翌日、朝食を食べ終わったくらいに城からの迎えがあってクナルと向かった。
城に着いても少しの間控え室で待つ事になった俺は隣のクナルに視線を送る。それに、彼も気づいてくれたみたいだ。
「どうした?」
「……フスハイムって、クナルの故郷……なんだよね?」
そう問いかけてみるけれど、クナルの方はあまりピンときていない感じだ。記憶がないって以前言っていたからかもしれない。
「種族とか状況を考えると、その可能性は高いけどな。正直なんの実感もない。記憶もないしな」
「その、家族とかが出てきたら」
「それはちょっと怖いな」
「怖い?」
どうして?
そう思って見つめると、クナルは苦笑した。
「怖いだろ、俺には記憶が無いんだぜ? まったく知らない奴に『貴方の家族よ』なんて言われて抱きつかれてみろよ。こっちからしたら知らない他人に抱きつかれるんだぜ?」
「うっ、それは……確かに」
ちょっとリアルに想像した。まったく知らない遠縁のおばさんとかに抱きつかれた記憶が実はある。義父の葬式の時だ。こっちからするとかなり怖いものだ。
「それに、俺はこの国を離れる気なんざないからな」
「え?」
クナルが俺をジッと見て苦笑している。そして大きな手で俺の頭を撫でた。元気づけるみたいに少し強く、でも穏やかに。
もしかして、俺の不安に気づいていたのかな。
彼の柔らかな視線でそう感じ取った俺は、この温もりに今は素直に甘える事にした。
「俺の故郷はこの国だ。それに、マサの側を離れるわけがないだろ? あんたは俺の番なんだからな」
番という言葉に最近ドキドキする。多分、実感が湧いているから。クナルが好きだと自覚して、約束を交わした辺りから俺の気持ちはクナルへと傾いている。明らかに意識しているんだ。
大きな手が優しく俺に触れて、指先が頬を撫でる。くすぐったいのと一緒に感じる痺れる感覚はきっと、俺もクナルが好きだから。好きな人に触れられるとこんな風に、嬉しくて痺れてしまうんだって最近知った。
幸せは時に苦しくて、時に甘く動けなくなるものだって、クナルが教えてくれたんだ。
だから、離れたくない。一緒にいたい。そう、最近の俺は我が儘を言うようになった。
このタイミングでノックされ、話が纏まったからと呼ばれた。
国賓を招く用の少し豪華な応接室には殿下とロイ、そしてもう一人真っ白い虎獣人の人がいて、クナルを見て明らかに驚いた顔をした。
「雪豹族がベセクレイドに!」
動揺したまま声に出ていた人は次にはパッと口を噤んだ。
そんなに珍しい事だろうか。確かに王都で雪豹族に会うことはほぼなく、居たとしても行商の人だったりした。
何があるんだろう。クナルと、フスハイムとの間に何が?
そんな疑念を抱いたまま、俺は使者と向き合った。
「お待たせいたしました、オレグ殿。こちらが我が国の聖人トモマサ、そして護衛騎士のクナルです」
「初めまして、智雅です」
「オレグです」
紹介を受けて正面に立ち、握手を交わして座る。その直ぐ後ろにクナルがついたのだが、オレグの視線はクナルへと向かっている。
「……すまないが、クナル殿はフスハイムの出身だろうか?」
「分かりません。幼い頃の記憶がありませんので。気づいたらこの国にいました」
「そうか……」
落ち着かない様子のオレグへと視線を向けたクナルはあまり興味もなさそうで、淡々と答えている。
それにしてもどうしてこんなに気にしているのだろう? 何か理由があるのかな?
「オレグ殿、トモマサにも説明をお願いします」
「あぁ、はい。事は一ヶ月と二週間ほど前でした。突如姫様が倒れ、その後起き上がる事が出来ず床に伏してしまったのです」
「突然、ですか?」
「えぇ。侍女によりますと、いつもと変わらず庭へと出られた所で突然悲鳴を上げ、倒れてそのままと」
そんな事ってあるのかな? 庭に出たって事は自分の足で歩いていたって事だよね? それが悲鳴を上げて倒れてそのままなんて。
「病状や、原因は?」
「分かりません。病状は熱と倦怠感、食欲の減退、手足の麻痺、失語です」
「それじゃあ、今ってほぼ動けないんですか?」
驚いて問えば頷かれる。本当に一刻を争う状況だ。
「……女神神殿の大神官が、日夜治療を行っているとありましたが。成果は?」
殿下が少し声を低くして問う。これにオレグは恐れたような顔をして、やがて首を横に振った。
「なんの病気かも分かりませんし、原因も不明のまま。日々熱を下げる治療を行っておりますが、成果はあまりありません」
「その神官に、不審な点は?」
「? ありませんよ」
問いかけの意味が分からないという様子のオレグだが、他は皆分かっている。殿下はその大神官を疑っていると。
「姫様は陛下の一人娘。既に王妃様もお亡くなりになっている今、姫様に何かあれば後継者がいなくなってしまいます。どうか、お力添えをお願いします」
深々と頭を下げるオレグは本当に困っているのだと思う。何より今も苦しんでいると思うとなんとかしたいとも思うのだ。
殿下を見て、クナルを見て、二人が頷いてくれたから俺も決断した。
「分かりました、ご一緒します」
「! 本当に! っ! あぁ、本当にありがとう。ありがとう」
大きな手で優しく包み込むようにして俺に触れたオレグは、薄らと涙ぐんでいた。