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11話 東国からの要請(4)

 そうしていると不意に声を掛けられた。アントニーがお茶のお誘いをしてくれたのだ。

 招かれた俺達に遠慮してか猿之介は辞退し、俺とクナルは船長であるアントニーの部屋へと招かれる。船の上だけれどちゃんとソファーセットもあり、明るく綺麗な部屋だった。


「実は、お二人には直接お礼を申し上げたくて」

「お礼?」

「妻の事でございます」


 途端、クナルは嫌な顔をした。が、俺は少し気になっていたから宥めて先をお願いした。


「あの後、何か」

「えぇ。当初はやはり荒れておりましたが、一週間もすると自分の行いが分かってきたのか落ち着きを取り戻しましてね」

「そうですか」


 確かにルアポートで見せた伯爵夫人の様子は少し異様にすら思えた。息子のシルヴォが「女王」と称するのに納得の状態だった。

 でも、何が彼女をそうさせたのか。


「全ては嫉妬だったのでしょう。ファルネの母に対する」


 嫉妬、か。俺はそれについてよく分からない。そんな激しい感情を抱いた事がまだない。

 でもクナルは何処か静かにしている。考え込むような目をしている。


「ですが、彼女のこともちゃんと愛していたのです。快活で態度がはっきりとしていて、多少きついと取られがちですが、その分取り仕切りなどはとても上手な女性です。ファルネの母は穏やかで争いを嫌いますので、屋敷の事はあまり得意ではなかったのです。それに、体もあまり丈夫ではありませんでした」


 それを聞くと、何だか悲しいものだ。多分シルヴォの母はファルネの母に嫉妬があったのだろう。真逆のタイプみたいだし、ねじ込むように結婚したらしいし。


「それで? 今は?」

「徐々に自分の愚かな嫉妬と思い込みにより、息子のシルヴォや領地にも深い傷を残したと思い始めてしまい、今は部屋から出なくなってしまいました」

「そんな……」


 極端な人だな!

 でも……反省できるだけの心がまだ残っていたんだ。それなら、やり直しがきくのかもしれない。

 出来れば和解して欲しいな。そう、俺は思ってしまう。


「今はできるだけ毎日、手紙を書いております」

「手紙?」

「はい。ロイ様の助言で、一輪の花と、他愛ない事でいいので手紙を可能な限り毎日送ってゆけば、いつかこちらの声に耳を傾けてくれるかもしれないと」

「ロイはこういう所が細やかだな。らしいと言うか」


 女子力が高い男子だと俺も思う。


「この年で何を書けばいいのか、最初は慣れませんでしたがね。今は色々と思い出しまして、書いております」

「素敵な事だと思います」


 どうか上手くいってほしい。そんな風に俺は思った。


§


 三日の航海を経て、今俺の眼前には木造の港町が見えている。

 ルアポートのようなレンガの倉庫とは違う、明らかな蔵。白い漆喰の壁に青い瓦の屋根が見えている。


「懐かしい!」


 流石に俺の時代にこんな古い景色はあまり残っていないけれど、それでも心の原風景としての懐かしさはある。日本らしい光景に思わず口を突いていた。


「ここが我等の故郷、瑞華でございます」


 猿之介もどこかほっとした様子でそう言い、丁寧に礼をする。クナルなどは随分興味深そうだ。


「これが、あんたの故郷の景色なのか?」

「流石に俺の時代だとここまでじゃないけれど、こういうの残ってるよ。それに、懐かしい感じもある」


 心が沸き立つのがわかる。ベセクレイドでとてもいい暮らしをさせてもらっているけれど、ここは田舎の祖父母の家に来たみたいな感じがするんだ。

 そんな俺を、何故かクナルは複雑そうな顔で見ていた。


 船は無事に入港できた。ここで俺達が帰るまで停泊するらしい。それらの許可は下りているらしく、基本は船で寝泊まりして待っているそうだ。


 降り立った桟橋も木造で、地面はならしてあるものの土。着物の上を脱ぎ、足元はやはり作業しやすく足首の窄まったズボンを履いて荷下ろしをしている人々。引く荷車も時代がかっている。


「瑞華の港町でございます。賑わっておりますでしょ?」

「凄いです!」


 持ち込まれた荷物は蔵の中へと入れられ、違う蔵からは荷を出して。

 そんな光景を横目に俺達が案内されたのは、大きな二階建ての宿屋だった。


 やはり木造と漆喰という感じで、入口には暖簾。引き戸を開けると土間があり、先には板間と番頭台が。そこに座る尾の二本ある狐の老人がこちらを見て丸い眼鏡をあげた。


「おや、猿之介様じゃありませんか。今日お戻りに?」

「そうなんだ。ついでに、約束の客人を連れてきたんだけれど、姫のお屋敷に人をやっちゃくれないか?」

「えぇえぇ、畏まりました。後ろの方は二名様で、お部屋は三室ですかな?」

「あぁ、いえ! 俺とこちらの彼は同室がいいのですが」


 慌てて言うと番頭はクイッと眼鏡を押し上げ、俺を見てクナルを見て頷いた。


「獣人のご夫夫様でしたか。いや、これは失礼。年を取ると目が悪くなりますな」

「夫夫!」


 いや、まだ夫夫では……言いかけたが、それよりも前にクナルが前に出た。


「新婚だ」

「それはめでたい。では、お部屋は二階の二〇一を使ってくださいませ。風呂は一階に。部屋に浴衣もございますので、お使いください。お食事は部屋に運びましょうか?」

「それで頼むよ。俺は隣の部屋がいいんだけど」

「はいはい、分かりました」


 番頭は帳簿に書き込み、俺達に木札の付いた鍵を渡してきた。

 靴を脱いで上がるとクナルは変な顔をする。それを俺と猿之介がちょっとおかしそうに笑った。

 階段は木造で、少し急な角度だ。それを見たクナルが少し驚いた顔をする。


「こんなに角度があるのか」

「獣人の国ではもっと緩やかですからね」

「祖父ちゃん家思い出すな」


 手すりに手を添えて登るとギィ、ギィという音がする。これも聞き慣れないのか、クナルは恐る恐るという感じだった。


 階段を登り切り、表に面した角部屋が二〇一だった。玄関のような格子戸があり、鍵を差し入れる。カチンと音がして右にスライドさせると、カラカラと音をさせて扉が開いた。


 板間があり、横の靴入れのような物置の上には桔梗の花が一輪飾ってある。

 イ草の匂いがして、襖を開けるとその先は畳敷きの部屋だった。真ん中に大きな座卓があり、対面になるよう座椅子に座布団が置いてある。

 床の間には掛け軸と花。隣室との間には押し入れがあり、ちゃんと干された匂いのする布団が複数組積まれている。

 正面には障子窓があり、開け放つと表の通りを見下ろす事ができる。


「慣れねぇ」

「まぁ、そうだよね」


 俺はむしろ寛げる。鞄を下ろしてどっかりと畳みに座った俺に、クナルはギョッとした。


「床に座るのか!」

「畳はそういうものなの。靴も脱いでるし、掃除もちゃんとされてるから大丈夫」

「ベッドがないが……」

「布団あっただろ? テーブル避けて布団を床に直接敷いて寝るんだよ」

「……慣れねぇ」


 とは言いながらもソワソワしながら床に座ったクナルは、次にキョトッとして畳を手で撫でた。


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