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12話 北国から、愛をこめて(1)

 東国から戻って、俺達は殿下に事の次第を伝えた。天狐である瑞華が黒い結界に囚われていた事。それを張ったのは邪神崇拝者である可能性がある事。そして、彼らに天人族が加担していた事。

 瑞華の様子ではもっと他にも何か分かっている感じはしたけれど、彼女は何も言わなかった。おそらく意図的に言わなかったんだ。

 その理由は分からないけれど、無理に聞き出す事も出来ないと俺は考えている。


「いよいよ、女神神殿が怪しいか」


 殿下は凄く考えているが、決断はしなかった。俺もそれでいいと思っている。


「瑞華の話では、女神神殿はマサを狙ってくるだろうと言っていたが」

「だろうね。どんな形かは分からなくても、女神に関する重要な鍵であるのは間違いがない。ただ……ここにきて、奴等が何をしたいのか分からなくなってきた」


 顎に手をやり考える殿下は思いのほか真剣な表情をしている。それを見るロイもまた、不安そうだ。


「女神の威光を広く人々へ伝えるのが、女神神殿の行動理念だ。だからこそ女神の奇跡である治癒や浄化は積極的に行っているし、聖女召喚に必要な水晶も神殿から与えられたものだ」


 言われて、俺は思いだしている。俺と星那が最初に降り立った部屋には確かに大きな水晶があった。人が一人くらい入れそうな感じのものだった。


「だが同時に、奴等は邪神崇拝者に加担する動きも密かに見せている」

「スティーブン王子への精神操作やエルダートレントの種の出所。今回の瑞華の件だな」

「あぁ。神殿への権威集めとして利用するにしても、やっていることの規模が大きすぎる。厄災級の魔物を呼び寄せる行いなんて、下手をすれば国が滅ぶどころではないからね」


 確かにやる事が大それている。これを、天人族は倒す事ができたのかな?


「自分達で倒せない魔物を復活させればどうなるか」

「倒せる算段があったとか?」

「最近は天人も力を落としてきている。大神官程度では無理だろうね」

「では、何故そのような事をなさるのでしょうか?」


 結局はそれなんだと思う。彼らの動きには疑問が多い。

 いや、分からない事が多いんだと思う。


「瑞華は女神神殿が本当に女神を崇拝しているか分からないと言っていました。瑞華の知っている人の面影が、天人族にあったとも」

「神獣が覚えている何者かの面影。それに、女神を崇拝しているか分からない神殿か。ほんと、いい加減混乱するな」


 「分からない!」と匙を投げるような殿下にロイが苦笑する。そしてふと、俺とクナルへと視線を移した。


「何にしても、彼らがマサさんを狙ってくるというならばこちらも容赦をする必要はありません。クナルも大人しく差し出しはしないでしょ?」

「ぜってーしねぇ」

「ならば、とにかく今は静観いたしましょう。戦うにしても守るにしても、今はまだ準備も足りておりません」

「そうだね。それでなくても困りごとがあるのに、これ以上増やさないで欲しいな」

「困りごと?」


 ふとぼやく殿下にロイは苦笑する。俺達は何かあったのかと互いに顔を見合わせる。


 その時、パタパタと廊下を走る音がして殿下の執務室のドアが強く叩かれた。


「ルートヴィヒ様、おられますか!」


 だらしない格好を正した殿下が驚き、ロイが冷静にドアを開ける。その向こうには正装をした人が居て、随分焦った様子を見せていた。


「何事かありましたか?」

「先程、フスハイム国の使者がいらっしゃいまして、火急の用件で殿下にお目通りをと。なんでも、国家の存亡に関わると」

「国家の存亡?」


 流石に声が聞こえて、殿下は鋭い視線をドアに向けている。

 俺もなんだか落ち着かなくてクナルを見た。


「それと、聖人様に目合わせをと言われております」

「書簡は?」

「こちらに」


 重厚な手紙にはきっちりと封蝋がされている。それを受け取ったロイは使者を丁重にもてなすように伝えて戻ってきた。

 ロイから手紙を受け取った殿下は素早く開封して中を確かめる。そして一つ重い溜息をついた。


「なんて」

「フスハイム国の姫が原因不明の病で重篤。女神神殿の大神官が連日治療を行っているが回復の兆しがない。そこで、我が国の聖人の力を借りたいと」

「大変だ!」


 原因不明の病と聞いて、少し前の事を思い出す。瑞華の地で起こった病は厄災級の魔物・八岐大蛇の毒が原因だった。もしかしたらこれも魔物の……。

 っていうか、最近厄災級の魔物多くない!


「フスハイムと言えば、北の獣人国か」

「北の獣人国? 他にも獣人の国があるの?」


 ちゃんと地図とか見た事がないから分からない。というか、この国で詳細な地図って出回ってないんだよな。


「寒冷地を好む獣人が暮らしている、山の中の小国だよ。本来雪豹もそちらの国の獣人なんだよね」

「え?」


 気のない様子でついでみたいに投げ込まれた言葉に、俺は驚いてクナルを見た。一方のクナルはあまり気にもしていないのか、面倒そうな顔をしている。


「クナルはその国から来た可能性が高いってこと?」

「ほぼ間違いないね。でも本人は記憶ないし、長年この国にいてこっちの気候に慣れてるから」

「……もしかしたら、本当の家族が見つかる可能性も」


 それを、俺は素直に「良かった」と思えなくなっている。そんな自分の変化に驚いて、同時に凄く醜く感じてしまう。

 喜ばしいことじゃないか。生き別れた家族と再会なんて。でも……もしもクナルが元の国に戻る事を決めたら俺は……どう、したらいいんだろう。

 不安に思い項垂れてしまう。そんな俺の頭を大きな手がワシッと掴んで、少し乱暴に掻き回した。


「もぉ、クナル!」

「心配するなよ、マサ。俺は何処にもいかないから」

「あ……」


 気づかれてたのかな、こんな嫌な気持ち。そうだとしたら、それも少し嫌だ。何よりこんな事を思ってしまった自分が嫌だ。


「それで、どういたしましょう?」

「そうだね……今日は保留。マサ、クナル、悪いけれど明日の午前中に来てくれるかな?」

「はい、分かりました」


 女神神殿の事、フスハイム国の事。また考える事が多くなってきて、俺はやっぱり少し沈み込んでしまうのだった。

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