一通り終わった所で、一人後ろに控えていた人がゆっくりと近付いてきた。
一見、何の獣人なのか分からない。大きな三角形の耳やふさふさの尻尾は狼にも似ているけれどエルシー妃よりも小柄に見える。
髪の色は淡い金色でスッキリとしたボブくらいの髪型。顔立ちは凜々しく、眦の切れ込んだオレンジ色をしている。
そして間違いなく、男だ。
「話は一通りすんだかな、エルシー」
「えぇ、クライド。時間を頂いてしまいましたわ」
「そんな事を気にしなくていいんだよ、可愛いお姫様。俺はまぁ、落ち着いてからで構わないと思っていたのだしね」
オレンジ色の瞳が俺へと向けられ、微笑まれる。なんていうか……男前な人に見える。
その人は近付いて俺の手を取って、目尻を下げて微笑んだ。
「初めまして、トモマサ。王妃のクライドだ。うちの馬鹿息子が何かと君に無理難題を押しつけているようだけれど、大丈夫かい?」
「へ?」
王、妃?
目をぱちくりして目の前の人を見る。どう見ても格好いいお兄さんだが……王妃?
「母上」
「ふふっ、面白いね。セナはもう少し上手く取り繕ったのに、君は固まるんだ。可愛い」
「へ!」
スルリと顎を撫でられてゾクゾクッとした。戻ってきた俺は目の前の人と殿下を見比べて……性格が似てるのは分かった。
「クライド」
「ゴメンよイライアス。けれど思った以上に可愛らしい子で、少しからかってみたくなったのさ」
「まったく」
楽しげに笑うクライド妃と、溜息をつく王様。俺の隣では殿下がなんとも言えない様子でいる。
うん、なんか中身が同じだから間違いなく殿下とこの人は親子だな。
クライド妃は改めて此方をみて微笑み、とても綺麗な礼を取った。
「ルートヴィヒの母、クライドだ。うちの息子とその思い人を救ってくれた事を感謝する」
「いえ。当然の事をしたと思っています」
「ついでに、家の馬鹿息子が君にあれこれと構っているだろ? 迷惑だったら遠慮無く言ってくれ。止めるから」
「母上、私はこれで国を思って協力を要請しているつもりなのですが?」
「人使いが荒い。ゴリ押しするな。恩人に圧を掛けるアホが何処にいる。反省しろボケ」
……なんていうか、王妃様っぽくないなクライド妃。
でも、この砕けた感じは嫌いじゃない。俺は自然と笑えていた。
なんだか、温かい場所だ。温かいご家族だ。地位が上で身構えたけれど……少なくとも今ここにおいては歓迎されている。
この人達の助けになら、俺はなりたいと思う。
一通りの挨拶が終わると、王様がこの場にいる皆の前に出ていく。そして、にっこりと笑った。
「待たせてすまないな。まずはここに、二人の素晴らしい友を迎えられた事を喜ばしく思う。セナもトモマサも、異界より来てくれた事に感謝する。其方達に不自由がないよう、精一杯努めさせてもらう」
王様の視線が俺と星那へと向けられる。真摯な眼差しは信用できるし、今はこの人達の力になりたいと思う。だから、しっかりと頷いた。
「また、此度の厄災においてトモマサを守ってくれたクナルの勇気と貢献は称賛に値する。なにか、欲しいものはあるか?」
個別に名前を呼ばれた事にクナルは驚いた顔をした。一瞬俺へと視線が向けられ、次には丁寧な礼をしてみせる。とても優雅で貴族っぽい。
「では、恐れながら一点」
「なんだ?」
「俺は、マサの専属護衛騎士になる事を希望します」
「え?」
それは……どういう?
分からず殿下を見ると何故かニヤニヤしている。ロイも何処か嬉しげで、デレクは少し困り顔だ。
王様は顎を撫でながら考えている。そして視線をデレクへと向けた。
「私としては願ったりの申し出だが、お前は第二騎士団の副隊長だったはず。突然穴が開いては困る者もあるだろう。デレク、どうだ?」
「正直今抜けられるのは困るな。なんせ第二部隊は癖が強くてなぁ。暫く兼任ってなら、そりゃ助かるが」
「だ、そうだ。トモマサは構わないか?」
「え! あの、いまいちよく分からないというか……」
今までも守ってくれていたけれど、専属って事は俺の護衛がクナルの仕事になって、何かあっても付いてくるってこと?
「いいと思うよ、トモマサ。君はこれからあちこち行く事になるからね。信頼できる専属の騎士を付けておくと頼もしい」
「でも俺、普段は第二宿舎の家政夫で。それは譲りたくないんですけれど」
やっぱり家事やってる時間が落ち着くんだよな。料理作りながらぼんやり考え事したり、違う献立考えたり。黙々と手を動かすって、好きだし。
「だから兼業だ。今まで通り第二宿舎にいる間はクナルも第二に稽古つけたりもする。んで、何かあった時は宿舎の事よりもマサの事を優先するって感じだな」
「まぁ、俺も突然言って今とは思っておりません。しばらくは兼業で構いませんが、いずれは専属になりたいという意思表示だけはしておきます」
「あい、分かった。その辺はデレクと相談しながら頼む。此方としては否やはない」
「はっ、ありがとうございます」
丁寧に腰を折るクナルはかっこよくて驚く。
彼をぼんやり見ていると、殿下とは違う方からドンと肩にぶつかられた。
「ほぉん、いいの見繕ったね聖人様。ありゃいい男だ」
「クライド妃!」
「おっ、照れるねぇ。でも、そんな可愛い顔は彼の前だけにしてやんな。めっちゃ睨まれてるし。面白ぇ」
「!」
言われて見れば凄くジトッとした目をしている。
いや、これ俺のせいじゃないって! 不可抗力だし! 俺の立場でこの人達を振り払うとか無理だから!
「何にしても、一通り終わって一息付けた。この祝いの日くらいは色々と忘れ、楽しく語らおう」
給仕のメイド達がトレーに乾杯用のお酒を配っている。透明な硝子の小ぶりなワイングラスで、足と縁に金が使われている。
「では、素晴らしき出会いに乾杯」
「「かんぱーい!」」
グラスを少し上げて飲み込むと、軽やかな若いワインの味がする。まだ渋みの少ないフルーティーな味わいと鼻に抜ける葡萄の香り。
人によっては「物足りない」と言われるだろうが、これはこれで飲みやすく、悪いものとは思わない。ワインは好き好きだから。
と思ってもう一口飲み込んだ所で、俺は星那が同じようにグラスを傾けているのを見てしまった。
「星那!」
これはお酒で、星那はまだ十七歳。この世界基準だとセーフなのかもしれないが、俺の感覚ではアウトだ。
俺の声に此方を見た星那は首を傾げている。近付いて中を見て……ん?
「どうしたの、お兄ぃ」
「これ、酒じゃ……」
「違うよぉ! 私まだ未成年だもん。葡萄ジュース」
「へ?」
面白そうに笑う星那に困惑の俺。その後ろからクライド妃とエルシー妃が笑いながら近付いてきた。
「お兄ちゃんなんだねぇ、トモマサ」
「ふふっ、素敵ですわ」
「あの……」
なんか、凄く恥ずかしい!
思わず顔が熱くなるのを感じて俺はちょっと俯いた。
「セナとはすっかりお友達なのよ、私達」
「懐っこい子で、良い子だからな。ある程度君達の世界の事は聞いている。二十歳になるまで酒は飲まない事。体への影響が大きく出る可能性があると言われたら、無理も言えんさ」
心配した俺がバカみたいに、星那はここの人達と打ち解けているんだな。そんな事までちゃんと話して理解してもらえるくらいは話せている。
もう、俺があれこれと心配する必要もなくなったのかもな。