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第65話 キスはえっちか否か


 綾斗と秋紘に関係を打ち明けてから数週間。節度あるお付き合いを継続している湊と煉。

 しかし、スマホの画面を見つめて、煉が深刻な顔で言う。


「これ、あん時のだよな。メット被ってっからお前だって分かんねぇだろうけど····」

「うん。これ絶対怒られるよね」 

「だよな。綾斗から連絡来てねぇの?」

「まだ··だけど、すぐ来そうだよね」


 開かれたままになっている煉のスマホには、ネットニュースのページが表示されている。そこに掲載されていたのは、湊が煉の撮影を見学した日、つまりバイクで連れ去られた日の写真。

 煉のバイクに乗り、ギュッと背中に抱きつく湊。その後ろ姿を、おそらくファンが盗撮したものだろう。スキニーデニムに白いニットセーターを着た湊の後ろ姿など、当人たちが見ても女子にしか見えない。

 この後、軽く食事をして帰っただけなのだが、それを知る者はいない。2人は、内心相当焦っていた。


 あの日撮影した写真が雑誌の表紙を飾り、それがネットで話題になり発売日の翌日には大バズりしたのだ。なので、煉はこの数日ファンから逃げ回り、湊とも距離を置かざるを得なかった。

 活動名を“Ren”としている煉。ネット記事の見出しには『人気急上昇中のモデル・Ren 堂々の白昼デート』と書かれていた。記事では、湊を女性と決めつけ、煉の女遊びを匂わせるような内容が書かれている。

 所謂、スキャンダルというやつだ。そんな最中さなか、湊に会うのは極めてリスキーだった。


「もうネットですげぇ話題になってんだよな····」


 スマホでRenの公式SNSを見ながら、髪を掻き上げては流しと落ち着かない様子の煉。

 裏アカで煉をフォローし動向を監視している綾斗に、気づかれるのはもはや時間の問題だった。だから、リスクを犯してでも湊に会う必要があったのだ。


「むぅ····。これ、煉が女遊びしてるみたいに書かれてて嫌だな」

「それはしょうがねぇだろ。俺みたいなキャラじゃイメージ悪いコトも書かれんだよ」


 御曹司でルックスがよく、女にも金にも困らない。それに加えて、人前だからと変わらない普段通りの悪態をつく煉。Renのファン以外からは疎まれるような、我儘で傲慢なお坊ちゃんのイメージが強いのだ。

 湊はそこから脱却させたいと思っている。だが、イメージに沿った煉のカッコ良さも知っているだけに複雑だった。それに、自分だけに見せる優しさや甘さを、他の誰にも知られたくないと思う、湊の独占欲も働いていた。


「悪態つくのだけでもやめようよ。ファンサしろとまでは言わないけど、ツンツンしすぎじゃないかな····」

「ふーん。あっそ。俺が態度良くしていいんだな?」

「へ? そりゃ、態度が悪いよりはいいんじゃないかな」

「分かった。後悔すんなよ」


 拗ねた態度の煉に、湊は何の事やらと首を傾げた。

 そんな事よりも、湊は綾斗からの連絡が来ないかと、机に上体を預けてスマホの画面を睨みつけて唸る。それを、煉は隣の机に座って見下ろす。

 湊がくてっと頭を傾けた時、流れた髪から覗く耳に、キラッとシルバーが光った。


「着けてくれてんだ。お前これ、似合ってんな」


 先日、煉から贈られたイヤーカフ。着けていることに気づいた煉は、スッと手を伸ばし耳に触れた。


「んぁっ····」


 湊の甘い声に驚き、煉はパッと手を引く。


「あ··わりぃ」

「や、こっちこそ、ごめ、変な声··出ちゃ··て····」


 一瞬の静寂。場を取り繕うように、煉はツンとした態度で注意を促す。


「つぅかお前さ、ネックレスのコト忘れてねぇ? 蒼に贈ったもん、普段から身に着けんだったら気ぃ付けろよ」

「わ、分かってるよ。でも、煉に貰ったものだから、なるべく着けてたいなって····」


 湊は、顔を真っ赤にして俯いた。そんな湊を見て、煉はまた耳に手を伸ばしイヤーカフごと耳輪を撫でる。


「んじゃ、今度はにやるから、これはだけ着けろ」

「ンッ··うん、わかったから、そんな触れ方しないでよぉ」

「ムリ、可愛いもん。お前、耳めっちゃよえぇよな」

「やっ、んんっ··やだぁ····」


 湊の艶かしい声に耳を傾ける煉。もっと啼かせてみたいと、煉の心に火が灯り始めていた。


「なぁ、キスしよ」

「ぬぁっ、へっ!?」


 ガタッと席を立った湊。腕で口元を隠し、挙動不審になりながら煉を凝視する。


「ふはっ··。すげぇ、顔真っ赤」

「だ、だって、煉がえっちな事言うから····」

「えっちって··、キスしよって言っただけだろ。····もしかして、キスがえっちだと思ってんの?」

「ち、違うの?」


 煉は、少し悩んだ顔を見せ、座っていた椅子からひょいと降りて湊に迫る。

 それに対し、ジリジリと後退していく湊。背中が壁に触れ、逃げ道がなくなると強く目を閉じた。


 煉は、そっと湊の頬に触れる。ピクッと跳ねる湊。ギュッと固く瞑った湊の瞼に、煉はそぅっとキスをした。


「これもえっちか?」

「え、っと··、ううん。これくらいなら大丈夫」

「ふっ····ガキかよ」


 柔らかく笑う煉。湊が可愛くて仕方ないと、湊にまで伝わってしまうほど、愛おしいと顔に書いてあった。


「ぼ、僕は慣れてないんだもん! ねぇ··、煉はなんでキス上手いの? ····慣れてる··から?」

「お前を気持ちくしたいから。じゃ、ダメか?」


 湊の頬を掌で包んで、耳を支配する煉。これが煉の誤魔化しだと分かっているが、湊は甘い空気に流されてしまう。


「ひぅっ····だ、だめじゃない····」

「んじゃ、唇キュッてすんやめろ」


 煉は、湊の唇に親指を這わせる。そして、湊の力が抜けると、優しいキスから始めた。

 次第に激しさを増し、舌を絡め互いの唾液が混じり合う。熱い吐息を交わして、湊は腰が抜けてしまった。


「お前なぁ、毎回キスで腰抜かすなよ」

「ら、らってぇ····煉のべろちゅー、気持ちぃんだもん」

「ふーん。イッた?」


 へたり込んだ湊へ覆い被さるように、強く抱き締める煉。そのまま、湊の耳に唇を這わせながら聞いた。


「い··? ····ハッ! イイイ、イッてないよぉ! 煉のバカッ!! そんな意地悪言うんだったら、もう暫くキスしないからね!」

「やだよ。お前ともっとキスしてぇ」

「ひゃぅっ····だって煉、そうやって意地悪ばっかするんだもん。僕の心臓がもたないからダメ!」

「あっそ。んじゃ、当分俺からはシねぇかんな」


 煉は、拗ねた様子で湊にデコピンを食らわせる。


「いでっ····え、なんで? ねぇ、なんで?」


 理不尽な痛みを受け、湊の眉間に皺が寄る。さらに、煉の言葉の意図が分からず、額を両手で押さえキョトンとしている湊。

 煉は『自分で考えろ』と言ったが、鈍感な湊が気づく由などない。

 この後、湊は負のスパイラルに堕ちるのだが、それよりも先に、まずはスキャンダルの処理が最優先だ。


 案の定、綾斗から呼び出され、長々と説教をされた2人。今回は正体がバレていないけれど、いつバレるか分からないのだから重々注意しろと叱責された。

 特に、煉は言葉の責任をとるようにと、執拗いくらい同じ小言を繰り返された。何の事か分からない湊はひたすら謝り倒し、煉はふてぶてしく『気ぃつける』と多少の反省を見せた。



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