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12話 北国から、愛をこめて(10)

§


 翌日、俺とクナルとオレグはフスハイムへ向かう事となった。

 鞄には昨夜狩られた狼と熊の肉が入れられた。鑑定したらしっかり可食だったことに驚きだ。


 冬の登山は大変だが、途中に山小屋があり結界も完備されているとの事。煮炊きもできるコテージらしい。それらを使い、三日の行程だ。


「お兄ぃ、本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。スティーブンさん、星那をお願いします」

「お任せください、トモマサ様。この身に代えてもお守りいたします」


 とても丁寧に腰を折り、胸の前に手を置く人をもう疑ったりはしなかった。


 ここからは登山という事で覚悟していたが、オレグによると移動手段があるとのこと。

 町を出て山の峰へと到着するとそこには、もふもふした大きな熊が小さな運転手の帽子を被り荷車に繋がれていた。

 昨日の熊よりは小さいけれど、動物園で見るようなものよりは大きい。何より目が穏やかでつぶらだ。


「こちら、ホワイトベアーと言いまして荷を引く為に改良された魔物です。気性は穏やかで力持ちで、山を登るのに重宝するのです」


 昨日の記憶が蘇りちょっと引く俺にオレグが説明をして荷車へと促す。四方をしっかりとした木材で作っている部分の足元はスキー板みたいに滑るようになっている。これが木材と革のベルトで熊に繋がっているんだ。


「さぁ、お乗り下さい」

 促され、ややおっかなびっくり乗り込む俺。でもクナルは落ち着いている。

 やがて熊はノソノソと緩やかな動きで山を登り始めた。


 予想に反して揺れないし、動きも速くない。馬車よりも安定している。

 大きな道をちゃんと通っていく熊の荷車には外を見るためののぞき穴があって、そこから俺は外を楽しんだ。

 黒い木は黒檀で、この辺りでは建材にも使われるそうだ。


 その後、幾つかのコテージに泊まりながら移動し、俺はこの荷運び用の熊とすっかり仲良くなった。

 レナウォンを出て三日目の午前中、俺達の目の前には立派な外壁に覆われた大きな都があった。


「わ……ぁ」


 圧倒される圧迫感に思わず声が漏れる。その声は真っ白くなって空中に霧散していった。

 隣に立つクナルも同じように見上げて、どこか不安そうな顔をする。手には力も入っているみたいで、俺はそっと触れた。

 そうだよな。怖いよな。クナルは今も自分が何処からきたのか分からない。それでもいいと言うけれど、未来は決めていると言うけれど、それとこれとは違うんだ。

 この先にクナルの知らない何かがあるかもしれない。知りたい事かもしれないし、知りたくない事かもしれない。得体の知れないものは誰だって怖いんだ。


「大丈夫」

「マサ」

「行こう」


 俺も、ここに来るまでに決めてきた。絶対にクナルの手を離さないって。

 ここで熊とはお別れで、互いに抱きついて別れを惜しみ「いつまでも元気でね」と声をかけて門を潜った。

 町並みはレナウォンとあまり変わらないけれど、強いて言えばしっかりと整地された町だ。大きな道を進むと広場があり、幾つかの区画へと広い道が分かれていく。

 俺達は真っ直ぐ一番大きな道を進んだ。その先に王城が見えている。


「綺麗な町並みですね」

「ありがとうございます。ベセクレイドに比べれば小さなものですが」

「そんな! 可愛らしい物語の町並みを見ているみたいで、幻想的で綺麗だと思います」


 この町全部が物語の中みたいなんだ。スノードームに入れて飾っておきたいくらい。

 これにオレグは照れたように笑う。嬉しそうに。この国の使者なんだから、当たり前か。

 ふと、クナルが気になった。周囲を見回し、耳も落ち着きなくあちこちを向いている。表情からも緊張が伝わってきた。


「何か、思い出しますかな?」

「え?」


 静かなオレグの問いかけに驚いた声を上げたクナルは再度辺りを見回し、曖昧に首を傾げてしまった。


「分からない。だが……なんだろうな。落ち着かない」

「左様でございますか」


 落胆のような、希望のような、そんな様子と声でオレグは俯く。

 目指す城はもう、目と鼻の先だった。


 フスハイム城は華美な装飾などのない、堅牢な城だった。どっしりとした丸い塔を四隅に配置し、それを繋ぐように壁がある。

 門が開くとエントランスがあって、正面には高く階段が続いている。深い緑色に金糸の絨毯が敷かれた豪華なエントランスだ。


「まずは謁見を。この先にございます」


 コートを着たままだったけれど、オレグはそのままでと言う。言われてみれば城で働く人も防寒具を着たままだ。


 大階段の両脇には見張りらしい人が立っている。オレグはそのまま階段を登り、俺達も促していく。軽く三十段以上はありそうな階段をくたびれながら登り終えると大きな扉があり、やはり人が立っている。その人に合図をすると、扉が重々しく開いた。


 階段と同じ、深い緑に金糸の絨毯は続いている。長い部屋は優美な柱が等間隔で立っていて、天井にはシャンデリアがある。数段高くなった所には三つの椅子があるが、今は一番中央の立派な椅子にだけ人がいる。


「陛下、ただ今戻りました」


 その人の前まで進み出たオレグが膝を折ったので、俺達は数歩下がった所で同じように膝を折って頭を下げた。

 間違いなく、今目の前にいる人がこの国の王様だ。


 どんな人なのだろう。怖い人でなければいいんだけれど。

 思い、頭を下げたままだった俺へと不意に誰かが近付いてくる。そしてそれは直ぐ目の前で止まった気がした。


「え?」

「頭をお上げください、聖人様」


 穏やかな、優しい声音で言われて思わず前を向くと予想以上に近い所にその人はいた。

 同じ獣種だからかもしれないけれど、似ている。癖の強い外ハネの白い髪に、目尻に皺のある薄青い瞳。顔立ちは穏やかそうで目尻も下がっているけれど、耳や髪の色、目の色はとても似ているように思えた。

 その人は俺を見てニッコリと微笑んでくれて、手を取って立ち上がらせてくれた。


「遠路遙々、我が娘の為に足を運んで頂き感謝いたします。フスハイム国王、フェレンツと申します」

「相沢智雅……マサです」

「マサ殿、ようこそフスハイムへ」


 目尻を下げて笑う人は穏やかだが、何処か疲れやつれても見える。それが少し心配になる。

 一人娘が倒れて、原因不明で寝込んでいるんだから当然だ。心労が溜まっているんだろう。

 それを証拠にちゃんと見れば顔色も悪いように思えた。

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