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11話 東国からの要請(10)

§


 そういうことで俺達は翌日に山に入る事になったが、その前に社まで移動する事となった。

 猿之介は色んな物を仕込んだ忍装束だし、クナルは入念に剣をチェックしたりしている。俺は屋敷の人が作ってくれた食事をマジックバッグに詰め、自分で作ったものも詰めた。


 早めのお昼ご飯を食べて向かおうとしている所に、千姫と桃君、そして雉丸に支えられた青年が玄関口まで来てくれた。


「お兄さん!」

「桃君!」


 昨日とは打って変わって顔色が良くなった少年が人懐っこい様子で近付いてギュッと抱きついてくる。それを受けとめて、なんだか嬉しい俺がいる。

 流石のクナルもこんな子供には嫉妬しないのか微笑ましい様子で見てくれた。


「顔色良くなったね」

「はい! 犬伏も元気になりました。ありがとうございます」


 八歳くらいに見える少年だが、実年齢はゼロが一つ後ろに付くらしい。どうやら天狐というのも長寿な種族らしい。

 そんな桃君の後ろに膝をついた青年は俺を見て、丁寧に一礼する。それに俺も慌てて返した。


「犬伏と申します。貴殿が掛けて下さった温情を、一生忘れはいたしません」

「動けるようになって良かったです」

「……もう、命もないだろうと覚悟をしておりました。そこを、救って頂いたのです。本来ならばこの命、いかようにも使って頂きたいのですが流石にまだこのような状態です。お役に立てず」

「そんな! 気にしないでください!」


 慌てて伝えると、犬伏は目尻を下げて苦笑する。そしてスッと頭を下げた。


「一言、お伝えしたい事がございます」

「え?」

「蛇にお気をつけください。俺の毒は水ではありません。桃様の護衛をしつつ社へと向かう道中、妙な蛇に襲われ噛まれたのです。胴が短く平べったく、短い妙な蛇でした」


 それって……ツチノコ!


 説明を聞くに、俺の頭にはそれしか出てこない。捕まえた人は一攫千金のUMOじゃないか!

 まぁ、こっちの世界ではただの魔物なんだろうな。


 でもこれは有力情報だ。


「情報感謝する」

「いえ」


 こうして俺達三人は山の社へ向けて出発するのだった。


§


 社到着後、そこの神主に事情を話し書簡を見せると信じてもらえて、無事に一泊する事ができた。

 ここでも倒れた人は多いらしく、魔力を込めた解毒水を作って飲んでもらうようにした。


 そして翌日、綺麗な秋晴れの中を出発した俺とクナル、猿之介は程なくして森の奥にある小さな祠を見つけた。

 神様の祠というには小さく慎ましいもので、朱色の可愛らしいものの中に九尾の狐の焼き物が納められていた。三人で並んで、一応そこに手を合わせてすぐ後ろにある洞窟へと入っていく。

 ジメッとした感じかと思えば予想よりも熱く、空気が乾いているように感じる。


「っ」

「クナル?」


 ふと、背後のクナルが少し苦しそうに息をするのに気づいて俺は足を止めた。

 クナルの白い肌は温泉に入ったように上気し、沢山の汗を流して息も上がっている。こんな事は初めてだから焦って名前を呼ぶと、彼はその場で軽く蹲ってしまった。


「どうしたの!」

「ありゃぁ、こりゃ体温が上がり過ぎてるわ」

「え?」


 熱中症ってこと!


「雪豹はそもそも熱にはあまり強くないからね」

「そういえば、北のほうで育ったって」

「この山は火山だから、ここからもっと熱くなるはず。クナル殿にはしんどいでしょう」


 どうしよう。それなら表に出ていたほうがいいとは思う。けれどクナルと離れる不安があって戸惑っている俺の腕を、クナルは強く掴んだ。


「行く」

「でも」


 今も苦しそうなのに、これ以上進むのは。


 言いかけた所でクナルの回りが急に冷たくなって、俺は目を丸くした。目を凝らすとクナルの周囲には何か膜みたいなものがあって、その中が冷たく感じるのだ。


「ほぉ、氷で保護膜を張るとは器用ですね」

「これなら進める。常に魔力を使うからやりたくなかったが、マサの側を離れるくらいなら使う」


 見れば顔色も落ち着いて汗も引いているけれど……逆に寒くない?


「根性ですな。それとも愛情でしょうか?」

「執着だ」

「それ、ご自分で言っていいものですかね?」


 呆れ顔の猿之介だがこれで進めるのも確か。それに魔力が辛くなったら俺からクナルに渡せばいい。

 ……ん? 俺がクナルから魔力を貰うと気持ちよくなって色々大変だけれど、俺からクナルに魔力を渡しても同じようになるのかな?

 ふと湧いた疑問。想像すると妙に腰にくるのは、どうしてなんだろう。凄くエッチで恥ずかしい感じがする。


「どうした?」

「っ!」


 声を掛けられてそちらを見て……恥ずかしい俺はそれ以上の想像は止めて自分の頬を気合いを入れてパンパンと叩いたのだった。


 そうして洞窟を奥へと進んでいくと更に熱さはじっとりと肌に纏わり付くようで、ふと日本の夏を思い出した。

 そして俺の肩に乗っていたキュイが小さく鳴いて蹲ってしまっていた。


「キュイ!」


 凄く元気がない! 慌てて手の平に収めると猿之介が覗き込み、難しい顔をした。


「こっちも熱が上がりすぎだね」


 そう言うと彼は更に進み、そこにあるお堂の中へと入った。

 四畳半程の何も無い高床のお堂の中は、何故かひんやりと涼しくなっている。猿之介はそこにキュイを置いて小さな頭を撫でた。


「おチビちゃんは悪いが、ここで留守番だ」

『キュゥゥ』


 嫌だと言わんばかりに体を起こそうとするけれど、俺はそんなキュイを押しとどめた。


「無理しないで。キュイが無理して病気になったら俺、悲しいよ」


 ひょんな出会いだったけれど、今では大事な家族の一人だと思っているこの小さな霊獣に何かあれば俺は辛い。

 そんな俺の気持ちが伝わったのか、キュイは寂しそうにしながらも大人しく丸くなった。


 お堂の奥には立派な狐の彫られた扉がある。その中央は丸く穴が開いている。ちょうど、預かったメダルが入るくらいだ。


「これだな」

「俺の案内もここまでさね。ここから先は皆目見当も付かない」


 俺の後ろでクナルが構え、猿之介も空気が変わる。そんな二人の前に出た俺は、預かっていたメダルを凹みにはめ込んだ。


 ガコン


 何かが動く音がする。そうして次には目の前で、観音開きの扉が開いた。


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