オレグとの会談を終えて、俺達は招かれるまま殿下の執務室へと戻ってきた。ロイがお茶を淹れてくれてそれを飲み込み、ほっとする。
「正直、状況はかなり悪いね」
「でも姫だろ?」
「あの国は少し状況が悪いんだよ。その姫が死んだらフスハイム王家の血は絶えるかもしれない。そうなれば内乱が起こるよ」
「あの、そんなにですか? 他に継げる人とかいないんですか?」
王族って子沢山なイメージがある。奥さんも沢山いたり。
でも殿下は首を横に振った。
「二十年以上前に内乱が起こって、兄弟同士が争ったんだ。それで今の王を残して全員が死んだ。加えて現王には側室もいるが、何故か子が産まれないまま第一子誕生後十年以上が経過している。一部の話によれば、もう子は諦めているとも言われている」
「え……」
想像していない話に驚き、困ってクナルを見る。けれどクナルは静かな様子でジッと殿下を見ているばかりだ。
「そもそも内乱の原因は先王にあるんだ。急な逝去で跡取りを決めていなかった」
「よくある話だな」
「本当に若かったんだ。まだ四十半ばくらいだな」
「そんなに若かったんですか!」
四十なんてあっという間に思える。何せ俺も今三十二だし。そりゃ、突然自分が死ぬなんて想像もしていないと思う。
「何故そんな若さで死んだんだ?」
「突然の魔物の強襲を受け、民や城の者、家族を守り切ったそうだ。その時の傷が原因でね」
「……やるせねぇな」
僅かに眉を寄せてクナルは呟く。俺も、なんだか悔しい思いだ。王として、きっと務めを果たしたんだろうと思う。これには殿下も静かに頷いた。
「先王には五人の子がいた。うち、第一王子と第二王子は仲が悪く方針も真逆と言っていいのに、野心家な部分だけは同じだった」
「つぶし合ったのか?」
「まぁ、そうだね」
王位を巡る兄弟間の内乱なんて、物語の中みたいだ。でもここではそんなに珍しくはないという。殿下とスティーブンだって、最悪そういう事になりかねなかったんだし。
俺の知っている動物社会でもリーダーは一人。下はついていくか、離れるか、不満を溜めながらいつか追い落とす機会を狙うかだ。
「現王は三男だった。穏やかで争い事を好まず、中立に立って両者の橋渡しをしようとしていたが、決裂。手を打てぬ間に両派閥の者を巻き込んだ争いが起こり、第二王子は死亡。第一王子はその時の怪我が原因で一ヶ月後に死亡している」
「ってことは、現王は棚ぼただったのか」
「でも、これだと兄弟二人残っていませんか?」
腕を組んで考え込むクナルと、数が合わない事を聞く俺と。
殿下は頷いて続きを教えてくれた。
「この兄弟を焚きつけたのが、現王の双子の弟で第四王子だった人物らしい」
「え……」
焚きつけたって……争いが起こるように立ち回った人がいた?
信じられずジッと殿下を見てしまう俺に、彼はフッと息を吐いて頷いた。
「元々不仲だったのに、立ち回って風潮して小さくぶつけ続けたと聞いている。そうした事が重なって、激化したんだ」
「なんだってそんな」
「上二人がつぶし合って弱れば自分が王位に立てると考えたのさ。双子の兄は穏やかで武を好まないから簡単だと」
「最悪だな」
嫌悪感すら滲ませるクナルの呟きに俺は頷く。俺は助け合っていきたいと思うから、誰かを押しのけてまで上に立ちたいっていう気持ちが分からない。
でも殿下は苦笑してしまった。
「第四王子では王位継承は難しいから、これ幸いだったんだろう。実際途中までは上手くいった。悪事がバレて現王が立ち上がり、捕縛しようとするまでは」
「立ち上がったんですか!」
穏やかな人を怒らせた。流石に見過ごせなかった?
これに殿下は頷きながら、僅かにクナルを見た。
「実は、国民から最も支持されていたのは王子ではなく、第一王女だったんだ」
「女性?」
「あぁ。第一王子よりも年上で、この時は既に国の有力貴族に嫁ぎ子もいたらしい。聡明で穏やか。かと思えば争いで雄姿を見せる女性だったらしい。だが」
「?」
「第一、第二王子が争いだした頃に家族と僅かなお付きと共に亡命しようとして、行方が分からなくなった」
じゃあ、分からない間に誰かの手にかかって……もしくは魔物が。
クナルはこれをジッと聞いている。感情の分からない顔で。
「これも、第四王子の手によるものだったのですか、我が君?」
「噂によればね。むしろ現王を奮い立たせたのは王女の事だったらしい。慕っていた姉だったそうだよ」
「あの! その、第四王子は?」
死んだのだろうか。
俺の問いかけに殿下は難しい顔をしてしまう。腕を組んで、少し唸るみたいに。
「分からない。が、一番正しいかな。おそらく死んでいる」
「それは、どういう?」
「断罪されて逃亡し、複数人で追いかけて山中で滑落したんだ。底の見えない絶壁から落ちたらしい。それ以降、姿を見た者はいない」
「……」
なんとも呆気ない。そして、すっきりとしない終わりに俺は口を噤むのだった。
ここまで話して、殿下は本当に疲れたのかソファーの背もたれにだらしなく体を預けてしまう。これにロイは苦笑しか出なかった。
「さーて、忙しいな。明日には整えて、明後日には出られるようにしないと」
「そうだな。フスハイムまでは途中まで馬車を使っても一ヶ月かかる。今は十一月の始めだ。真冬の北国は厳しいんで」
「一ヶ月!」
思わぬ長旅に声を上げると、クナルが苦笑して頷いた。
「厳しいものがあるぜ、実際」
「マサは痩せてるから、余計にきつそうだね」
「冬は苦手です」
元の世界でも冬は苦手だった。水は冷たいし骨身に染みるし。
そんな俺の肩をやんわりと包んだクナルは笑っている。ドキリとしそうな様子で。
「その分、俺が温めてやろうか?」
「へ?」
「俺は北の出で、慣れてる。温めて寝てもいいぞ」
「あ……えぇ、と?」
「抱きしめていれば温かいだろ?」
ニッと嬉しそうな口元、僅かに下げた薄青い瞳、蕩けるように甘い表情。
あ、これ温めるとか抱きしめるだけで済まない奴だ。
「こーら、イチャコラしないの。それに残念、セナも一緒だからそーいうの出来ないからね」
「え? 星那?」
なんで星那の名前が? 疑問符だらけの俺に、殿下が懐から一枚の手紙を出して広げた。
「スティーブンから救援願が届いた。セナに行ってもらおうと思っているんだ」
「そんな!」
救援願なんて危ない事に違いない! 俺は手紙を手に取って内容を確かめて、更に血の気が引けてきた。