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11話 東国からの要請(12)

 そんななぞかけを十くらい通過した頃、一本道の先が急に大きく開けて見えた。そしてそこから一気に熱気が押し寄せてくる。

 肌を焼くような熱さは俺でも少ししんどい。喉まで焼けてしまいそう。


「っ!」

「クナル!」


 水の膜を張っていたクナルがグッと苦しそうな顔をする。それに俺は慌てて近付き、通路の端へと座らせた。


「こりゃ、なかなか厳しい」


 猿之介も目を細めて奥を見る。

 開けた先は赤く光っている。平らな地面が中央に広くあり、そこに小さな社がある。だがこの陸地をぐるっと囲うのは真っ赤に溶けたマグマだ。


「クナル殿じゃ環境と属性の相性が最悪だ。ここは俺が」


 そう言うと、猿之介は一人で開けた先へと向かってしまう。慌てて止めたけれど遅かった。

 陸地とマグマの間は、多分獣人にはそれ程苦にならない幅なんだろう。猿之介も易々と跳び越えて、謎の社へと駆け寄っていく。だがその途中で何かが見えたのだろう。驚いたように足を止めた。

 その時、周囲のマグマが突如不自然に盛り上がり始めたのだ。


「猿之介!」


 叫んだ俺に驚き、次に猿之介は更に驚いて動けなくなった。

 マグマの中から現れたのは巨大な蛇だった。八つの頭と赤い瞳、胴は太く長いそれは昔おとぎ話に出てきた化け物そのものだ。


「八岐大蛇」


 余りの迫力と圧迫感、そして恐怖に猿之介はまったく動けない様子でいる。その間にも目覚めた八岐大蛇は彼の顔を見ようとしたのか、食べようとしたのかズッと顔を寄せている。


「猿之介!」

「!」


 苦しそうなクナルの叫びにハッとした彼が身を翻す。こちらへと逃げるそれを、巨大な蛇が地響きを起こしながら追ってくる。そして、口から何やら紫色の塊を吐き出した。


「いっ! がぁ!」


 直撃などしていなかった。よく見えなかったけれど、多分地面へと当たった飛沫が僅かに触れただけだ。それでも悲鳴のような声を上げた猿之介は右足を庇い転がる。

 そこへ、絶望と共に八岐大蛇は迫った。


「クソ!」

「クナル!」


 苦しそうにしながらもクナルは歯を食いしばり一気に駆けていく。グングンと遠ざかる背。それを追いかける力は俺にはない。追いつけないし、行っても足手まといでしかない。分かっている。分かっているけれど!


 気づけば俺も走っていた。足元のゴツゴツした場所で滑りそうになりながら、ちょっと走っただけで息を切らしてそれでも! 俺は、ただ見ている事しか出来ないかもしれないけれど。


 開けた先は思ったよりも高い位置で、クナルはマグマを跳び越えて下の陸地へと無事に降り、迫る巨大蛇の横っ面を思い切り蹴り飛ばしていた。

 何かのアニメや映画みたいに鋭い蹴りが蛇の形を一瞬歪め、ドサリと首の一本が地面に転がる。その隙にクナルは猿之介を抱えてこちらを目指して走り出した。


 今、俺に出来る事は何か。攻撃なんて想像もつかない俺に出来るのは、守る事だけ。

 思わぬ反撃を食らった残り七つの首が怒って迫っている。俺はそこへ向かって両手を前に出して魔力を練った。攻撃も、衝撃も通さない……そうだ、紫釉の所で張ったクラゲみたいに柔軟な結界。あれなら。


「お願い、守れぇ!」


 鋭い矢のように飛んで行く魔力が、今まさに紫色の液体を吐き出そうとしている八岐大蛇の前に展開する。金色の壁が巨大な蛇と逃げる二人の間に立ち塞がり、吐き出された液体は結界にぶつかってそのままの勢いで奴の顔面へと降り注いだ。


『シャァァァァ!』


 空気を細かく激しく振動させるような音がして、この空洞のような空間全部を大きく震わせた。これにクナルも猿之介も耳を押さえて蹲る。俺にすら激しい耳鳴りに思えるんだ、耳の良い二人では行動不能になるほどのものだ。


「きゃぁぁぁぁ!」

「!」


 そんな激しい魔物の悲鳴とは違う、もう一つの声がして俺はハッとそちらを見た。

 このだだっ広い空間にただ一つある社。そこへと目を向けた俺はそこに、一人の少女を見た。

 白いふわふわとしたセミロングの毛先、ピンと立つ白い狐耳の先、そして九つある尾の毛先が綺麗な朱色をした十五歳くらいの少女は社に縛られているのか身動きも取れず、痛みに悲鳴を上げている。

 そしてその直後、さっきまでのたうっていた八岐大蛇の傷は見る間に塞がり、何事もなかったかのように頭を上げた。


「クナル!」


 未だに動けないのか、さっきので耳をやられてしまったのか二人は蹲ったままだ。

 俺が……俺が行っても駄目かもしれないけれど!

 意を決した、その時。俺の肩を大きな手が押しとどめ、一つの影が灼熱のフィールドへと身を翻した。


「おう、随分苦しそうだな坊主。ちったぁ強くなってるはずなんだがな」

「シムルド!」


 陸地に降り立ったシムルドは目の前の敵を睨むと、ニッと不敵に笑ってみせる。そして自らその巨大な蛇へと走り寄った。


「危ない!」


 襲いかかる蛇の頭。シムルドはその最初の頭をいとも容易くかわし、上から拳で殴りつけて沈めてしまう。だが今度は跳躍した彼を狙った首が牙をむき、反対側からは紫の液体を放つ。が、彼の方が余裕だった。


「ほっ」


 軽いかけ声のあと、彼は空中にいるにも関わらず更に加速を付けて上昇する。これには襲ってきた二つの首も対応できず、互いをつぶし合うようにして沈んだ。


「はっはぁ! こりゃいいぜ、体が軽い。智雅に感謝だな」


 楽しげな声、ピンと張った耳。八つのうち三つがやられた事に激怒した八岐大蛇は残る全ての首をシムルドへと差し向けてくる。が、天狼と呼ばれる神格をもつ獣はそう簡単ではなかった。


「動きが単調だねぇ」


 空中にも関わらず、シムルドは危なげなく全部の攻撃をかわしてしまう。その上で、体の周りに魔力を纏わせ一気にそれを放出した。

 荒れ狂うような風の刃が八岐大蛇を襲い、逸れた分は岩肌へとぶつかる。大きな音を立てて揺れる洞窟が崩れたら!


「ば! バリア! バリア出ろ!」


 こんな所で崩れたら生き埋めになる! 必死に壁際に沿って頑丈な壁ができるように願って地面に手をついた俺の体からごっそりと魔力が抜けた。でもこれは魔法がちゃんとかかった証拠でもあって、見れば抉れた壁も崩れる事なく固定された。


「おっ、流石だぜ。仕事できるな」


 そう言って戻ってきたシムルドの両腕にはクナルと猿之介がいる。余裕の彼を見て、地に伏せた巨大な蛇を見て、俺は恐る恐る聞いた。


「倒したの?」

「……いや、ダメだろうな」

「え?」


 地に足を付けたシムルドが背後を見る。それにつられて見た俺は、そこで傷が治っていく様を見てしまった。


「そんな……」

「一時撤退だ、智雅。広い所まで逃げてまずは回復するぞ」


 倒せていない。けれど時間は稼げた。

 促されるまま頷いた俺は、さっきまでいた手前の広い場所へと急いで向かった。


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