「フィンの言うとおり、今回はこの特徴に当てはまりません。数は多くても二十前後。しかも魔物同士が遭遇するとそこでまず争う姿が見られます」
「一昨日も雪狼の群とスノーベアーが派手に喧嘩してたぜ」
「寧ろ今回は魔物の大移動ではないかと思われます」
「魔物の大移動?」
これにクナルはハッとして耳を立てる。そしてジッとスティーブンを見た。
「極稀にあるのです。魔物はそれぞれ、ある程度棲み分けがされています。ですがそこに、突如強い魔物が出現した事で元々住んでいた魔物が追われてくる」
「それが、起こっていると?」
スティーブンは疑問を残しながらも頷いた。物的な証拠はないが、状況でいえばそうだということだ。
「オレグ様、フスハイム近郊はどうなんだ?」
「国を出る少し前に、魔物が少ないと報告が入っていたはずです。妙だと」
「決まりだな。だがなんだ? この辺に厄災級の魔物が現れれば大きさ的にも分かるだろう」
「確かに、これまでの魔物も大きかったよね」
ベヒーモス、リヴァイアサン、エルダートレント、八岐大蛇。どれもとても大きな魔物だった。でも今俺達がいる場所からはそんな大きな魔物は見当たらない。
「国に戻ったら、一度捜索隊を編制してみましょう」
「助かります」
オレグの言葉にスティーブンも頷いて、ひとまず状況の確認は終わった。
今夜はここで休んで、明日俺とクナル、そしてオレグは山を登ってフスハイム国を目指す事になっている。
何事もない事を願うばかりだ。
§
その夜、北国のおもてなし料理だというじっくり煮込まれたビーフシチューにほくほくのふかし芋がとても美味しくて凄く満足だった。
この辺りで取れる牛の魔物らしいけれど、肉質は柔らかくホロホロと解れるのに旨味が強くて凄かった。
毛皮も上等らしく、スティーブンは星那にこれで作ったケープとミトンを贈りたいと言っていて、星那も満更ではなさそうだった。
何となく睦まじくて、俺はほっこりと二人を見てしまう。今のスティーブンなら悪くないなって思っちゃうんだ。お兄ちゃんとしてね。
その夜、クナルは起きてジッと窓の外を見ていた。シンと静かな雪の夜は今もふわふわの綿雪が舞っている。軒先に吊されていたランプが暗い夜でもふわりと、オレンジ色の明かりを灯して幻想的だった。
「眠れないの?」
思わず声をかけると薄青い瞳がこちらを見て、寂しげな笑みを浮かべる。起き上がった俺は隣に行って腰を下ろした。
「この景色が、好きだったんだ」
「うん」
幻想的で綺麗な景色だ。俺も好きだ。
あっちの世界じゃ、こんな雪景色テレビでしか見た事がない。深いコバルトの夜空に小さな星まで散りばめたように輝いている。
でもやっぱり空気が張り詰めたみたいに冷たい。少し寒くて腕を摩ると、クナルは側から大きな毛布を持ってきて、二人でそれにくるまった。
「あったけぇ」
「本当だね」
クナルの体温が伝わってくる。とても近い距離にいる彼に、勇気を出して寄りかかってみる。それに気づいたクナルは俺の肩に手を回して軽く引き寄せた。
「爺さんと婆さんも、喜んでるだろうな。この町を守ってくれる人がきて」
「クナルのご両親? って、どんな人だったの?」
この場合、両親と言っていいか分からずちょっと疑問符。けれどクナルは気にした様子もなく思い出すように少し黙った。
「けっこう厳しかったかもな」
「そうなの?」
「爺さんが教育係で、勉強教えたり礼儀作法叩き込んだりで厳しかった。その分婆さんは甘やかしたな。俺が初めて獲物取ってきた時とか、俺を拾った日にはパイを焼いてくれた。林檎の」
「アップルパイ?」
問いかけに、クナルは懐かしそうに笑う。嬉しそうなその表情に、俺は心の中が温かくなる。
「この辺りは芋とか麦は育つんだが、果物なんてのはあんまりでな。少し先まで仕入れに行かなきゃいけないってのに。俺を、喜ばせようとしてくれたんだろうな」
そして次には少し泣きそうな顔をする。寂しそうに眉を寄せて。
「……今度、作るね」
「マサ」
「今度は俺が、大事な日に作るよ。思い出とはちょっと違うかもしれないけど」
クナルが拾われた日、聞かなきゃな。他にもお祝いの日には作ろう。そして二人で食べるんだ。
「ありがとな」
大きな手が俺の頭を撫でる。嬉しそうに、ニッカと笑って。
その時、クナルの耳が僅かに音を拾ったように素早く動き、彼自身も立ち上がる。さっきまでの笑みは消えて厳しく窓の外を睨んで。
「来た」
「クナル」
「悪いマサ、手伝ってくれ」
それだけで何が来たのかは分かった。俺は頷いて立ち上がり、防寒具を着て部屋の外へと出た。
クナルを追って屋敷の入口まで来ると既にフィンとスティーブン、他にも多くの騎士が出る準備をしていた。
「流石に早いな」
「俺も出る」
「マサの護衛だろ?」
「俺は前線には出ないので。怪我人とか、あと結界などの維持には出ます」
「申し訳ありません、トモマサ様。貴方のお力までお借りしてしまって」
スティーブンは申し訳ない顔をするけれど、その為に俺がいるんだから。
「んじゃ早速」
「私も行くわ」
不意に後ろで声がして、俺は勢いよく振り向いた。そこには準備万端の星那がいて、腰には剣を差している。
その姿に俺は焦って止めた。
「危ないよ!」
「この為に来たんだもの。大丈夫」
「大丈夫ではありません、セナ様! 貴方に何かあれば私はどのように償えばよいか」
俺と同じくらい焦って止めるスティーブンに驚くけれど、これが本来なんだろうな。俺以上に青い顔をしている。
でも星那はカラカラと笑ってドンと胸を叩いた。
「大丈夫! これでクライド妃からはお墨付きを貰っているし、ユリシーズからも強力な攻撃魔法教えてもらったから!」
「あっ、大丈夫だわ。寧ろ頼もしい」
「あのシゴキで生きてるなら頼もしいもんな」
「フィン! クナル! それでも女の子なんですよ!」
腕組みでGoサインの騎士二名を焦りながら止める王子様。やばい、クナルが人でなしに見えてきた。
そんなスティーブンに、星那は思い切り笑った。
「心配なら私を守ってね、王子様」
「! 分かり、ました。私も出ます」
「おいおい!」
意を決したスティーブン。だがこれに焦るのはフィンだ。思い切り苦笑いである。
「アンタ、めっちゃ弱いだろうよ!」
「物理はダメですが魔法は出来ます!」
「足の速い狼系がウロウロしてんだぞ!」
「私とて狼の端くれですよ!」
……なんか、面白いな。
「ふふっ、面白い。嫌いじゃないかも」
なんて笑っている隣の星那の手を握って、俺は彼女が守られるように祈る。俺にはこれしか出来ないから。
「来ます! 雪狼です!」
「!」
その報告に皆が気を引き締める。そしてクナルとフィンは部隊を率い、星那とスティーブンはその後を追いかけ。俺は全体が見える外壁の上に登って守って貰えるように祈りつつ、怪我をした人を連れて来て貰う事になった。