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12話 北国から、愛をこめて(7)

 そのまま進んでいった先には一軒の屋敷がある。周囲の家と比べれば大きいけれど、決して華美でも豪華でもない。レンガ作りの二階建ての、素朴な家だった。

 クナルはそこを見上げて複雑な顔をする。それを横で見た俺はハッとした。


「ここって、クナルが暮らしていた場所?」

「あぁ。当時のままだな」


 真剣な、でも懐かしそうで……少し寂しそうな顔。子供時代を過ごした屋敷を見て、彼は何を思うのだろう。

 けれどそんな様子は直ぐに霧散した。それというのも屋敷から一人の男性が出てきて、腰に手を当てニッと笑って近付いてきたからだ。


 小さな頭に短めのボブくらいの銀色の髪。耳は多分狐で、尻尾ももふっとしている。顔立ちは端正だけれど野性味もあって、鋭いオレンジ色の瞳がニッと笑っているのが分かる。

 身長はクナルと同じかそれより高い。その長身を、よく知っている黒い制服に包んでいる。


「フィン」

「よぉ、クナル。お疲れさん」


 知り合いと分かるトーンで声をかけるクナルに相手も軽い感じで返している。そして互いにハイタッチの後で男らしく笑った。


「久しぶりだな。にしても、締まりの無い顔しちゃってまー」

「うっせぇな。いいだろ?」

「くはぁ! お前から惚気とか聞く日が来るとはな。それも全部、そこののほほん顔の兄ちゃんのお陰か」


 少し上からの視線に驚いている間に大きな手が差し出される。彼は野性味のある笑みを浮かべてこちらを見た。


「第二騎士団第一部隊隊長のフィンだ。クナルとは付き合いの長いダチだ」

「トモマサ……マサです」

「おう、話は聞いてるぜ。よろしくな、マサ」


 握手をした大きな手は俺の手をすっぽり隠してしまえるもので、手の平は硬くてごつい。クナルにどこか似たものだ。


「にしても、お前の趣味がこういうぽやぽやした奴だったとはな。家庭的で素朴なのが好きだったのか?」


 手を離して今度は訝しむように首を傾げている。そう言われると否定のしようもなくて俺は苦笑するけれど、クナルは隣に立ってこちらを引き寄せた。


「マサだからだっての。見た目は頼りないかもしれないが、こいつは優しくて癒やしで、なのに芯の強い奴だぜ」

「ほぉん? 見かけによらないな。まぁ、厄災級の魔物を討伐してるらしいし、胆力はあるのかもな」


 いや、買いかぶってる! 俺は何もできてない!


 アワアワして否定しようとする俺だけれど、クナルが更にグッと引き寄せる。もうこれ、抱き合ってるレベルじゃないの!


「おぉ、見せつける。耳飾りまで付けてお熱いことで。結婚式には呼べよな」

「まだ先だっての」

「え!」


 不意に少し後ろで声がして、俺もクナルも振り向いた。

 そこには顔を赤くしたスティーブンがいて、何だか慌てている様子だった。


「あの、お二人はそんな関係で! え? クナルが恋人を……へ!」

「おいおい坊ちゃん、慌てなさんな。そこそこいい年じゃないかよ」

「そうですけれど! あの、おめでとうございます?」

「あっ、ありがとうございます?」

「おい、どうして二人して疑問符なんだよ。マサは俺の恋人なんだから自信もてっての」


 これにスティーブンは更にアワアワして、そんな様子を隣で星那が笑って「可愛い」なんて言うから余計にダメそうだった。


「あ……お部屋、一緒にしますね」

「おう、悪いな」

「人払いもしておきます」

「そんな気遣い不要ですから!」


 目一杯気遣われた気がしたのだった。


 部屋はそれなりに広くて清潔で、居心地のいいツインだった。クナルは少し不満そうだったけれど俺はちょっと安心。流石にこんなに知り合いの多い所でくっつくのは恥ずかしい。

 それにしても、凄く素朴な感じの屋敷だ。廊下に調度品の類いはないし、飾り気もない。城は流石にあったんだけれど。


「あいつ、かなり絞ったな。あれこれ持たされてきたはずなのに」

「え?」

「エルシー妃の実家はかなりの資産家だ。城から援助は無理だったけど、実家の方からあれこれ送ってたらしい。でも、今見た感じ余分な物はなかった」


 それは俺も納得できる。では、それは……。


「町と外壁の修繕に全部出したんだろうよ。それに加えて住民の顔色や肉付きが良くなってる。病院もあるみたいだし、教会じゃ孤児も受け入れてる。俺が住んでた頃よりも充実してるわ」

「凄いんだね、スティーブンさん」


 思い出すのは素直な表情と、町の人に向けている温かな眼差し。目尻も下がって穏やかで、感情表現が豊かな人だ。


「人の心を操るって、凄く残酷だね。本当はあんなに素敵な人なのに」


 俺の言葉をクナルは静かに飲み込み、頷いた。


 その時ノックがされて、フィンがひょこっと顔を出す。中を見て、なんだか眉根を寄せた。


「ちっ、俺の負けか」

「あぁ?」

「お前等が部屋でイチャコラしてる方に賭けたんだがなぁ」

「おい!」

「まぁ、いいか」

「良くねーよ!」


 この人、凄く自由だなー。

 思わず苦笑が漏れてしまった。


「ちと、この辺の状況を話したい。セナと使者殿にも声かけた。悪いがアンタ等も来てくれないか?」

「そういう事は最初に言えよ」


 溜息をつくクナルに俺もついて部屋を出る。そうして向かったのは、屋敷の会議室だった。

 既にスティーブンと星那、オレグが座って紅茶を飲んでいる。そこに俺達が加わって、いざ会議となった。


「近況の報告です。最近、夜間の魔物の襲撃が多くなっています。直近は昨夜でした」

「報告で多くなってるって言ってたが、そんなにか?」

「もう三日続いています。最近では増えましたね。頃は二~三ヶ月前からだったと思います」


 二、三ヶ月前っていったら……。


「姫様が倒れられた頃とほぼ同じです」


 オレグが目を見開いて口を開く。これにスティーブンは頷いた。


「スティーブン、スタンピードとは違うんだな」

「違うと思います。特徴が合いません」

「特徴?」


 俺はそのスタンピードというのを知らない。魔物の大発生とは聞いたけれど、特徴なんてものがあるんだ。

 これに答えたのはフィンだった。


「スタンピードは数百から数千単位の多種多様な魔物が一気に押し寄せてくる現象だ。しかもこれにはボスモンスターってのがいて、そいつが統率を取っている。本人も厄災級の魔物だな」

「そんなの、止められないんじゃ!」


 想像しただけで怖い。そんな数の魔物なんて見た事がないから。

 でもスティーブンは苦笑して俺を見ている。


「貴方は止めたではありませんか」

「え?」

「ベヒーモスの時に、貴方はかの厄災だけではなくスタンピード寸前の魔物まで綺麗に浄化してしまったのですよ」

「……え!」


 知らない! けど……確かに凄く魔物は多かった気がする。

 そして自分で言っておきながら、スティーブンは落ち込んでしまった。


「その引き金を引いたのは、私です。邪神崇拝者はあそこで、太古の厄災の封印を解こうとしていた。そこに聖女であるセナ様とトモマサ様を連れていき、大きな力が溢れてしまったのです。その力を彼の魔物が取り込み、あのような状況に」

「あの、もう済んでいますしなんとかなったので!」


 へにゃへにゃになるスティーブンに慌てて言う俺。そして彼の隣に座っている星那が思い切り背中を叩いた。


「!」

「済んじゃったもんは仕方が無いでしょ? その分、今なんとかしないと」

「そう、ですよね。すみません」


 驚いて、でも次にはしっかりと頷いたスティーブンが表情を引き締める。


 なんとなく、俺は星那が怒っているんだって思っていた。色々あったし、怖い思いもした。でも……違う。励ましてるし、多分見直したんだな。


 スティーブンを見る星那の目にはもう疑いがない。サッパリとしている妹だから分かる。許してはいなくても、見直したんだって。



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