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12話 北国から、愛をこめて(11)

 その薄青い目がふと、俺の隣にいるクナルへと向けられ驚きに開かれた。


「そちらは」

「あの、俺の護衛騎士でクナルです」


 そこから先は出てこなかった。なんて説明したらいいか分からなかった。

 でもきっと、一番驚いているのはフェレンツ王なんだろう。薄青い目はずっとクナルへと注がれ、恐れたような、不安な空気がある。

 俺から離れた人は次に頭を下げたままのクナルの前へと向かい、肩に触れ、そっと顔を上げさせた。


「そんな! 君の名は、クナルと申すのだね?」

「はい」

「母は! 君の母君と父君は!」

「申し訳ありません。俺に、両親の記憶はありません」


 真っ直ぐに見据え、そう伝えたクナルを見てフェレンツ王は一際大きく目を見開く。肩にかけた手は今も離せないままだ。


「記憶が、ないのかい?」

「ありません。二十数年前にベセクレイド国レナウォン領の辺境伯に保護され、養子となり、今は騎士団に所属しています。それ以前の記憶はありません」


 はっきりとそう言ったクナルの意志は俺には伝わった。自分はあくまでベセクレイドの人間だと言ったんだ。

 でもクナルを見る王様の表情は今にも泣き出してしまいそうな程で、オレグも少し慌てて立ち上がり、王様の肩に手を触れた。


「陛下、ここでは」

「あっ、あぁ、そうだな。すまない、少し動揺してしまった。クナル殿、申し訳ない」

「いえ」

「よければ談話室へ案内しよう。娘の事など話したい」

「分かりました」


 誘われて、前を行くフェレンツ王はそれでもまだ動揺しているのか足元がおぼつかない。

 そして俺の隣にいるクナルは気を張り詰めている。

 硬く握る手に触れても、そこから力は抜けない感じがした。


 どうやらこの城はロの字型になっているようで、中央には中庭のようなものが作られている。

 俺達が案内された談話室はさっきまで居た謁見の間から一番離れた区画にある、私的な家族の場所なのだという。

 どうしてそんな場所に通されたのか少し疑問だったけれど、それは直ぐに分かる事になった。大きな暖炉にふかふかのソファー、温かなラグが敷かれた一室。その暖炉の側にある棚には写真サイズくらいの肖像画や家族絵が飾られている。その中の一つを手にし、フェレンツ王は俺達の座るソファーへと近付いた。


「これを、見てもらいたいんだ」

「あっ」


 そこに描かれていたのは、一組の夫婦。服装的に結婚式のものなのかもしれない。

 髪の長い凜とした女性は薄青い瞳をしている。そして彼女の座る椅子に片手を置いて温かく微笑む人を見て、俺は思わずクナルを見た。

 すごく、似ていたんだ。目鼻立ちなどの顔の作りが。


「私の、姉夫婦の婚礼の時のものだ」


 重く、疲れた声がする。その声にも反応せず、クナルは肖像画を見ている。あまり感情の見えない様子で。


「恋愛結婚でね、王族と貴族にしては珍しいが睦まじかった。直ぐに子も出来た。愛らしい子だったよ」

「王太子のルートヴィヒ様から伺いました。行方が分からないと」

「あぁ。探したのだがね……見つける事ができなかったのだよ」


 そう言って顔を覆った人は、純粋に人として悲しんでいる。そんな気がした。


「姉ブランシュから、内乱の中息子を置いておけない。一時的にでもベセクレイドへと逃れると密かに手紙があり、私もその方が良いと思って頷いた。だが全員が消えてしまった」

「……争いの、痕跡は?」

「争いではないが、魔物の痕跡と血痕が残っていた。だから魔物に襲われたと、結論づけられた」


 それでも敢えて「行方不明」としているのは、希望を捨てたくはなかったんだろう。まだ何処かで生きている可能性を、気持ちだけでも残しておきたかったんだろう。


「クナル、君の名は本名なのか」

「おそらく。服に縫い付けてあったそうです」

「……姉の子の名も、クナルだったのだ」


 僅かな希望を見つけ出したようなフェレンツ王に、クナルは暗い目をする。それを横で見ている俺は何かを言わなければと思うのに、声が出ない。クナルの気配が凄く重くて、潰されてしまいそうなくらいなんだ。


「クナル、君は義兄にもよく似ている。名も、保護された時の年齢も同じだ。君は!」

「だとしても、俺は今の国を出るつもりはありません」


 それは有無を言わさない、はっきりとした拒絶だった。

 フェレンツ王は言葉を失い、項垂れる。オレグもそれにオロオロしたが、王は慌てて笑い場をおさめとうよした。


「すまない! 確証もない事を言ってしまった。何より君にとってはベセクレイドの方が住み慣れた場所で、地位もある。戻ってきて欲しいなんて言うつもりはないよ」


 そう言いながら耳は下がってしまっている。俺の目には落胆したように見える。

 一方のクナルはずっと拒絶を示している。僅かに尻尾が逆立っている気がする。何より気配が凄く尖っている。


「それよりも姫様についてお伺いしたいのですが」

「あぁ、そうだね。今もまだ熱が下がらないまま、口もきけずにいる。意識もあるような、無いような状態でね。今もセニーエル様の回復と浄化がなければ容態が悪化してしまうのだ」

「セニーエル?」

「女神神殿フスハイム地方の大神官だ」

「!」


 クナルの押し殺した声に俺は驚きと共に心臓がギュッと絞られる思いがした。

 スティーブンの事、そして瑞華の事の影にはおそらく女神神殿やそこの大神官がいる。そしてシムルドが飲まされたエルダートレントの種も大神官なら手に入れる事が可能だという。

 厄災になりかねなかったこれらの事象に関わっている人達と、俺は直接的な接触は今のところない。でも、今回は覚悟しなければいけないんだ。


 硬くなった俺を見て、そして押し黙るクナルを見て、フェレンツ王は今日は休むよう言ってくれて客間を用意してくれた。

 二人でとお願いし、更に俺とクナルの耳飾りを見て王は驚きと共に頷いてそうしてくれた。


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