奥に続いていたのは洞窟だった。人が二人並べるくらいの広さ。岩肌がゴツゴツしていて、足元も一応平らにはしてあるが岩も小石も出っ張っている。
明かりはない。そこへと入る前にクナルが明かりを出してくれて、それが先導してくれる。
「行こう」
少し震えそうになる足を前へ。三人が扉を潜るとそれを察知したのか背後で独りでに扉は閉じてしまう。
暗い洞窟はクナルの出してくれた明かりだけでは足元も心許ない。怖々と歩いていると不意に、幾つもの小さな青い炎が現れて揺らめき出して俺は心臓がすくみ上がるような気分で叫んでしまった。
「人魂!」
「あぁ、違います。俺の狐火ですので、人魂じゃありませんよ」
見れば猿之介の周囲に本当に小さな炎が沢山ある。それは暗い洞窟内を薄青く照らしてゆらゆらっと奥へと進んでいく。
「人魂?」
「幽霊の事」
「マサの世界の幽霊はこんな形をしているのか?」
物珍しそうにクナルが言うのに、俺は頷いた。
「弥彦様も戦場跡でこういうの見たって記録がありましたな」
「お化けは苦手だよ」
夏の心霊番組がとにかく怖かった俺を、よく星那は笑っていたな。
そんな風に思っていたら、俺の手をクナルがギュッと握った。
「少しは怖くなくなったか?」
問われて、触れている手から熱が伝わって……俺は安心している事に気づいた。
「うん、大丈夫」
「そうか」
フッと小さく笑う顔を見て、俺はそこから勇気を貰える。臆病な気持ちも、弱虫も、クナルがいると頑張ろうって思えてくる。
「クナルは凄いね」
「ん?」
「俺、クナルといると怖くないんだ」
この手が俺を離さないって信じていられる。俺もこの手を離さないって言える。一人では進めない道も二人でなら行けるんだって、思えるんだ。
洞窟は真っ直ぐ進んでいる。空気は熱いけれど不思議と息苦しさはない。
「俺、何もしてなくても大丈夫だ」
「女神の加護だろうな。俺は膜を解いたらヤバい」
「俺は天狐族なんで、炎耐性が高いから平気ですけれど」
それぞれこのまま進めるらしい。そうしている間に、俺達は少し開けた場所に出た。
少し広くなったそこには二つの扉があるが、今は両方が閉じている。そしてその扉の中央前辺りに何か台が設置されていた。
近付いてみるとそこにはちょんまげをした男の顔があり、目の部分が漢字の「水」になっていた。
「なんだこれ?」
クナルが思い切り変な顔をする。猿之介も覚えがないようで首を傾げる。
でも俺はこれを多分知っている。昔のとんち遊びというか、そんな感じだ。この絵は何かの言葉を表している。
「目が……この文字なんだ」
「漢字ですな。弥彦様がこの地に伝えたもので、元はあっちの世界の文字らしいです」
「そうなのか」
クナルは興味深げに絵を見ているが、これが解ける気配はない。
なるほど、だから同郷の者には解けるんだ。これはきっと日本出身の者じゃないと意味が分からない。漢字が読めた所でだ。
そうなると俺が解かないと。水……目。目水……水が……!
「水瓶!」
大きな声で叫ぶと、左の扉がズズズ……という重い音を立てて開いて行く。その先はやはり先程と同じ真っ直ぐな洞窟の通路だ。
「正解なのか?」
「分からん」
「とにかく行こう!」
開いたのならばそこを進む。大丈夫、多分あっている。
扉を行くと先は真っ直ぐ一本道。迷路と言っていたから警戒したけれど、どうやら迷路というよりはさっきのなぞなぞで行く先が変わるんだ。
「マサ、さっきのはなんで水瓶になったんだ?」
「え? あぁ。目の所が「水」って文字になってただろ? 水が目になっているから」
「水瓶か。言葉遊びみたいなものか」
「俺の世界のなぞなぞみたいなものなんだよ」
そしてきっとこの仕掛けを作ったのは弥彦さんだろう。天狐族の猿之介が分からないなら、弥彦さんはあのなぞなぞの解き方を教えていない。それをここに散りばめた。
もしかしたらこの先に、行かせたくないのかもしれない。そんな気がした。
「マサ」
不意にクナルが何かを考えている顔で名前を呼ぶ。そちらを見ると、彼は真剣な様子で俺に聞いてきた。
「あんたの名前も、さっきのカンジっていう文字なのか?」
「え? うん、そうだよ?」
突然で驚いた。獣人国では漢字は使われていないから気にしていなかったし、俺も何かを書く時に漢字で名前を書いていない。何故か日本語で書いているつもりでも、こっちの世界の文字に置き換わるんだよね。
でも名前は違って、最初の頃に漢字で書いたらそのままで、誰も読めなかった。
「今度、教えてほしい」
「え?」
「ここにきて、俺はあんたの事を何も知らないんだって分かった。家に上がる作法や、箸という道具の使い方。あんたの名前の、本当の形。好きだって言って、受け入れてもらって浮かれて、情けないだろ。そんな大事な奴の事を知らないままなんて」
情けないって、クナルは言ってばつの悪い顔をする。
でも俺は、その気持ちだけで胸が一杯になってくる。知りたいって思って貰えただけで、胸の奥はジンと痺れたみたいになる。
嬉しいも度が過ぎると、きっとこんな風に感じるんだろう。
「うん、教えるよ。俺も知ってもらいたい」
そして俺も知りたい。クナルの事、色々と。
その後も扉の前には台があって、なぞなぞを答えるとどちらかの扉が開くを繰り返した。普段こういう所で役に立たないから今回は役立とうと張り切る俺に、クナルや猿之介は素直に拍手をくれた。