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7話 海王国からのSOS(6)

 それにしても、温かい感じの食事会だ。皆好きに話して、打ち解けていて。偉い人ばかりだっていうのが信じられない。

 こういう光景を見ていると店の事を思い出す。アットホームな小さな店だったから、お客さん同士もそのうち仲良くなったりして。店の中だけの関係だとしても、いいものだった。

 そこに時々俺も混ざって、楽しかったな。


 二杯目のグラスを飲み込んで少しぼんやり、落ち着いた東屋でそんな事を思う。夜風が気持ち良くて、星が綺麗で。夏の空気もあって暖かくて。

 そこにクナルが来て、隣に座った。


「大丈夫か? 酔ったか?」

「ん? ううん、そうじゃなくて。いいなって思って。俺、こういう人が楽しんで笑ってるのを見てるのが好きなんだ」


 この笑顔に俺の料理が一役買えるなら嬉しいって、本当に思うんだ。


 クナルは手にしていた皿を目の前のテーブルに置く。ちょっと摘まめる感じのものだ。


「酒だけじゃなく食わないと悪酔いするぞ」

「うん、ありがとう」


 ピックに刺さったカプレーゼを一つ。フレッシュなトマトとモッツァレラの濃厚な味にバジルの爽やかさ。

 一つ食べるともう少し食べたくなる。

 スライスしたパンにレタスと塩味の強いハムを乗せた物もとても美味しい。お酒を飲みながらだと無限に美味しい味だ。

 ウインナーは香草が入って案外爽やか。

 小さな器に盛り付けた果物も美味しい。


「美味しいね」

「バルが張り切って作ってたからな」

「こういう料理って楽しいよね」

「色々好きに食えるのはいいな」


 たまにはこんな夕飯もいいな。なんて思って食べて、また少し飲んで。その頬にクナルが触れる。心なしか、少し冷たく感じた。


「あれ? クナル手が冷たい」

「あんたの頬が熱いんだよ。赤いぞ」

「んっ。俺、直ぐ顔に出るんだ。でも、そんなに酔ってないよ」


 強くはないけれどそこまで弱くもない。顔には直ぐに出ちゃうけれど。

 スリ、スリっとするクナルの手が気持ちいい。されるがままにしていると、指先が耳の裏側にも触れる。耳の付け根を撫でられると、ちょっとゾクッとする。


「……隙だらけだっつの」

「ほえ?」

「いいから、楽しめよ」

「んっ」


 賑やかな人達を見ながら美味しいご飯と久しぶりのお酒。嬉しい気分のまま楽しんで、俺は知らない間に寝落ちしたのだった。


§


 星那の任命式が終わって数日。平和過ぎる日常にすっかり気持ちは緩んだ。

 朝早くに起きて掃除をして、朝食の準備をして。洗濯はもう当番の人にお任せして大丈夫になったから、最近は書庫の蔵書直しをしている。


「そういえば、コカトリス討伐の後に服直したよね? あれって、この魔法使ったら簡単だったんじゃない?」


 何気なく側にいるクナルに聞いてみる。彼は俺が直した本を書架に並べる仕事をしているのだが、此方を向いて溜息をついた。


「あんたみたいに魔力量が桁外れならそうかもな」

「ん?」

「この魔法、生活魔法下位だが、もの凄い魔力消費なんだぜ?」

「え?」


 その呆れた物言いに顔を上げた俺に、クナルは再度溜息をついた。


「確かに直るけどな。もの凄く魔力持ってかれるのに直るのは穴一箇所なんて割にあわんだろ?」

「そうなの!」

「マサ、あんたはいい加減自分の出鱈目さに気づけ。一回の魔法で本一冊修繕出来てるのおかしいからな?」


 そりゃ、前にも言われたけどさ! そんなおかしな事してるつもりないんだよ!

 これも女神様の力の片鱗。俺、普通だと思ってるのにどんどん普通じゃなくなってないか?


「確かに思い出の品とかならこの魔法を使うし、新調しにくい本ならいいぜ。他はもの凄く高価な物とかな。でも量販品に使うには割に合わねぇ」

「凄い魔法なのに」

「あと、欠損が七割くらいだと使えねぇからな」


 大穴開いたらどうにもならないって事か。


 そんな事を話していると不意にリデルが来て、来客を伝えてくれた。

 応接室に通したって聞いて、俺もクナルも顔を見合わせてそちらに急ぐ。何となく相手を察したからなんだよな。


 応接室へと向かうと、そこにはゆったりと寛ぐ殿下がロイと共にいた。駆け込んだ俺達を見てちょっと驚いて、次には可笑しそうな顔で笑う。


「そんなに急がなくても良かったのに」

「いや、待たせるのは……」


 ニコニコ上機嫌なのが逆に怖いんだよな、この人。

 何にしても対面に座ると、途端に殿下の様子が変わる。空気が引き締められてちょっと緊張してしまうのだ。


「トモマサ、実は君にお願いしたい案件があるんだ」


 折り入ってという様子で言われ、俺は緊張しながらも頷いた。

 それというのも俺は女神の使命を果たすため、困っている人達を積極的に助けたいと思っている。殿下はそんな俺の事情を知って協力してくれる共犯者なのだ。


 殿下はテーブルの上にスッと一枚の紙を出す。そこには『依頼書』とある。依頼者の名はアントニー・ギュウスラン。


「王都から馬車で二日程行った所に、ルアポートという領地がある。港町で活気のある場所で、多くの交易品が入ってくるんだ。そこに少し前からリヴァイアサンという魔物が現れるようになった」


 重々しい声なのはとても重要かつ見過ごせない案件だから。しかも魔物絡みとなるとやはり気がかりなんだろう。


「襲われたのか」

「いいや、それはまだ。昔から沖合に現れていたんだけれどね、何せ狭い領域から出る事がなかったから被害が無かったんだ。そこを大きく迂回して航行すれば問題なかった。けれど最近、こいつが徐々に港に近付いてきているらしい」

「え!」


 それは脅威が迫っているのと同じ事だ。


「アントニーはこの領地を預かる伯爵であり、普段は王都で仕事をしている官吏だ。ベヒーモスの件もあり、悠長にしていられなくなったのだろうね」

「あの、それなら直ぐに」

「これと同時に、もう一つ依頼書が届いたんだよ」


 俺の言葉を遮ってもう一枚出された紙は薄青く、文字は金色で綴られていた。


「海王国……紫釉王?」

「海の中にある王国さ。魚人達が暮らしている」

「魚人!」


 思わぬ言葉に声が大きくなる。そんな俺の頭の中では魚人と言うと半魚人か人魚みたいなものが出てくる。ちょっと怖い……。


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