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11話 東国からの要請(16)

「呆気ない……」

「シムルド兄や、早うここを解いておくれ。妾はこんな屈辱もう嫌じゃ」

「はいよお嬢様。ったく、相変わらずかよ」


 言いながらも頼られる事は嬉しいらしい。俺の横に立ったシムルドが俺に聞いた。


「触媒の場所、分かるか?」


 目に集中してみる。実は少しだけ糸口が掴めていた。時折目の端に映り込む細い釣り糸みたいなものがある。それはこの黒い結界や瑞華の手足に絡みつき、俺が浄化しようとしても出来ていない。まるで実体がないみたいだ。

 そしてその糸はよく目を凝らすと八岐大蛇の尾の一点へと繋がっていた。

 けれどこれじゃ、何処にあるか説明は難しい。無駄にダメージを与えれば瑞華が苦しむ。

 だからこの糸を見える様にと強く思う。せめてシムルドに伝わるように。


 また魔力が抜ける。今日は随分使ってもうそろそろ疲れた。でもおかげで、俺の見ているものを具現化出来たみたいだ。


「よくやった」


 グリッと頭を撫でたシムルドが高速で近付く。そして一撃、八岐大蛇の尾を両断した。


「くっ!」


 辛そうに顔を歪める瑞華。だが俺は見ていた。シムルドの手に何かが握られているのを。


「マサ、受け取れ!」


 ブンと投げられたそれが一直線に飛んでくるけれど、そんなのどう受けとめろって言うんだよ!

 アワアワする俺。その前に立ったクナルは飛んでくるものを余裕の表情で受けとめた。


「おい! マサに当たったらどうするんだ!」

「お前がいるから大丈夫だろうよ」

「そういう事を言っているんじゃない!」


 この二人、やっぱりちょっと似てるよな。なんて思って、俺は苦笑した。


「マサ」


 クナルから受け取ったのは古い剣だった。神話の通りならこれは草薙剣。そして、この結界の楔を破壊できる可能性があるアイテムだ!

 この剣は結界と繋がっている。浄化もダメ、物理もダメ。そして結界の楔は何をしても手応えがない。そしてこの剣は全てに繋がっていて、ちゃんとここにあると分かる存在感だ。


 受け取った剣で、俺は結界の楔を深く貫いた。一番中心になっていそうな一点。そこを刺し貫いた瞬間、黒い力が上へと急上昇して霧散する。

 瑞華を縛っていた釣り糸も消えて、彼女が前に倒れてくるのをクナルが受けとめてくれる。そこへと駆け寄り、俺は喉元に刺さっている呪いの楔を掴み浄化しながら引き抜いた。


 刺さっているものを抜くのに、そこにそれらしい感覚は伝わってこない。スルリと抜けた物が砕けて消えた。


「もう大丈夫です!」

「うっし!」


 パン! と拳を打ち鳴らしたシムルドが目の前の大蛇をあっという間に切り刻み始める。厄災級の魔物ではあるはずなのに随分呆気ないものだ。


「ん……んぅ」

「瑞華さん、大丈夫ですか?」

「……其方かえ。あぁ、平気ぞ。腕やら足やらが怠くて敵わぬが、気分は良いな」

「よかった」


 その時、ズゥゥゥゥン! という重苦しい振動が伝わった。見ると八岐大蛇はその大半の首を切り取られてしまっていた。


「ふぅ、すっきりした」

「派手だな、あのおっさん」

「シムルド兄は自分を温厚などと言うが、まったく温厚ではないのだえ」

「うん」


 やるなら徹底的にブチ殺す。そういう精神の持ち主のような気がする。


 片付いた。そう思えた俺達はほっと胸を撫で下ろす。

 だが不意に、一本残った首が持ち上がり、大きく口を開けて何かを吐き出した。


「シムルド!」


 それは胴が短く平べったい蛇だ。そしてそれが何かを俺は聞いている。犬伏を噛んだツチノコだ。

 警戒の声を発した俺に、シムルドはニヤリと笑う。分かっていると言わんばかりだ。だが瑞華がハッとして、ツチノコを殺そうとするシムルドを止めた。


「ダメじゃ兄! 其奴を殺せば解毒ができぬ!」

「なに!」


 既に殺すつもりでいたシムルドが目をまん丸にして叫ぶ。その間にもツチノコが飛びかかっていく。このままではシムルドが噛まれかねない!

 でも違う所から声がかかった。


『アイシクル!』


 俺の隣から鋭い声が飛び、氷の刃がツチノコに当たる。そこから氷漬けになったツチノコがカキーンと音をさせて地面に転がったのを見て、俺と瑞華はほっと息をついた。


「クナル、ありがとう」

「ほんに、目端の利く坊やで助かったなえ」


 活躍できないとしょげていたクナルはこれでようやく、満足げに笑うのだった。


§

 その後、少し休んで俺達は洞窟を出る事が出来た。勿論瑞華も連れてだ。

 そうして国主の屋敷に戻ってみると、国主は前よりも状態が良くなったみたいで体を起こすことが出来るようになり、桃君は完全に毒状態を脱していた。

 洞窟の中に居て分からなかったけれど、どうやら俺達があそこに入ってから一日くらい経過していたようなのだ。


 皆瑞華が来た事に驚き、千姫は膝をついて頭を下げてなかなか上げられなかったが、瑞華の方はそれを気にもせずに笑って肩を叩いていた。

 この二人、系統が違うのに何処か似ているように思えた。


 瑞華はその後、汚染された水の浄化を行った。

 クナルが氷漬けにしたツチノコは、八岐大蛇の幼体なのだという。この幼体は成体ほど強い毒性はないが、確かに同種の毒を持っている。これから血清を作る事で現在苦しんでいる人も無事回復できるだろうとのことだ。

 同時に汚染された水源にこれを一滴垂らすと不思議と水が澄んでいく。

 試しに鑑定をしてみても、もうそこに毒性はみられなかった。


 国主の屋敷はそれは盛大なお祭り騒ぎとなり、色んな和食が振る舞われた。中でも俺が目を輝かせたのは刺身だ。


「刺身!」

「やはりお好きでしたか?」


 俺は素直に頷くが、クナルは拒否感のある目で見ている。それもそのはずで、ベセクレイドには生の魚を食べる文化がない。刺身も寿司も存在しないのだ。


「大丈夫なのか、生で」

「大丈夫だと思うよ。匂いもしないし、身も弾力があって新鮮だし」

「気になるようでしたら、こちらわさびです」

「わさび!」


 出されたのは確かにわさびだ。しかも新鮮な生わさびをついさっきおろした感じだ。


「贅沢~」


 喜んで箸でひょいっと白身の魚を掴み、刺身に少量のわさびを溶いて付けて口の中に。淡泊な白身魚は噛めば甘みがほんのりとあり、弾力があって美味しい。わさびの風味も鼻から抜けていって、本当に現代を思い出させるものだ。


「美味しい」

「良かった」


 刺身を頂いては白飯を食べる俺を見て、クナルもそろっと手を伸ばす。白身を一つ口に放り込んだ彼はしばらく咀嚼して、案外簡単に飲み込んだ。


「食べられるな」

「でしょ?」

「でも俺はこっちがいい」


 そう言って選ぶのは金目の煮付けだ。甘塩っぱい煮汁でじっくりと煮込み、身にもしっかり味の入ったそれは確かに美味しいだろうな。


「こっちで色々買って帰って、あっちでも作ろうかな」


 帰りを待ってくれているだろう宿舎の皆の顔がちらついて、明日は買い物だな! なんて思う俺だった。


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