、ご飯は食べてるったら!
「それにしても、最近眠くなる回数が多いな。本当に大丈夫なのか、マサ?」
見ていたデレクも少し心配そうにする。これはグエンもそうで、一度リデルにも診てもらったけれど異常はなかった。
「殿下の話では、今回のベヒーモス討伐によって女神の加護が強くなったそうですね?」
「はい」
そういう事にしてもらった。
流石に女神の魂の一部を受け入れて使命を受けた。なんて気軽には言えないし相手を選ぶ。今の段階では時期尚早という事になったが、強い力の説明も必要になる。そこで大きな試練を乗り越えるとスキルの熟練度が上がったり加護が強まるというこの世界の常識を採用する事にしたのだ。
「討伐からまだ日も浅いので、そこが影響しているのでしょうかね」
「まぁ、スキルの熟練度が上がっただけでも少しの間は体の感覚が変わって逆に苦戦するからな」
「加護の高まりは女神から受けられる恩恵とも言えます。魔力量の急激な増加もあり得るので、そうなると馴染むまでは負荷が掛かっているのかもしれません。お時間があれば魔術科にて検査をいたしますが」
「今は大丈夫です。ありがとうございます、ユリシーズさん」
下手に解析などされて何か見つかったらまた騒ぎになる。ここは辞退しておくのがいいだろう。
それにしても本当に、体に馴染むまでの事だといいんだけれど。これが続いたら仕事にならないよ。
溜息をついた俺は心配そうな皆を見て、へらっと笑うのだった。
落ち着いた所でお茶を淹れて、ふと殿下がいないことに気がついた。この面子なら居るのが普通くらいに思えるのに。
「殿下はどうしたんですか?」
問うと、ロイが楽しそうに笑った。
「この後の食事会の準備をしていますよ」
「……え! 王子様がするの!」
こういうのってむしろ部下の役目なんじゃ!
思って焦ると、ロイは実に楽しそうに頷いている。ユリシーズは苦笑いだ。
「今日は天気も良く、星も綺麗そうだからと庭園に席を設けることにしたのです。立食の方が色々と動くのに便利ですからね。我が君はその設営の指示を出していますよ」
「そんなに気合い入ってるんだ……」
まぁ、聖女との懇親会みたいな感じなんだろうし、親睦を深める為か。それにしても王族で立食って、想像と違った。俺の想像ではこう……豪華な部屋にもの凄く長いテーブルがあって、お誕生日席に王様が座って優雅にお話をしている感じだ。
「マサさんと会えるのを、陛下も妃殿下も楽しみにしておりますからね」
「へ?」
星那じゃなくて、俺?
驚きに目をぱちくりしていると、他が盛大な溜息をついた。
「当然じゃねーか」
「いや、でも俺普通のおっさん」
「普通の人が国家危機は救わないと思います」
「でも」
「陛下も妃殿下もあんたの事は知ってるし、今回の顛末も知ってる。寧ろ特別に呼ばれて叙勲だ叙爵だなんて言われないのが妙な話だっての」
「でも!」
「大丈夫だよ、お兄ぃ。陛下も妃殿下達も優しくて良い人だから」
なんか、一気に変な汗出るんですけど。
そんな俺を見て、他の人達はおかしそうに笑うのだった。