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12話 北国から、愛をこめて(5)

 馬車には俺と星那、そして使者のオレグが乗り込み、クナルは派遣される第一騎士団の指揮を執るために単騎で外にいる。

 緊張する俺の隣で星那が自己紹介したりして、オレグは目を細めて笑った。


「なんと、聖女様と聖人様はご兄妹でしたか。睦まじい様子で良いですな」

「星那でいいよ」

「俺もマサで」

「ありがとうございます。それにしても、そのような姿を見ると昔を思いだします」

「昔?」


 懐かしむように目を細めたオレグに問いかけると、彼はうんうんと頷いて目尻を下げた。


「現王陛下と姉姫のブランシュ様も、お二人のように仲の良い姉弟だったのですよ」


 それはどこか引っかかっている。でも、こちらから聞くのは躊躇われる内容だった。

 目を細め、遠く在りし日を思うようなオレグは「陛下とは乳兄弟でして」と前置きをしてから話し出した。


「陛下は上の兄二人と双子の弟君とは性格が合わず、一人でいる事の多い方でした。そんな方を気遣っておられたのがブランシュ様だったのです。聡明で穏やかで、お優しい方でした」

「行方不明なのですよね?」


 俺の問いかけにオレグは目を伏せてしまう。だが少しして頷いた。


「……クナルを見て、気にしていましたよね? あれはどうして」

「……似ている気がしたのですよ」

「王女様に?」

「いえ、どちらかと言えば姫の夫である公爵に。国でも五指に入る美男子と言われておりまして、城には今も婚礼の時の肖像画が飾ってあります」


 俺はずっと、嫌な予感がしている。

 クナルは今から向かうフスハイムと、その国境にあたるレナウォン領の境で保護されたらしい。当時は五歳くらい。ベセクレイドには元々雪豹は極端に少なく、獣種としては珍しい。逆にフスハイムではそれなりにいる。そして王家は皆雪豹族らしい。

 この予感が当たっていたら、クナルはどうなるんだろう。唯一の姫は今謎の病で苦しんでいて、現王には子供が生まれない何かがある。もしもクナルが失踪した王女の子供だったら……関係ないなんて言えないかもしれない。


「お兄ぃ?」


 心配そうな星那の声に、俺は俯いたまま答えられなかった。この行き場のない不安はどうしたって消えなくて、俺如きではどうする事もできない事に思えてたまらなく苦しくなってしまったんだ。


§


 余裕のある時間帯に町に到着し、予定していた宿に入った。オレグ、星那は一人部屋で護衛が交代で付く。俺にはクナルがついて、同じ部屋にしてもらった。


「今日は一日マサと離れていたからな。何だか落ち着かなかった」

「俺も変な感じがしたよ」


 ほっと息を吐くクナルが苦笑して、俺は笑った。ただその笑みは少し不自然だったかもしれない。それに気づかないクナルじゃない。

 近付いて、そっと頬に触れられる。反射的に顔を上げた俺を、クナルはジッと見つめていた。


「何かあったか?」

「いや、別に」

「あんた、嘘下手くそだな」


 慌てたのが悪かった? それとも咄嗟に目線を逸らしてしまったかな? 全てが悪手だった。

 俺をベッドに座らせたクナルが隣に座って、じっと目を見つめてくる。薄青い、綺麗な瞳に俺だけが映っている。


「何か気がかりがあるんだろ? 教えてくれ」

「でも」

「マサ」

「っ……。オレグさんに聞いたんだ。クナルには行方不明になった王女と、その旦那さんの面影があるみたい」


 この言葉の意味を理解しないクナルじゃない。白銀の眉が僅かにピクリと動く。

 でも、それだけだった。


「まぁ、俺自身話を聞いて無関係じゃないだろうとは思った」

「クナル」

「間違いなく、俺はフスハイムって国の出身だろう。保護された状況からして疑いようがない。更に言えばその王女様の子供が国を出た年齢と、俺が保護された年齢がほぼ合う。そうとなれば、ありえるしな」

「……うん」


 だからこそ、怖いんだ。離れてしまうことが。

 俯いてしまう。心の中で叫んでいる言葉がある。でもそれが声に出ない。困らせたくないし、どうしようもない事を言うのも怖い。我が儘なんて、言わずにきたから。

 でもクナルは大きな手で俺の頭を撫でて、穏やかに微笑んだ。


「ただ、それだけだ」

「でも!」

「俺はこの国にいる。王族の血筋だとか言われたって今更この生き方を変えるかよ。何より俺には記憶もないし、真偽も分からない。押しつけられたって迷惑なだけだ」

「……周囲がそれで、許してくれるか分からないよ」

「だとしても俺は突っぱねる。それに俺は、あんたと居るんだ。あんたの側であんたを守る。命に替えても、絶対に」


 真摯な視線が射貫くみたいだ。それに見られて、俺は頼りなく視界を揺らす。僅かに歪んだ俺の景色にクナルが見えて、苦笑して頬を撫でてくれた。


「あんたはどうだ? 俺と、いたいか?」

「あっ、当たり前だよ! 俺……俺、クナルが離れたらどうしようって不安で……でも俺が口を出す問題じゃないって、思って」

「なんでだよ。番の問題に口出せないなんて事無いだろ?」

「でも! それでクナルは、いいのかなって思ったんだ」


 俺がクナルの道を歪めていいのかなって、思ったんだよ。


 目尻を下げた彼が微笑む。そうして近付いて、柔らかな唇が額に触れた。次は目尻に、そして頬に。最後に唇に触れた彼の舌がやんわりと俺の唇を割って入ってきて、柔らかく絡まってくる。


「んっ、んぅ……っ」

「マサ、あんたは俺の番だ。俺はもう他を選ぶ気なんざない。あんただけなんだ。だから」

「クナル……っ」

「俺を欲しがれ。あんたから俺の手を離そうとするな。俺の未来は隣にあんたがいなけりゃ成立しない。俺の幸せはあんた抜きじゃ不可能なんだ。だから、安心して手を伸ばしてくれ。俺のだって、言ってくれ」


 甘く悩ましい懇願。触れる唇の柔らかく、甘い誘惑。俺はこの日、何度もクナルとキスをした。頭も体も蕩けて、彼の言葉がふやけて柔らかくなった心に入ってきて、自分が上げた悲鳴を口にした。


「一緒に、居てほしいよ。クナル、好きだよ。大好きだよ。だから置いてかないで」

「当たり前だ」


 ギュッと強く抱きしめられる、この腕の中で俺は息ができる。安心して、心まで預けて寄り添っていられる。この幸福を知ってしまったんだ。今更手放せるわけがない。


「愛している、マサ」


 心地よいテノールが耳から全身に回る。妙な緊張も解れていく。

 寄り添い合って眠る夜は静かで暖かくて、しんしんと積もる雪の寒さも感じる事はなかった。

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