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7話 海王国からのSOS(14)

 彼女達が作っていた料理はやはり中華っぽかった。

 海老やイカ、それに葉物野菜が使われたあんかけ料理や炒め物、ふっくらと蒸された蒸し料理。丁寧に出汁を取ったスープの中に海老ワンタンが浮いたもの。

 え? これに俺足すの? 正直もう不要じゃね?


「あの、完璧ですよね?」

「まぁ、一品残ってはいるけれどね」

「?」

「食後の甘味がこれからなのさ」

「!」


 言われてみれば確かに。林杏がニッと笑い、俺もニッと笑う。


「やります」

「任せたよ」


 もうそれだけで俺は全てを理解した。


 とはいえ何を作ろうか。甘味と言っても色々ある。しかもこれだけ準備が出来ているのなら、時間はあまりかけていられない。

 マジックバッグの中を見てみると使えそうな材料もある。砂糖、牛乳、卵に、以前殿下が報酬としてくれた珍しい食材シリーズの中にあったバニラビーンズ。

 これだけあるなら、アレが作れるでしょ。


 ニヤリとした俺を見て、クナルと燈実がビクッとしたのは言うまでもない。


 とはいえ急ぐに越したことはない。今回は生クリームはないから、無しでも濃厚に作れるようにしないと。


「林杏さん、火を使いたいです」

「そっちにコンロあるよ。アタイ等は釜のが慣れてるけど、使えるはずさ」


 言われた方を見ると確かにコンロ。火もちゃんと付く。

 手早く卵黄と卵白に分け、牛乳を量り、砂糖も量る。これらを鍋に入れて弱火で加熱していくのだ。


「何作るんだ?」

「それは出来てのお楽しみで。クナル、この豆の種取ってくれる?」


 彼に渡したのはバニラビーンズだ。長細い茶色いそれはクナルにとっては食べられるものに映らなかったらしい。もの凄く驚かれた。


「これなんだよ!」

「バニラビーンズ。香りが出るんだ。少しでいいから適当な長さに切って、縦にも切り込み入れて、包丁の背でギュッと」


 指で摘まんでげんなりしながらもやってくれるの助かる。そして刃物の使い方はやっぱり一流だ。

 数センチに切ったものに縦にも切り込みを入れ、端を持って包丁の背で押し出すようにすると中から小さな黒い種がムリュムリュっと出てくる。


「うわ、なんだこれ」

「それ使うんだよ」

「おい、妙な物を主上に食べさせる気か」

「ちゃんと食べ物です」


 燈実にまで不審物扱いされたバニラビーンズ、憐れ。香りつけには優秀なのにな。


 俺の方は鍋が大事。ポイントは卵黄が固まらないように混ぜ続ける事。卵だからね、ほったらかすと固まるんだ。

 そうして弱火で二十分も煮詰めると液にとろみがついてくる。ここで火を止め、先程のバニラビーンズを入れて混ぜる。均一になるように丁寧に木べらで混ぜると熱が加わり、甘い匂いが立ちこめた。


「なんだこの甘い匂いは」

「さっきの黒いのか?」


 驚く燈実と鍋を覗き込むクナル。そんな二人に笑いながら、俺は金属製のバットに移した。


「クナル、このバットの底の方から冷やすって出来る?」

「出来るぞ」


 俺からバットを受け取ったクナルがそれを手に持つと、ゆっくりと金属が冷えていく。見ると中の物も直ぐに冷えて固まりそうになっている。


「ちょっと待って! かき混ぜるから!」


 まさかの急速冷凍。これが出来るなら冷凍食品作れるんじゃないか?

 とりあえず固まりかけている所をスプーンでかき混ぜ、また同じくらい冷やしてもらってかき混ぜて。これを数度繰り返せばあっという間に完成した。本来なら冷凍庫で数時間なんだけれどね……。


「おぉ!」

「アイスクリームの完成」


 出来上がったバニラアイスは黄色みを帯びている。生クリームを使わない分卵の色が出た感じだ。

 燈実とクナル、そして林杏にも味見をしてもらったが、皆が二口目を要求したのには焦った。そんなに沢山は作ってないってば。


「ヒヤリとして気持ち良く、濃厚な甘みと香りが口いっぱいに広がって贅沢な感じだ」

「マサ、宿舎でも作ってくれ!」

「後で作り方を教えておくれ、聖人様。これは秀鈴様が喜ぶ」

「勿論」


 喜ばれるのはやっぱり嬉しいもので、此方は溶けないように冷やし続けてもらう事になった。


 その日の夕食はとても賑やかだった。

 ウォルテラの食事はとても美味しくて幸せ。しかも中華だし。

 クナルの方は苦戦していた。何せ野菜が多いから。最初海鮮だけを食べていたら、一緒にいた秀鈴に「お野菜も食べないと大きくなれないよ」と言われて思わず笑ってしまい、睨まれた。けれどこれで全部食べきったあたり、かなりプライドに響いたのだろう。

 そしてデザートのアイスに、秀鈴も紫釉も大いに喜んでくれた。


「冷たくて甘くて美味しい!」

「本当に! このような甘味は初めてです。陸ではこんなに美味しいものが」

「いや、俺達も初めて食べた。マサの世界の料理らしい」

「喜んで頂けて良かったです」


 実はさっきの余った卵白もマジックバッグに入れてある。明日はこれでメレンゲクッキーを作ろう。

 なんにしても今日は疲れを癒し、町の案内と詳しい話、歓迎の宴は明日ということになった。


§


 どこに居ても生活習慣というのは染みついているもののようだ。

 ふと目が覚めて見回した部屋の様子の違いにやや驚く。いつもとは違う硬めのベッド……いや、寝台っていうんだろうな。その上で起き上がり外を見てもあまり明るさは変わらない。

 紫釉の話によると、海王国では朝の六時、正午、午後五時、夜九時に町の鐘がなり、皆がそれを基準に動いているとのこと。時計は高いそうだ。

 とはいえここは王族の住んでいる場所で、部屋を出て皆が集まる食堂に行くと時計があった。細長い台形の土台に乗った和時計のようなものが規則正しく動いているのを見て、クナルはとても面白そうにしていた。


 支度を調えているとドアをノックする人がいて、ドアを開ける。そこには案の定クナルがいて、俺がまだ部屋に居るのを見て満足そうに頷いた。


「おはよう、マサ」

「おはようクナル。早起きだね」

「習慣だな。あんたも早いな」

「お互い様だよ」


 互いに笑って、身の回りの物をある程度片付けて部屋を出る。そうして食堂に行くと既に紫釉と燈実がいて、お茶を飲んでいた。


「おや、お二人とも早いのですね。まだ朝の鐘の前ですよ」

「はようございます、紫釉さん」

「はい、おはようございます」


 相変わらずの清楚系美人の彼が微笑むだけで空気が清浄化される気がする。

 給仕の人が俺とクナルにもお茶を出してくれた。それを飲み込むと体が温まってほっとする。水の中なのに極端に体が冷えるということもないが、それでも温かい物が体の中に入ると落ち着いた。


 ふと正面を見ると、紫釉はフッと息をついている。その様子はどこか疲れているようにも思えた。


「紫釉さん、大丈夫ですか?」

「え?」

「なんだか、疲れた感じが」


 差し出がましいかなとも思うけれど気になった。

 そんな俺に、彼は誤魔化すみたいに笑ってみせる。俺には、無理をしているように映った。


「そのような事はございません。朝の務めを果たしてきたばかりだからですかね?」

「朝の務め?」

「結界に、日に一度魔力を送るのです」


 そう言って、彼は窓の外に見える高い塔を指さした。

 城の中にあって城とは隔離されたその塔はこの町の中心にあって、どの建物よりも高くなっている。外側から少し見ただけだが、衛兵が立っていて厳重な守りとなっていた。


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