収穫祭も無事に終わった二日後、俺は殿下から呼ばれてクナルと二人で向かった。
が、出迎えられていきなり思い切り遊び倒されている。
「ほ~お、ふ~ん? クナルがねぇ、これ見よがしに」
「あの……」
「幸せたっぷりな収穫祭だったわけだ」
俺の耳についている耳飾りを見た殿下がもの凄い勢いで近付いて両肩をがっちりと掴んで離さない。凄く笑顔なのに、背後に鬼が見えるのはなんで!
「殿下はまだか」
「っ!」
腰に手を当ててやや見下しつつ勝ち誇った顔のクナルを見た殿下の顔は、既に人様に見せていいものじゃないと思う。
「恋愛なんて興味ありません! みたいな顔してたのに!」
「運命に出会ったんだ、グズグズはできないだろう」
「私にも運命いるもん! 見つけてるもん!」
「耳飾りは?」
「…………」
いや、止めてあげてクナル? なんか可哀想になってきた。
「我が君おやめください! マサさんはとてもか弱いのですから。貴方の力で掴んだら怪我をしますよ」
後ろから俺の腰をひょいっと引いたロイが少々咎める様子でそんな事を言うけれど……今は、そっとしておいた方がいいように思う。あと、か弱いは俺もダメージがある。
事実、ロイに怒られた殿下はぺしょんぺしょんになりながらも腹立たしそうに尻尾をビッタンビッタン叩きつけている。ごめんね、殿下。ピザ持ってきたから許して。
「綺麗な耳飾りですね」
「え?」
後ろから言われて、改めて向き直る。俺の近くにクナルも来て、ロイはそんな俺達を目を細めて微笑んで見てくれた。
「とてもお似合いですよ、マサさん」
「ありがとうございます」
「クナルもおめでとう。式などは決めているのですか?」
「まだそこまでじゃねーよ。とりあえず、こいつが抱えてるものを解決して落ち着いてからだ」
「長い道のりになりそうですね」
少ししょんぼりと、寂しげな様子を見せたロイ。俺はちょっと袖を引いて、耳元で囁いた。
「あの、殿下から耳飾り貰わないんですか?」
「!」
これに、ロイは恥ずかしそうに顔をほんのり赤らめた。
「あの、それは!」
「でも……」
背後で蹲る殿下が可哀想になってくる。思いは伝えているし、ロイだって満更でもないと思うんだよな。実際、凄く気に掛けているし。
ロイは赤いまま困ったような顔をしている。長身でしなやかな彼がこういう様子で髪なんかかき上げると、本当に色気が凄い。
「恥ずかしい、のと。僕などが相応しいのかという、思いと……あと、い、色々……」
「「……」」
うん、絶対に好きだよねこれ。何か一押しあると転がりそうなんだけれどな。
クナルもそんな顔をしていて、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
もう少し頑張れ、殿下。
何にしてもとりあえず落ち着いてソファーに座る。そして多少へにゃへにゃになった殿下が肩を落としながら話してくれた。
「実は君に、急な要請があってね」
「急な要請?」
「東の島国、
「!」
瑞華という名は最近知ったけれど、東の島国、小国としては大変個人的にお世話になっている。そんな所からの急な要請なんて不穏でしかない。もしも何かあって米が作られなくなったら……味噌は? 醤油は! そんなの俺は耐えられない。
「行きます」
「いや、内容聞きなよ」
流石の殿下もツッコまずにはいられなかったようだった。
「まぁ、特使殿に会ってからでいいんじゃない?」
「特使?」
首を傾げた俺に頷いて、ロイに合図をした殿下。ドアを開けて暫くで、俺は知っている人物を見て思わず「あっ!」と声を上げてしまった。
短い黒髪に比較的平べったい日本人顔に、狐耳と三本尻尾。その青年を俺は知っているのだ。
「なんと! 獣人国に現れた慈悲深き聖人様とは貴方様でしたか!」
「カボチャ団子の!」
身なりは少し綺麗にしているが、間違いない。祭の時に話した彼だ。
「カボチャ団子?」
「あ……」
思わぬ再会に歓喜していたのに、下から思い切り低気圧な声が掛かってそちらを見ると、殿下の目が一切笑っていなかった。
「なにそれ。私、食べてない」
「あの、収穫祭の料理イベントで」
「食べたい」
「今度作りますから!」
食の恨みは深いって、昔から言うしね。
そんなこんなで紹介された彼の名は猿之介。瑞華の千姫の家臣だという。身が軽く、隠密のスキルを持つそうで他国との交渉役によく選ばれるのだとか。その縁で殿下とも顔見知りであった。
「それにしても、妙な縁ですな。藁にも縋る思いで求めた聖人様が、我等が国の大聖人・弥彦様と同郷とは」
現在皆でピザを囲んで和やかにしている。
収穫祭で作ると言ったこれを翌日作ってみた。トマトベースのソースを塗ったピザ生地に、沢山のサラミとモッツァレラチーズを乗せてオーブンで焼いた。好きな味だろうな~とは思ったのだが、反響が予想より大きく余ったピザを巡って一悶着あったくらいだ。
現在、殿下が美味しく食べている。ロイはどっちかと言えばアップルケーキがお気に召したようで、そちらが既に二切れ消えた。
「同郷といっても、俺がいたのはおそらく数百年後の世界ですけれど」
苦笑して伝えると、猿之介は少し寂しそうな顔をした。
「悲しい事です。既に元の世界では忍びは存在しないだなんて」
そう、彼に伝えてしまった。いや、事故だったんだけれど。
彼は忍びらしく、俺は初めて本物の忍びに会ってちょっと興奮して、「俺の世界にはいないので」と言ってしまったのだ。それで、色々話す事になった。
多分、忍びの末裔という人達はいる。職業忍者もたまにテレビで見る。けれど彼らのように歴史の裏で動いていた本物の忍者は、俺の知る限りは消えてしまっている。
「ですが、これも時代の流れなのでしょう。ある意味、弥彦様の願いは叶ったわけです」
「え?」
驚いて見ると、彼は寂しそうにしながらも笑った。
「伝承によると、弥彦様は穏やかな性格で、平和を願っていたそうです。忍びの仕事をするよりも、副業の農民の方が性に合っていると。忍びが必要無いほどに今の祖国は平和なのだと知ったら、きっと喜ばれるのではないでしょうか」
そう、なのかもしれない。忍びが必要だった時代はきっと荒れていただろう。辛い思いや光景も沢山見たし味わった。それを悲しいと思える人なら、不要になることを喜んだかもしれない。
「瑞華からもたらされる多くの食品には助けられています。異世界から来た俺にとって、故郷の味をこちらでも再現できるのは気持ちの安定にとても重要で、有り難い事です」
「望郷の念というのはございますが、味は特にでしょう。貴方様にそう言ってもらえて、これらを伝えた弥彦様もまた喜んでいると思います」
そうだといいな。そしてそんな風に思ってくれる猿之介や瑞華の人達を今度は俺が助けられたらいいな。
そう思って、ケーキを食べる手を止めた。