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7話 海王国からのSOS(7)

 青年の後から可笑しそうに笑う殿下が来て、ロイも苦笑い。そうして改めて両名の紹介がされた。


「先にきたキモイおっさんがアントニー。ルアポート領の領主で、ギュウスラン伯爵ね。で、その親父にアイアンクローかましたのが息子のファルネ。私の政治的片腕だよ」

「ご紹介にあずかりましたファルネです。この度はルートヴィヒ様を始め、多くの民の命を救って頂き誠にありがとうございます。更には我が領地の急な要請にも前向きに検討をして頂いているとの事。お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません」


 ユリシーズと同じであまり起伏の無い様子で返してくるファルネだが……有能な秘書みたいな感じがある。真面目が服を着ているみたいだ。


「俺が出来る事でしたら、可能な限り力を貸したいと思っています」

「ありがとうございます」

「いやぁ、実に素晴らしい心根! 心が清らかな者に聖なる力は宿る! あれだけの厄災を鎮めたとなればそのお心の清らかさはどれほどのものか。いっそ、今世舞い降りた女神の使徒なのでは!」

「黙れクソ親父。話が進まない」


 一瞬ドキリとするが、間髪入れずにファルネが黙らせた。彼、強いな。


 そんなやりとりをしているともう一組が近付いてくる。此方の様子を見て、ひとまず遠慮していたのだろう。もしくは巻き込まれる事を拒んだか。


 凄く綺麗な人だった。

 透き通る海の青さに似た長い髪は高い位置で一つ括られていなければ床に付いてしまいそうな程。肌は真珠のように白く、瞳は深い青をしている。

 ほっそりとした体にゆったりした服装で……なんか、母が好きだった中国大河とかに出てくるヒラヒラした服に似ている。とにかく西洋の格好とは全く違うものだった。

 何より耳が人のそれとは違う。まるで魚のヒレのようで、半透明に透けている。これも凄く綺麗だ。


 後ろには護衛らしい屈強で寡黙そうな人もいて、常に周囲に気を配っているのが分かる。此方は明らかに武人っぽくて、中国の鎧みたいなものを着ていた。


「お話中失礼いたします、ルートヴィヒ王子。我もそろそろ聖人様にお目通りを願いたく思うのですが」

「これは失礼をした、シユ王。どうにもうちの無作法が突っ走りまして」

「ふふっ、良いのです。それはそれで面白かったので」


 品良く口元を長い袖の袂で隠し微笑む人が俺へと視線を向けてくる。

 なんていうか、男性なのか女性なのかすら分からない綺麗な人だ。見られただけでドキリとする。歩く姿すらも静々という感じで上品で、物腰も柔らかい。

 そんな人が俺の前にきて、にっこりと微笑んだ。


「初めまして、聖人様。我は海王国ウォルテラを預かる神子、紫釉と申します。後ろのは護衛の燈実。此度は当方の問題にお力を貸して頂けるとの事、誠に嬉しく思います」

「あの、相沢智雅です。何が出来るか、まだ分からなくて申し訳ないのですが」


 少し恥ずかしく伝えると、紫釉はにっこりと微笑んでくれる。その優しい笑みが凄く安心するのだ。


 何にしても無事自己紹介と挨拶が終わり、今後の事を話し合う事となった。

 ソファーセットに座るとお茶が用意され、それを飲みながらだ。


「では、現状被害が大きいのは海王国側ということか」


 ここからはクナルが色々と話を聞いて検討してくれる。戦いの事とか深刻さとかは俺では分からない事が多いから。

 これに紫釉は真剣な様子で頷いた。


「元々リヴァイアサンはとある海域から出る事は無かったのですが、ここ最近になり活動範囲を広げております。ルアポート、そしてウォルテラへと接近しているのです」

「……あの、そもそもどうして一定の海域だけで活動していたんですか? 何か理由が?」


 俺の疑問はそこだった。ベヒーモスもだけれど、魔物ってもっと自由に動ける印象がある。縄張りとかはあるそうだけれど。

 なのに話に聞くリヴァイアサンは一定の範囲の中でしか動いていない。他の魔物との住み分け……というのも考えたけれど、厄災級と言われる魔物がそんな事気にするかな?

 俺の疑問にアントニーは腕を組んで考えている。


「これが、全く分からないのですよ」

「そうなんですか?」

「何せリヴァイアサンなんて厄災級の魔物、そう簡単におりませんしなぁ。生態研究も出来ないのです。下手に接触すればいかな災厄に見舞われるかも分からないもの。遠巻きにいてくれるならそれで良し。というのが、通例でしてなぁ」

「その考えは海王国もそうです。彼の魔物は神話の頃から名の上がる者。触れれば何が起こるか分からないものです。歴代の海神の神子も諦めたものなのです」


 まぁ、日本にも「触らぬ神に祟りなし」という言葉があるからな。分からんではない。


「ただ、特別押さえ込む為の結界があるとかではないのですよ」

「そうなんですか?」


 紫釉の言葉に問い返せば、彼はしっかりと頷いた。


「結界で押さえ込むなんて事が不可能、とも申します。あれが海で暴れれば我が国など灰燼に帰すでしょう。精々備えて国の周囲に強力な結界を張るくらいしか今はできません。それだって、いざ戦いとなれば崩れる可能性が高いのです」


 そんなものが今、不穏な動きを見せている。それがどれだけ不安な事か、ベヒーモスと対峙した俺は知っている。あれはダメだ。


「現状、リヴァイアサンの突然の行動の原因は不明。そしてルアポートよりも先にウォルテラ国への接近が予想される。そこで、トモマサには先にウォルテラへ行ってほしいんだ」

「……え?」


 普通の事の様に言いますが、殿下? ウォルテラって海の中にあるのでは? 俺、泳げないんですよね。


「あの、俺海の中はちょっと。息できません。あと、泳げません」

「それについては心配ありませんよ」


 コロコロと鈴を転がすような笑い声の後で、紫釉が袂から何かを取り出す。

 それは綺麗な真珠のついたネックレスだった。


「海神の涙と言われております。これを身につけると呼吸は勿論、海中での動きも地上と変わらず行えます」

「え!」


 凄いアイテムだ! これが水泳授業で欲しかったな。本当に泳げなくて溺れかけに見える犬かきしかできなかったし。海水浴も楽しめないまま、ひたすらBBQの準備してた。

 でも……これ外れたら、どうなるんだろう……。


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