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7話 海王国からのSOS(8)

「凄いね、トモマサ。これを持てるのはなかなかレアだよ」

「そうなんですか?」


 少し興奮気味な殿下は目を輝かせて真珠を見ている。こういう時は本当に子供っぽく見える。

 それに紫釉も可笑しそうに笑った。


「あまり他国にはお出ししませんものね」

「あの、それって……」

「勿論、他国に攻められては大変だからです」


 当然のように言われるそれが、少しだけ悲しい事の様に思う。

 そんな俺を見てか、紫釉も申し訳なさそうに眉を下げるのだ。


「勿論、信頼する方に必要とあらばお渡しします。ですが、何処の世にも善意を悪用する者はある。無闇に出さず、用事が終われば回収するのはそういう事です。海王国は特に外の世界とは遮断された国。基本、平穏なのです。戦など持ち込みたくはない」

「我が国と懇意にして頂けて、大変有り難く思いますよ」

「ルートヴィヒ王子は信用出来る方ですから、此方も持ちつ持たれつです。それに、外を知る事は良いことでもあるのです。刺激もありますし、学べる事も多い。節度を考えて、というものです」


 苦笑する紫釉を見て、手元の真珠を見て……俺はそれをスッと彼に返した。


「あの、責任負えないのでこれは実際に行く時に渡してください」


 俺の不注意で紛失とかになったら責任負えない。確かにこの世界は優しい人も多いけれど、悪意もある。それを知っているからこそ、俺は慎重にならないと。


 この申し出に少し驚いた顔をした人は、次にやんわりと笑って頷き、それを袂に戻した。


「では、一度戻って準備を致します。一週間後、王都の港でお待ち致します」

「はい、分かりました。宜しくお願いします」


 互いに頷き握手しあい、この会談は一旦終了となった。


 だが、俺とクナルは何故か殿下に残るよう言われた。そうして出されたのはそこそこ分厚いマナーブックだった。


「……え?」

「トモマサ、他国に行ったり他領へ行くとなると、それは即ち外交とも言うんだ。君は国の代表として赴く事になる。そこで失礼があると、色々と言う奴も出てくるんだよ」

「あ……はい」

「ということで、一週間でとりあえずダンスとテーブルマナー、エスコートのされ方については覚えてきてね」

「……はぁぁぁぁぁ!」


 にっこりいい笑顔。じゃないよ! 俺は小市民なの! 一般人なんだってば!

 まぁ、テーブルマナーは多分大丈夫。一通りやったから。

 でもダンスとか絶対に無理!


「殿下、ダンスが一番の難題だ」

「だろうね」

「場所も借りられないか?」

「勿論貸すよ。城のレッスン室を使うといい」


 溜息交じりのクナルが何やら約束を取り付けているけれど、俺はそんなの上の空でひたすら焦るのだった。


§


 海王国ウォルテラへ行く事が決まった翌日から、俺は毎日王城のレッスン室でクナルを相手にダンスの特訓をしている。


「ワン、ツー、スリー! ワン、ツー、スリー! マサ、足遅れる」

「ひぃぃぃぃ!」


 右手はしっかりとクナルと組んで伸ばし、左手は背中の辺りへ。クナルの片手は俺の腰をしっかりと支えてくれている。

 その状態でゆったりとした曲に合わせてクルクル回りながら室内を動き回るんだ。既に目が回って進行方向が分からない。

 更にはステップと言われても俺が今どこに足を置こうとしているのかまったく掴めていない。

 結果、今日だけでクナルの足を十回は踏んだ。


「おっと」

「わ!」


 いわんこっちゃない! また足を踏んでつんのめるように前に倒れた無様な俺をクナルは受け止めてくれる。手を二回鳴らすと自動演奏機なる魔道具は停止した。


「大丈夫か?」

「うぅ、ごめんクナル。俺もう何回も足踏んでる」


 彼の足元は革で出来たブーツだが、それでも踏まれれば痛いだろう。申し訳なくて落ち込んでくる。

 顔を上げられない俺の頭をクナルは撫でて、見たらとても優しい顔をしていた。


「不慣れな事を無理矢理詰め込もうとしてるんだ、失敗は仕方が無い。あんたは努力してるよ」

「でも、あまりに進歩がない」

「運動苦手そうだもんな。セナは上手かったらしいが」

「星那は昔から運動神経いいし若いから。俺はもうおっさんで、新しい事覚えるのもやっとだよ」


 言いながら落ち込むくらいなら言わなきゃいいのに。とは思うけれど、これも事実。本当に運動に関してはからっきしだった。それにやっぱり体がついていかないんだ。


 そんな俺を、ジッとクナルが見ている。手が俺の頬に触れて、自然と上を向かされた。

 薄青い瞳が覗き込んでくるのは緊張する。でも綺麗で、目が離せない。恥ずかしいのに、俺もまた彼を見続けてしまう。


「あんた、言う程おっさんじゃないよ」

「え? いやいや! おっさんだって! 三十二だよ?」

「ロイは三十四だぞ」

「……え」


 あの色気と若々しい様子と美貌で、三十四だって?

 思わぬ絶望。いやいや! あちらは現役で騎士とかしてるから普通のおっさんとは何か色々と違うってば!


「いや、でもさ!」

「俺はあんたをおっさんだなんて見てない。十分若いし、可愛いと思っている」

「かわ!」


 今日の衝撃発言はどうしたのクナル! まさか、変な物食べた?


「いや、あのね!」


 慌てて言いつのろうとして足に力がかかった。瞬間、足裏や足首に軽い痛みが走って動きが不自然に止まる。それを見たクナルが難しい顔をして、俺の体を軽々とお姫様抱っこにした。


「うわ!」

「足痛いんだろ。見せてみろ」

「いや、自分で歩けるってば!」


 どうしよう、もの凄く心臓に悪い。クナル察して! 恥ずか死ぬ!


 レッスン室の端にあるソファーに降ろされた俺はそのまま滑らかに利き足を取られ靴も靴下も脱がされ、ズボンも膝くらいまでたくし上げられた。


「靴擦れとかはないな。けど、脹ら脛はパンパンだ。それと足首と足裏が硬いな」


 踵の所を持たれ、左右に軽く曲げられたり足の裏を指でグリグリされる。硬いと言われるのは何となく分かる。これといったストレッチとかした事がないから。

 それにしても足裏をグリグリされるのは痛気持ちいい。足裏マッサージとかってこんな気分なのか。人気あるの分かるな。


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