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11話 東国からの要請(3)

「甘い匂いとほんのりとした苦みのある香りが」

「旨そうな匂いだけど、この色は……」

「食える、よな?」

「勿論!」


 チョコは定番の甘味である。胸を張る俺を見てリデルとグエン、そしてクナルがパンを一切れずつ手にする。俺も一つ。


「頂きます!」


 全員が一口。途端、ちょっと目の色が変わった。


「甘い!」

「ホロッと苦みもあるが、甘みと相まって悪くないな」

「初めての味だが美味いぞ!」


 食べてくれれば分かるよね。俺は一つを食べて、残ったチョコは事前に用意しておいた瓶に入れてマジックバッグに。俺じゃ冷やすことはできないから、使う時はクナルにお願いしないと。

 その間にもチョコ染みパンは彼らの胃袋の中へ。ちょっと微笑ましいな。


 なんて思って見ていられたのは数十分程度だった。


「ふはぁぁ、気持ちいいぜぇ」

「何だか体が……熱くて」

「マサ、お前これ、なんだ」

「えぇぇ!」


 美味しそうにチョコを食べていた三人は少しすると目がぽや~んと蕩け、ほんのりと頬を上気させてクタンと椅子に座ってしまった。

 三人とも耳がぺたんと寝たようになっているけれど、怖いとかじゃない。それどころかグエンはぐた~と寝転んでしまった。


「なんで!」


 リデルはポヤッと少し上を見て服を緩めて妙な色気を出しているし、クナルの目は若干怖い。

 呼吸も少し荒いような……まさか病気!


「マサ」


 呼ばれ、影が差す。同時に腕を引かれて俺は長椅子の上に倒れ込んだ。

 見上げた先のクナルは随分とギラギラした目をして、唇を舌で舐めている。雄を感じるその表情に見惚れている間に手は俺の服をまさぐり、ボタンを外していく。


「クナル!」

「すげぇ、いい気分。酔ったみたいだ」

「酔った……っ!」


 彼のその言葉で思い出した。昔、チョコは媚薬だったんだ!

 気分が高揚するとか、心拍数が上がるとか。俺達が日常の甘味として平気なのは子供の頃から食べていてこの刺激に慣れているから。

 でもこの世界初のチョコを食べた三人はこれらの刺激は初めてで……ようはムラムラしてらっしゃる!


 その間にも何か下半身に押しつけられて……あっ。


「クナル待った!」


 色々まずい! 人前で何をおっぱじめようとしているのクナル! 確かに嫌だとは言わなかったけれど、流石にここでは致せません!


 首筋に唇が押し当てられ、くすぐったいのと同時にゾワッとした感覚が走る。これが快楽だっていうのは分かる。興奮した息づかいに熱い舌。それらが徐々に肌の上を下りていくのに俺はギュッと目を瞑った。

 が、次にはポスンと頭が落ちた。


「……え?」


 寝た?


 驚きと安堵が混ざって混乱してしまう。そして何がマズいって俺、クナルをどかすとかできない! 重くて!


 ズリズリとクナルの下から這い出した俺は身なりを整える。そこに明かりが付いている事を不審に思ったデレクが顔を出して、惨状を見て声を上げ、俺は事情を説明した。


「とりあえず分かった。俺はこいつらを部屋に運ぶから、マサは片付けしとけ」

「うん」


 申し訳無い気持ちで一杯だが、これが翌日も起こるとまずい。使った道具一式を綺麗に洗い、ついでに換気もする。

 デレクは巨体のグエンを肩に担ぎ、もう一方の腕でクナルを小脇に抱えて出ていった。逞しすぎて惚れる。


 その間にリデルは寝てしまって、長椅子にコテンと横になっていた。

 奥から薄手の毛布をかけてあげる。気候は良くても夜になると流石に冷えてきた。そこにデレクが戻ってきて、眠った彼を愛おしそうに微笑んで見つめて丁寧にお姫様抱っこにした。


「んじゃ、これでお終いだ。マサも寝ろよ」

「うん。ごめん、色々迷惑かけちゃって」

「いいって、お前も予想外だったんだろ? こんな事もあるさ」

「ありがとう」


 この男気と優しさがデレクの魅力だ。そして、いつも救われる。


「あっ、残ったのは出すなよ。お前の方で喰っちまえ。それと、絶対にルートヴィヒやロイに渡すなよ」

「絶対にしない!」


 碌な事にならないのが想像出来すぎる!

 デレクは笑って頷いて出ていって、俺は最後に火の元のチェックをして、明かりを消して部屋へと戻った。


§


 約束の日、王都の港に行くとそこには立派すぎる大型の船が停まっていて、乗り込む桟橋の横には知っている人が立っていた。


「アントニーさん!」

「トモマサ様! クナル殿!」


 こちらを見てパッと表情を明るくした人が親しげに駆け寄ってくる。それを出迎えしっかりと握手をして、俺はちょっと安心した。


 ルアポート領の領主であるアントニーにはリヴァイアサン討伐の際にお世話になった。が、同時に彼の奥方とは少し問題があった。

 あの後、アントニーの奥方は監視と再教育という理由もあり王都の彼の家に移り、息子のシルヴォは傾いた領地を立て直す為に今動いている。

 最後に会ったときは空元気という感じで心配だったけれど、今の表情はちゃんと心から笑えている感じがした。


「お久しぶりでございます、アントニー様」

「クナル殿、そのような堅苦しいのは無しで構いませんぞ。お二方は我が領だけではなく、我が家族をも救ってくださった大恩人。そのような方に畏まられてはこちらが申し訳がなく」

「分かった。相変わらず仰々しい人だな」

「これが性分でございます」


 ニッコリと笑いはするが食えない。王都近郊に大きな港を持つ商業の町ルアポートを預かる領主らしいというか、なんというか。


「この度は東の島国瑞華への渡航と聞き、かつての恩を少しでもお返し致したくこうして送迎の名乗りを上げさせていただきました。船の者も以前お二人と共に討伐に出た者ばかりです。どうぞ、よろしくお願い致します」

「そうなんですか! こちらこそ、ありがとうございます」


 殿下が何やらツテがあるような事を言っていたのはこれだったんだ!

 これなら安心できる。俺は笑って、一緒に旅をする猿之介の紹介もして船へと乗り込んだ。


 ルアポートの船は大きくて速い。グングンと進んでいく景色を見ながら、俺は気持ちのいい風に吹かれている。


「いやぁ、まさかルアポートの軍用船に乗せてもらえるなんて。運を使い果たしちまいそうですよ」


 側で同じく風に吹かれる猿之介が興奮気味にキョロキョロしている。それは何処か子供っぽくも感じて、俺は笑った。


「これって、軍用船なんだ」

「リヴァイアサン討伐の時に乗ったのと同じタイプだな。速度があり上手く風を捕らえる優秀な操縦士がいるのだろう」

「ほぉ、リヴァイアサン退治にも参加なさっておりましたか。ウォルテラの商人が言っておりましたな」

「手広くやってるんだね」


 東の小国、なんて言うけれど実際はかなり手広く商売をしている様子だ。

 だが猿之介はこれに苦笑して、何故か俺の方を見た。


「これも全て、智雅様のお陰でございます」

「え?」

「貴方様が獣人の国やエルフの国、更には海王国で料理の腕を振るい、レシピを伝えてくださった事で我が国の特産品が知れ渡ったのです。今までは日本酒あたりが売れ筋で、他はあまりだったのに」

「俺!」


 驚いて声を上げたけれど、これにはクナルも納得したように腕を組んで頷いている。


「王宮のシェフにあんたがせっせと教えている和食という料理が、今では巷でも話題になっている。特に貴族辺りはそうしたものに敏感だ」

「醤油、味噌、米、更には昆布まで。買い付けにくる商人がそれは多くなり、島は空前の賑わいです」

「あんたは自分が思っている以上に凄い事を既にしているんだって自覚を持てよ」

「あはは……」


 自覚なんてないよ! 普通に楽しく料理して、色んな人に食べて知ってもらいたいってだけなんだもん!


 とはいえ、猿之介はちょっと嬉しそうで安心した。急に忙しくなると困る事もあるから。


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