見晴らしのいい外壁から見える、白い毛並みの狼の群。ただの狼にしては体が数倍大きく、夜闇に目は爛々と光っている。唸り声は合わさって上まで聞こえてきた。
「来るぞ!」
クナルの声に討伐に出た皆が構える。その先頭に立ったのはクナルとフィンだ。
指輪から剣を取りだしたクナルの一刀は確実に巨大な白い狼の首を落とし、フィンの手からは真っ赤な炎が飛び出す。二人とも身が軽く、だが攻撃は素早く重い。瞬く間に数頭を屠った彼らの後を、他の者もついていく。
「凄い……」
こんな風に戦う姿を見た事はなかった。怖くて緊張して見ているのもハラハラするのに、クナルの雄姿がかっこよくて困る。
そんな中、別の方向から何か大きな影が近付いてきていた。狼達よりも大きくて、四つ足だけれどもっと重そうに走ってくる。
「熊だ!」
思わず叫ぶ。それに真っ先に反応したのは星那だった。
立ち上がったら四メートルはありそうな白い体毛の熊は星那を弾き飛ばす勢いで走ってくる。それに向かい合った星那を、俺は見ていられなくて目を瞑りそうだった。
でも、星那はとても軽く地を蹴ってその巨大熊よりも高く跳躍し、獲物を見失った熊の脳天に鋭い剣を突き立てたのだ。
「グォォォォォォォ!」
断末魔を上げて暴れる熊からサッと剣を引き抜いた星那は背後に立って手を前に構える。鋭く見据えて。
『ライトニングボム!』
白い世界に眩しいくらいの白い光を放つ球が熊めがけて放たれる。それは見事背中に当たり、熊は爆撃を食らったようになって倒れた。
「凄い……」
思わず呟いてしまう。俺が守ると思っていた妹はこんなに強くなったんだ。
「やるねぇ」
「流石クライド妃の秘蔵っ子だな。おっかない」
フィンが口笛を吹き、クナルは呆れる。スティーブンはほっと胸を撫で下ろしたが、直ぐにその耳が忙しく動いた。
「来た」
恐れたような声。そして次には地の果てから白い煙をまき散らした一団が迫って来るのが見えた。舞い上げた雪が土埃のようになっている。
それは狼にも見えたが、大きさなどがあまりに違った。白銀の毛に覆われた彼らは大きな口を開けたかと思えばそこから青白い玉を放つ。
「避けろ!」
クナルの声に素早く反応してその玉を皆が避けた。だが着弾した所は凍り付いている。
「フェンリルだ」
数にして四頭。うち一頭がかなり大きい。
「ウオォォォォォン」
遠吠えが響く。するとそれに共鳴するように風が出て雪が冷たく痛くなる。
「早めに片付けるぞフィン!」
「おうよ!」
クナルとフィンが走り寄っていく。その速度はかなり速くて、雪にも邪魔されて俺の目には見えない。でも、脇からも一頭近付いてきている。
「クナル危ない! 横!」
声を張り上げる。だが目の前に集中していた二人では対処が難しい。
俺は祈った。彼らを守る結界が張れれば。
でも予想以上にフェンリルの動きは速く、間に合わない。
だがクナルとフェンリルの間に小柄な影が入り込み、その目を狙って剣が突き込まれた。
「星那!」
いくら何でも無謀だ! 剣は確かにフェンリルの片目を潰した。だがそれで暴れる爪が星那を引き裂こうとしている。
「っ!」
動きたい。動かなきゃ! 思うのに足が竦む。高い城壁の上で俺は足が縫い付けられたみたいになっている。ただ、見ているしか!
けれどその爪を弾く人がいた。
『シールド!』
「!」
スティーブンが星那を庇うように背にし、魔法の盾で爪を弾く。更には星那を抱えると上手に着地し、フェンリル一頭と対峙したのだ。
「スティーブン!」
「大丈夫です、セナ様。貴方は私が守ります」
気が立っているのか尻尾はピンと立って、低く唸る彼の目は黒の森で見たものと似ている。でも、その目はこちらに向けられてはいない。
片目を潰されたフェンリルは怒り狂って前足を上げ、鋭い爪を振り下ろす。だがスティーブンはそれをやはりシールドで弾きながら魔力を込めていた。
とても強く、大きく。
『ボルトスピアー!』
瞬間、地面から空へと向かい雷が走った。それはフェンリルを串刺しにするような激しいもので、ドォォン! という音で地上が揺れる程だった。
貫かれたフェンリルは暴れたが、直ぐにバタリと倒れて動かなくなる。
これに、スティーブンはほっと息をついた。
「よかった」
そう言った彼はもう、怖い顔などしていなかった。
その頃にはクナルとフィンもそれぞれ一頭ずつを始末して、残り一頭は逃げていっていた。
「良かった……」
思わず呟きズルズルへたり込む。俺、何もしてないのに寿命が縮むかと思った。
仕留めた獲物を町の中に運び込むと、住人達が迎えてくれて傷の手当てや温かな飲み物を振る舞ってくれている。残りの人は解体を始めていた。
そんな中、星那とスティーブンを見つけて俺は足を止めた。
「大丈夫ですセナ様! このくらいはかすり傷で」
「私を庇ってできたんでしょ! いいから、一瞬だから!」
座らされたスティーブンは慌て、星那はまくし立てるように言っている。見れば彼の頬に薄らと傷があって、薄く血を流していた。
『ヒール』
星那が回復魔法を唱えるとそんな小さな傷は綺麗に消えてしまった。
手を腰に当てて溜息を付く星那をスティーブンは見つめ、申し訳なさそうな顔をしている。
「お手数をおかけしました」
「何言ってるのよ。かっこよかったわよ、スティーブン」
「!」
驚いて、でも徐々に彼の表情は解れていく。嬉しそうに。
「あそこ、なんか良い感じだな」
「クナル」
「いいねぇ、まだ冬だってのに春満開か?」
「フィン」
俺の肩に手を置いたクナルと、その横に立ったフィンがニヤニヤしている。
お兄ちゃんとしてはちょっと複雑でもあるけれど、見ていたら俺も少し同じ事を思った。まぁ、これは当人達にお任せだけれどね。
何にしても今回は大きな怪我もなく討伐出来た。これは、喜ぶべき事である。