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11話 東国からの要請(13)

 広くて明るい場所に戻れた俺達はフッと息を吐く。シムルドはクナルと猿之介を地面に寝かせてくれた。


「酷い……」


 毒が当たったらしい猿之介の足は一部が焼け爛れ溶けたようになっている。そしてクナルもだが、耳から僅かに血が流れていた。


「回復しなきゃ」


 傷が酷いのは猿之介だ。しかも浸食はまだ進んでいる。


「こっちは傷抉ってやんないとダメだな。智雅、まだ行けるか?」

「大丈夫です。痛くないように魔力流します」


 シムルドは頷き、どこからか取りだしたナイフを握る。俺は膝から下に麻酔を流して痛みを遮断した。その目の前で、少し前に見たのと同じ事が繰り返される。


「……強くなったな」

「……戦えなくても、出来る事を全力でやらないと失うって、分かるので」


 大事な人達がいる。守りたい人達もいる。俺なんかがその全部を守れるなんて思わないし、多分無理だ。でも、こんな俺でもやれる事はある。何よりも大事な人が側にいるんだ。負けられない。


「逃げは、ダメだって学んだんで」


 黒の森から逃げた時、あのまま恐怖に負けて逃げていたら俺は、本当に大事な人を失っただろう。大事なら、がむしゃらに掴まないといけない事もあるんだ。

 傍らで、辛そうにしているクナルを見る。

 もう少し待っていて。必ず直すから。


 猿之介の足の治療は無事に終わって、次は耳をと思って手を伸ばした所で何故かシムルドに止められて、俺は首を傾げた。


「そっちはポーションでどうにでもなる」

「でも」

「お前な、こいつ貰った時に坊主から何か言われなかったか?」


 シムルドが俺の耳飾りを指差して言う。俺は少し考えたが、答えが出る前に投げ込まれた。


「耳は獣人系にとって敏感な場所で、家族や恋人にしか触らせない部分だ」

「あっ!」


 そういえばそう言っていた。猿之介も天狐族だから、やっぱり気にするのか。


「逆言えば、恋人いる奴が他人の耳触るって浮気疑われるんだわ。まぁ、治療とかは別って考えもあるけど、やっぱいい気はしない。坊主が落ち込むぞ」

「!」


 そっち!

 いや、でも嫌……だよな。俺も浮気なんて疑われたくないし。

 ここは大人しくシムルドの言う事を聞こう。


 クナルの所に行くと、多分意識は戻ったんだと思う。手で顔を覆っている。


「クナル、痛いよね。ごめん、今治すから」


 て言っても、多分聞こえていない。痛いのかずっと耳が下を向いているし、尻尾は股の下に入り込んでいる。顔色も悪い。

 側に行って座って、クナルの頭を膝に乗せた。それに驚いたみたいだけれど顔は見せてくれない。そのまま、俺はクナルの耳の付け根に触れた。


 鑑定眼で見ても酷い状態だった。鼓膜が破けたとか、そういうのを超えて破裂状態で、膜は三分の一くらいない状態。しかもその先にも何か傷がありそうだ。

 そこに丁寧に魔力を流して、傷ついた部分が癒えるように願う。音がちゃんと聞こえるように。

 こちらはそれ程魔力を消費せず、穴も綺麗に再生できて一安心。なのに、クナルは顔を手で覆ったまま見せてはくれなかった。


「クナル、聞こえる? 痛くない?」


 問いかけに僅かに反応するから、聞こえているとは思う。でも、顔が見えないのはなんだか不安だ。


「クナル?」

「っ! 情けないから、顔見せらんねぇ」

「え?」


 情けない? 何が?

 驚いて見ていると、唯一見えている口元が本当に悔しげに歪むのが分かった。


「あんたには、情けない姿なんて見せたくなかった。俺は何も出来てないだろ。こんなの、格好悪い」


 そう、凄く苦しそうに言うんだ。

 でも俺はそんな風には思わない。今回だってかっこよかった。

 いや、違う。かっこよくても、可愛くても、例え本人が情けないという姿でも、俺はクナルが好きだ。この気持ちはどんな彼だって構わない。むしろ、少し嬉しい。


「クナルは格好いいよ」

「今回は」

「格好いいよ。お陰で猿之介さんは無事だよ。それに俺は、どんなクナルも好きだよ」

「!」

「格好いいクナルも、可愛くても、ちょっと弱ってても好きだよ。だから顔見せてよ。顔見ないと俺、安心できない」


 伝えたら、そっと手がどいてこちらを見上げるクナルと目が合う。少し泣きそうな、弱い目をしている。それは少しだけ可愛いと思えて、俺はいつの間にか微笑んで頭を撫でていた。


「おーい、イチャつくのは時と場所選べー。なーんも解決してないからなー」

「!」


 周囲の状況も考えず思わず甘い雰囲気になってしまっていて、俺は慌ててパッと手を離す。クナルは少しムッとして起き上がると、思い切りシムルドを睨んだ。


「おー怖。だが今回は俺の言う事が正論だ。んでもって、さっきぶった切ってやった奴はとっくに再生したな」


 シムルドの言葉に二人は苦い顔をし、俺は俯いてしまう。これが何よりの厄介さなんだ。


「正直、今回の相手はアホ程強くはない。八方からの攻撃に毒を吐く攻撃、高い炎耐性があるのは厄介だが、ベヒーモスやエルダートレントほどの硬さもなければ、リヴァイアサンのような高出力な魔法もない」


 これには俺も頷いた。

 さっきシムルドが戦っている時にこっそり鑑定しておいた。それによるとステータスは全て上限の半分くらい。状態異常の部分に『半覚醒』とあった。


「だが厄介なのはあの再生能力だ」

「それなら再生出来なくなるまで刻めばいいんじゃないのか?」


 クナルがふて腐れたまま言う。けれど俺は気づいていた。それは出来ないんだって。


「智雅、見えてたか?」

「うん。多分だけど、八岐大蛇が負った傷のダメージが社にいた女の子……多分、天狐様に向かってる。そしてその子の魔力を吸い取ってあいつは無限に再生してる」

「!」

「まっ、そういうこった」


 大変面白くない。そんな様子でシムルドが行儀悪く頬杖をつく。これにはクナルや猿之介も困った顔をした。


「再生回数に上限はあるだろうが、それをやっちまうと先にくたばるのは瑞華……あそこにいた天狐の嬢ちゃんだ。そんでもって、あの子に何かあると違う奴が激怒する」

「違う奴?」

「俺等と同じ神獣の一角、エンシェントドラゴンだ」

「!」


 これを聞いたクナルと猿之介が一瞬で目を見開きやや引いている。それだけ戦いたくない相手なのかもしれない。まぁ、戦う気なんてないんだけれど。


「瑞華は俺達の中でも一番末で、しかも女の子。アイツがとにかく目をかけてた。そんなのをみすみす死なせたってなれば、マジで手がつけらんねぇ」

「絶対に無事の救出だな」

「古代竜に攻め込まれたらこんな小さな島国一瞬で滅ぶ!」


 そういうことで、できるだけ八岐大蛇を傷つけずに、瑞華に掛けられた厄介な仕掛けを解くという難解なミッションになったのだった。


 けれど、具体的にはどうしたらいいのか。現状が把握できただけで突破口はまだ見つからない。

 だがこれもシムルドが提案してくれた。


「おそらくだが、嬢ちゃんと蛇野郎とを繋いでいる触媒がある。そいつを取り除いて繋がりを絶てば再生できなくなるだろうよ」

「一瞬だが、社の周囲に黒い障壁のようなものが見えました。まるで牢獄のような」

「天狐様を外に出さない為の結界魔法だろうな。まずはこれを解かないとか」


 これはなかなか厄介だ。あの陸地に逃げ隠れ出来る場所なんてほとんどない。なのに結界の解呪と、天狐様と八岐大蛇を繋いでいる触媒の除去。静止しなきゃ出来なさそうな事が多い。その間に狙い撃ちされたら終わりだ。


「正直、術の解呪は浄化が使える智雅に頼るっきゃない」

「俺!」


 シムルドに言われて驚いた声を上げたけれど、冷静になればそうなるか。あそこに自分が立つ……考えただけで震えて足が止まりそうだ。そもそも自力でフィールドに立てないかもしれない。

 でも、俺に課せられた役目なら。


「分かった」


 グッと腹の底に力を溜めて頷いた。


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