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11話 東国からの要請(5)

「冷たくないし、柔らかい」

「畳っていうんだ」

「いい匂いもする。草の匂いだ」

「この表面の部分が草を乾燥させて編んでいるものなんだよ」


 本当に懐かしいなと思っていると、クナルは辺りにも目を向けつつ鼻をヒクつかせている。やっぱり慣れないのかな。


「木の匂いに、草の匂い。潮の匂いもしている。マサの世界はこんなに、自然の匂いの中にあるんだな」


 そう、少し満足そうにしている彼を見て俺は苦笑した。

 実際は街中だ。自然なんて感じられない世界だったけれど……でも。


「落ち着かない?」


 問うと、彼はちょっとして首を横に振った。


「けっこう好きだ」


 そう言ってくれて、俺も結構嬉しかった。


 少しゆっくりしてからお風呂に向かう事にした。という事で浴衣に着替える。

 何度か着た時を思い出しながらどうにか着てみせると、クナルはちょっと渋い顔をした。


「どうしたの?」

「下、スカスカしないか?」

「え?」


 言われるとズボンよりは風通しがいいけれど、浴衣ってそういうものだし。


「クナルも着る?」

「え? いや……」

「尻尾用の穴もちゃんとあるよ」


 浴衣には丁度お尻の位置に尻尾を出せる穴が空いていたが、裏側のボタンを閉じると開かない。俺はそれで着ている。


 クナルはやや戸惑いながらも断り切れなかったのか、暫くして服を脱ぎだした。

 引き締まった腹筋や胸筋。細いのに形の浮き出る手足の筋肉。色が白くて凄く格好いい。

 長身のクナルに着物を着せかけ、尻尾穴の位置を教えると自分で器用に通した。前を合わせて帯で締めるだけ。

 濃紺に波模様の浴衣がもの凄く似合う感じだ。


「なんか、心許ない」

「大丈夫だよ」


 笑って、タオルを持って俺達は温泉に向かった。


 温泉は問題無く。騎士団宿舎も集団で入るからね。ただ、クナルにしては温泉の温度が高かったみたいで白い肌は上気し、熱そうに息をついている。


「湯あたりする前に上がっていいよ」

「あんたは平気なのか?」

「このくらいはね」


 確かに熱いけれど直ぐに馴染んでくる。すると寧ろ心地よくて、ジワッと奥へと染みてくる感じがする。日本人って温泉好きだよな……が、よく分かる感じだ。


 しばらくはクナルも頑張っていたが、それも限界だったのだろう。ザバン! と立ち上がり、かけ湯をして今は涼んでいる。肌が白いから余計に赤く見えるよな。


「上がったら冷たいもの飲もうか」

「賛成だ」


 少しへばっているクナルを微笑ましく見ながら、俺は温泉を堪能したのであった。


 温泉から上がって浴衣に着替えると、クナルの浴衣に対する意識が変わった。


「涼しい。それに、汗を吸ってる」

「麻で出来てるんだ」


 麻は通気性がよくて汗を吸収してくれる。

 さっきまで少し熱かったらしいクナルは快適なのか機嫌がいい。そのまま表の売店で冷たい牛乳を飲み込んで、これもクナルはお気に召したようだった。


 夕飯まではまだ少しある。夕暮れの海が見える障子を開けると心地よい風が入ってくる。髪を乾かして夕涼みしていると、クナルは大分慣れたか畳みの上に寝転んだ。


「これ、気持ちいいな」

「いいよね」

「行儀悪くないか?」

「全然。むしろ正しいかも」


 大の字になる彼の隣にそっと近付いて、頭を撫でてみる。ピルピルっと耳が動いて、次には俺の方へと体を向けてご満悦だ。


「来るか?」

「え? うわ!」


 問われたのと行動がほぼ同時だ。腕を引かれ、体勢を崩した俺を抱き止めたクナルはそのまま俺に腕枕で抱き込んだまま目を閉じてしまった。

 機嫌良く、グルグルと喉を鳴らしそうな様子が可愛い。抱き込んで、安心して眠ってしまっている。そんなクナルの隣で俺も目を閉じると、穏やかに眠くなってくる。

 そしてそのまま少しだけ、俺達は眠ってしまっていた。


 夜になると別行動だった猿之介も合流して夕飯となった。部屋へと運ばれてくる海の幸と山の幸、野菜に白米。老舗旅館のお膳のようなそれらを、俺は感動の目で見てしまう。


「和食だぁ」

「さぁさぁ、召し上がってくださいな」


 しかも箸だ。俺はパンと手を合わせて「いただきます!」と言ってから目の前の焼き魚に箸を入れる。ふっくらと焼けていながら皮はパリッとしている。それを頬張り白飯を食べると、懐かしさにちょっと泣きそうになった。


「おいひぃ」

「良かった。クナル殿は……フォークとナイフ、貰いましょうか?」


 俺の隣で箸に苦戦するクナルはもの凄くイライラしている。出来ない事に対してだろう。尻尾の先が畳みを叩いている。


「どうして二人はこの棒二本で食べられるんだ」

「生まれた時からこの文化だからね」

「こちらも同じく」

「くそぉ」


 悔しそうだ。箸は瑞華の人以外には難しいのは分かっていたから、ナイフとフォークを最初出されたのだが、クナルは敢えて箸を選んだ。こんな所で負けず嫌いを発揮しなくてもいいのに。


「クナル」

「……マサと同じように食べたい」


 拗ねた子供みたいに言う彼の気持ちに、俺は温かくて嬉しいものを感じる。可愛いな、そういうところ。


「……お土産に、買っていこうか」

「え?」

「箸。俺も欲しいし。あっち戻っても教えるよ」


 ちゃんと持てるように、教えるからね。

 伝えたら、クナルは恥ずかしいのかほんのりと顔を赤くして、それでも笑ってくれた。


「では、今後の予定を。明日の朝、千姫様の霊獣が迎えに来てくれるそうです」

「霊獣が?」


 まさか一人で?


 と考えるけれど、キュイだって俺の手紙を持ってルアポートから王都まで走ってくれたんだ。霊獣は賢いし、このくらい平気なんだろう。


「白虎という白い虎の霊獣です」


 白い虎……ホワイトタイガーはテレビとかで見た事があるな。もふもふで気持ち良さそうだ。


「了解した。ここから目的地まではどのくらいかかる?」

「白虎様の足であれば一時間程度です。歩けば一日かかりますが」

「けっこう遠いんですね」


 俺は足が遅いし体力もないから、もっとかかるかもしれない。もしかして峠超えとかもあるのかもしれない。


「ここは海の玄関口ですが、他にも町はあります。基本、野宿をしなくても済むよう宿場町などもございますよ。千姫様がおわす都は霊山の峰にあり、比較的奥まった静かな場所なのです」


 聞けば都と銘打ってはいるが、実際はこの国の王族の巨大な屋敷と神社の本神殿、あとは困らない程度の商店や飲食店と畑らしい。華やかな町というよりは、やんごとなき方が住まう場所と神を奉る場所といった感じた。

 そんな場所で、奇病が出てしまったのだ。


「病の方は何故か都だけなのですが……神を奉る場所でそのような事が起これば不安が広がります」

「だな。そういうのが広がれば国は健全ではなくなる」

「ですな」


 その為、箝口令が敷かれているらしい。他にも出入りの人を制限しているとか。病を持ち出さない為らしい。


「何も共通点がないんですよね?」

「今のところは」


 それを聞いて、俺も不安な気分になった。


 その夜、卓を端に寄せて畳に直に布団を敷くとやっぱりクナルは困惑した。

 二人で隣り合って布団に入り明かりを消しても、何だか寝付ける感じがしない。忙しく寝返りを打っている間に、隣のクナルと目が合った。


「寝られないのか?」

「うん。クナルも?」

「天井が高くて落ち着かない」


 確かに、普段ベッドなのに突然畳直になると見える景色が違って、落ち着かない感じになる。俺もちょっと落ち着かない。

 でも、そうじゃない。俺が落ち着かないのは現状の都についてだ。


「……なぁ、布団くっつけていいか?」

「え? あぁ、うん」


 頷くと、クナルは一度布団から出て少し空いていた隙間を埋める。二つ繋がった布団の中、握られた手がとても温かくてほっとした。


「温かい」

「寒いのか?」

「そうじゃないけれど……落ち着くなって」


 自然と心が穏やかになっていく。目を閉じて、ゆっくりと呼吸すると気持ちも静まっていく。

 クナルはそんな俺を見てゴソゴソと動き、普通に繋いでいた手を恋人のように繋ぎ直した。指と指を絡める感じだ。


「こっちのが俺は好きだ」

「っ、うん」


 密着する部分が増えて、普段意識しない指の股の所を感じてくすぐったいような、ムズムズするような。


「大丈夫だ、あんたならできる。俺も側にいる。安心して寝ろよ」


 静かな声がする。ギュッと手を握られて、そこから元気をくれる。だから俺も笑って、同じように力を込めた。


「ありがとう」


 それだけで勇気が出るよ。


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