「この町の結界を維持する為にも必要なのです。神子のお役目の、一番大事な事ですね」
「他の人ではできないんですね」
「可能かもしれませんが、相当の魔力を注がねばならないので半端な者では務まらないのですよ」
苦笑する人の笑みが陰る。それがやっぱり心配だった。
食事を取った後、紫釉の案内で町に出る事になった。
城を出ると広場に櫓が組まれ、色んな人が忙しくしている。それを見て、俺は首を傾げた。
「お祭りがあるんですか?」
「其方の歓迎の宴ですよ」
「え?」
思わぬ返答に驚き見ると、紫釉はくすくすと笑って頷く。どうやら冗談じゃない。
それを踏まえて見てみると、申し訳無くて焦った。
「あの、こんな!」
「お祭りの好きな者が多いのです。今日だって其方を肴にタダ酒が飲めると喜んでおりますよ」
「えぇぇ」
なんか、そう言われると準備をする人達も意気揚々というか、表情が明るい。服装の立派な人達もいて、何やら指示を出している様子だ。
「この国ではこうした歓迎の宴は少ない。皆歓待の気持ちがあることは確かだ」
「まっ、どこの世界もタダ酒は美味いもんだからな。歓迎されてるなら気にせず、肴にでも何でもあればいいさ」
燈実もクナルもそんな事を言う。こうなると申し訳無い気がしているのも悪いような。盛り下げるのは嫌われるよな。
「……待って? もしかしてこれ、俺踊らなくていいんじゃないか?」
ふと思って紫釉を見ると、彼は笑って頷いた。
「この国の踊りは音に合わせて思うように体を動かす感じなので、社交という感じはございません。見て手拍子を打つだけでも構いませんし、歌を歌ったり楽器を弾く者もあります。自由に楽しんで頂ければ宜しいかと」
「助かります!」
無様を晒さずに済む!
正直クナルはそんな俺の思惑を読んでか此方を厳しく見たが、知ったことか! へっぽこな付け焼き刃のダンスを踊る此方の身にもなれってんだ。
「もてなされる者の負担になっては意味がない。故に、堅苦しい事は此度は取っ払いました。この国を好きになってもらいたい。そう、思うのです」
そう言って穏やかな視線で人々を見る彼は誇らしげでもあって、「ありがとうございます」と気づけば伝えていた。それに返す紫釉は驚いて、でも照れくさそうに笑うのだった。
城を出ると大きな通りがある。活気ある様子で人も多く、店が建ち並んでいる印象だ。
「食べ物を扱う店や宿が多い通りです。この先にある正門が、一般の者が入ってくる場所となっているのですよ」
「昨日のは」
「特別な客人や王族、大貴族のみが使う場所です」
なるほど。でも、一般人とは?
「獣人国の商人も一部認可されてる奴がいるが、そいつらはこっちからか」
「あぁ。あの正門で身体検査と身分証の提示などを行った後に入ってくる。主に薬草や真珠、珊瑚などを買い付けにくるな」
なるほど、そういうことか。クナルと燈実の会話で知った。
道に差し掛かるとなんとも美味しそうな匂いがする。串で焼いた海鮮の匂いだ。
「醤油のいい匂い。ホタテのバター醤油焼きなんて最強過ぎる」
「天狐の里とも取引がありますからね」
店先で焼かれるホタテは貝をお皿に提供されている。プリプリの大粒の貝柱にバターを乗せ、そこに醤油を適量垂らしただけのシンプルな料理。だがシンプルさが美味いものだ。
我慢出来ずに買うと、クナルも一緒になって買う。熱々の貝殻ではなくそこから適度に冷めた貝の皿にタレごと移された料理をふーふーしながら頬張るとなんとも言えず幸せになる。醤油のしょっぱさをバターの芳醇なコクが包み込み、プリプリの貝柱と絡みついてくる。噛めば噛むほどにホタテ本来の甘みが滲み出てきて飲み込むのが勿体ない。
「おいひぃ」
「マサ、買って帰ろう」
クナルなどもう一つ欲しそうにしている。そんな俺達を紫釉が楽しそうに見ていた。
食べ物を売る通り、服飾を売る通りは分かれている。主に匂いがつくからだ。
服飾の通りは比較的落ち着いた感じで店頭販売なんてのはしていない。高級な感じがする。
真珠の首飾りや珊瑚の簪なんかで、男の俺には需要がない。
けれど服は着やすい。今も着ているけれど浴衣に近い感じがする。青い柄入りの服で、襟と袖口は白く大きく縁取りがある。左右を合わせ帯で締める感じで、中にはゆったりとしたズボンを履いている。着物とはちがって袂はないが、袖ぐりは広めになっている。
「これ、上でも着たいかも」
「俺はあまりだな。心許ない」
「似合っているが?」
「普段がっちり締める服装だからな。こう緩いと解けちまいそうで心配になるんだ」
クナルも同じようにこの国の服を着ているが、最初着方が分からなかったらしい。
「マサ殿は平気ですか?」
「俺の元いた世界でも似たような服装があったので、むしろ懐かしい感じがします」
ここでなら割烹着とか作務衣もあるかもな。あったら欲しい。
と、思ったんだが、無かった。でも服は一着買ってしまった。
その夜、城前の広場にはオレンジ色の温かな電飾が灯り、多くの人が集まった。食べ物を焼く匂いやお酒の匂いもする。中央の櫓の上には太鼓が置かれ、まるで盆踊り会場みたいだ。
挨拶だけでもということで城の二階にある、広場を見渡せる場所へと席を設けられた俺は緊張でちょっと吐きそうだ。なんせこんな大人数の前で自己紹介なんてした事がない。クラスの自己紹介ですら上がってたのに、これはどうすればいいんだ?
その間にも紫釉が前に出て人々を見る。すると今まで騒がしかった会場がシンと静まりかえり、地に膝をついて皆が頭を下げた。