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11話 東国からの要請(6)

§


 翌日、一日お世話になった宿の人にお礼を言って表に出るとそのまま町の入口まで向かった。

 そうして入口を出てしばらくで、猿之介が横道に逸れていく。同時にキュイが凄く落ち着かない様子を見せた。


「やっぱり、霊獣同士は何か感じるものがあるんですかね」


 なんて笑いながら言う猿之介の見る先に、俺は大きな白い虎を見た。


 虎っていうけれど、大きさは数メートルはある。背には何か籠のような物を背負っていて、ごろんと寛いだように寝転がったまま片耳だけを器用に上げている。


「白虎様、お久しぶりで御座います」


 近づき、丁寧に頭を下げた猿之介に鷹揚な態度を取った白虎はこちらをジッと見て、次にはスッと頭を下げた。


「え?」

「おぉ、流石女神に選ばれた聖人様。白虎様が頭を下げております」

「撫でていいと思うぞ」


 いや、待ってクナル。この虎の口、俺の頭より大きいよ? 下手したら頭から喰われる可能性もなきにしもあらずだよ? それを、撫でろと?


 だがキュイはポンと俺の肩を下りると白虎の前に進み出て、小さく「キュイ?」と鳴いた。

 それを見た白虎の目が優しくなり、大きな舌でベロンとキュイを舐める。食べられそうでちょっとヒヤヒヤしたけれど、キュイは喜んだみたいに飛び跳ねて鳴いていた。


 何にしても白虎の背中の籠に俺達は乗ることにした。籠と言っても山菜採りに使うような背負子じゃなくて、屋根も壁もついた立派なものだ。馬車の人の乗る部分がついているようなものだ。


「案外快適だな」


 狭いと思われていたそこは案外広く、大人三人が余裕だった。


「空間魔法で少しですが、拡張されているのですよ」

「高度な魔法だ」

「俺の同僚がこうした事が得意でしてね。いやぁ、頭が上がらない」


 そんな事を言っている間に猿之介はドアを閉める。それを合図に白虎は立ち上がり、もの凄い勢いで駆け始めた。


「いっ!」


 その速度は体感があるレベルだ。圧迫感まではないけれど、何だか体が後ろに持って行かれる感じがしている。


「速いな!」

「白虎様ですからな」


 答えになってない!


 付いているのぞき窓の外は飛ぶように景色が流れていく。それらを見るとちょっと酔いそう……見ないようにしよう。


「大丈夫か、マサ」

「うっ、ちょっと体ついてかないかも」

「膝貸すか?」


 クナルが自分の膝をポンポンしている。かなり硬そうな膝ではあるが、起きているのも少ししんどい。だからお言葉に甘えさせてもらった。


「おや、睦まじい。いいですな、恋人同士というのは」

「見せつけだ」

「おや」


 ニッと笑うクナルに苦笑する猿之介。そして、ちょっと恥ずかしい俺がいた。


 横になって目を閉じていると気分は少しずつ落ち着いた。

 その間に目的地付近についたのか、白虎が普通の速度で歩いてくれた。おかげで俺も外の景色を暢気に見る事ができた。


「わぁ……」


 本当に里山の原風景だ。行ったことはないけれど、なんていうんだろうこれ……白川郷みたいな?

 印象としては畑が多い。その側に素朴な家が建っている。

 畦道が真っ直ぐに続いた先は少し町っぽく、二階建てのものも増えるが規模としてはそれほど大きくはないし、木造に瓦屋根。派手な印象はない。

 そうして続く道の先に、一際大きなお屋敷が見えた。


 白い漆喰の塀に、大きな木造の門。脇にはちゃんと通用口のようなものもある。

 砂利の前庭に飛び石。池も作られ、そこには椿と錦鯉。

 正面には大きな白壁の建物がある。厳かというのが似合う、静かな風格を持つ建物だ。


 白虎はその前にきて膝を折った。下りるよう猿之介に促されて立つと風が気持ちいい。どこかスッと背が伸びる感じだ。

 クナルは辺りを珍しそうに見回している。ベセクレイドとはまったく違うからな、そうなるよな。


「まずはこちらに。直ぐに……」

「猿之介」


 案内しようとする猿之介に声がかかり、全員がそちらを見た。

 玄関の直ぐ脇にいつの間にか女性が立っている。凜と背筋の伸びた感じと、厳しそうな切れ長の瞳。髪は青みがかった緑色で、眼鏡をかけている。

 その頭には黒い狐の耳と、四本の黒い狐の尻尾がついていた。


「雉丸」

「ご苦労だった。姫様もお前の帰りを心待ちにしていた」


 厳しく、どこかビジネスライクな物言いではあるが温かみがないわけではない。それを猿之介も分かっているのか、ちょっと嬉しそうな顔をした。

 そして次に彼女の目が向いたのは俺達だった。


「獣人国の聖人様と、従者殿だな?」

「はい。相沢智雅と申します。こちらはクナル。俺の護衛です」

「千姫様の従者をしている雉丸という。遠路遙々、我等が為にご足労を頂き感謝いたします」


 きっちりと腰を折って礼をする彼女に、俺は手を差し伸べる。少し驚きながらも彼女の口元に僅かな笑みが浮かび、「よろしく」と握手をしてくれた。


 中はもの凄く馴染みのある感じだ。入って直ぐの玄関で靴を脱ぎ、真っ直ぐに続く廊下を進む。部屋を仕切るのは障子や襖だ。


「この本殿は仕事の場で、色々な人の出入りもある。智雅殿とクナル殿は大事な客人。何かあっては事なので、奥院の離れに部屋を取ってある」

「ご配慮を頂き感謝します」


 俺の少し後ろを進んでいるクナルがそう丁寧に返すと、雉丸は小さく笑った。


「礼節を重んじる者は好ましい。貴殿は高貴な者なのか?」

「一応末席にはいるが、しがない養い子だ。だが、騎士という職業上そうした方と接する事も多いので覚えたというだけのものだ」

「なるほど、私と近い。だがどうして、なかなかに好ましいな」


 そんな話をしている間に中庭に掛かる連絡橋を進み、奥院へ。こちらはこの家の主や、主に許された側近、身の回りの世話をする人が住んでいる場所らしい。


 そこへと通された俺達は更に奥へと進んでいく。そして、とても綺麗な襖絵の部屋の前に立った。


「千姫様、お客人を連れて参りました」

「入って頂いて」


 軽やかで、どこか幼い少女の声がする。

 膝をついて脇に避けた雉丸がスッと襖を引くと、そこは板間になっていた。そして一段高くなった所には御簾がかかっているが、そこが綺麗に開いていた。


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