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第66話 煉の意地悪


 綾斗の説教からの帰り道、煉は話がしたいと言って湊を自宅へ誘う。そこはかとない不安が過ぎる湊。断ることなどできず、黙って煉のバイクに乗り込んだ。



 煉はいつも通り、湊を自室ではなく隣の部屋へ通す。2人並んでソファに座り、諏訪の入れた紅茶を飲むまでがルーティン。

 付き合い始めてからというもの、煉は気持ちを落ち着かせる為、この一連の流れを決して欠かさないようにしている。


「今更だけどさ、飯の準備とか大丈夫なのかよ」

「うん。維吹に連絡して頼んだから。それより、話って?」


 煉は、紅茶のカップをカチャリと丁寧に置き、静かに話し始めた。


「俺さ、そろそろ歯止めが利かねぇんだよ。お前に触れてっと、もっと先にって欲が抑えらんねぇの」

「先って····、キスより?」


 不安そうに煉を見上げる湊。煉は背もたれに腕を掛けて上体を湊へ向けた。そして、そっと湊の手をとり自分の胸に触れさせる。


「お前が俺の部屋に居るだけで、毎回こんなんになってんだよ」


 湊の掌に伝わる速い鼓動。ドクッドクッと強く脈打っているの感じた湊は、煉に連動して鼓動を速め顔を熱くしてしまう。


「お前に触れてっと、身体も熱くなるし色々シてぇ····。けど、今はキスもできねぇんだよなァ」


 煉は、ジトッと湊を見下ろす。


「そ、それは····」


 煉は慎重に言葉を選び、湊に誤解を与えないようにゆっくりと説明した。


「勘違いすんなよ。俺はお前の身体が目的なわけじゃねぇし、別にキスできなくてもお前と居てぇ」


 真面目な顔でそう言うと、クルッと半回転してソファへ膝を立て湊に跨る煉。


「だから、抱き締めんのとキス以外、お前がまだムリだっつぅんなら待つつもり。けど正直、それもいつまでもつか分かんねぇ。··し、ぶっちゃけお前のコト狙ってる奴多くて焦ってんだよ····」


 煉は、恥じらいを捨てて焦燥感を覗かせる。湊が交際を続けられないかもしれないと言い出した時、あれほど形に拘らなかった煉が、別れたくないと強く思ったのだ。

 湊にそれを伝えることはしないが、自分の心の変化に気づいた煉は、湧き上がる嫉妬や独占欲、湊の深みにハマッてゆく本能に振り回されていた。


 そんな事とは露知らず、時々見せる煉の弱音に湊は、きゅんきゅんと心臓が締め付けられるようなトキメキを感じていた。


「大丈夫だよ、煉。樹や仁くんに迫られてビックリはするけど、全然ドキドキしないもん」


 今度は、湊が煉の手を取り自分の胸へ当てる。頬を赤らめて湊の動向を窺う煉。

 湊は照れた様子で俯き、ポソポソと、それでいてしっかり煉へ想いを伝える。


「ほら、僕もドキドキしてるでしょ。こんなの、煉にだけだよ。だから、ね····僕も、キスより先··シたくないわけじゃない、から····」


 湊のあざとさに、グッと息をのんで赤面する煉。鼓動の高鳴りを隠そうと、そのまま身体を寄せて唇が触れる直前まで近づく。

 けれど、煉からはキスをしない。煉の言葉を思い出した湊は、ハッとして唇をキュッと結んだ。


「キス、してぇな」

「··っ。れ、煉のえっち····」


 精一杯の悪態をつく湊。可愛い以外の感想が出ない煉は、湊からキスをしてくるように煽り続ける。

 煉は熱を孕んだ視線で誘い、何度も寸止めをし、決して唇には触れない。煉の狙い通り、次第に湊が焦れてくる。


「も、やだ、煉····」

「お前が暫くしねぇって言ったんだろ。だから、俺からはシてやんねぇ」

「··い、意地悪····」


 涙ぐむ湊を無視して、煉は執拗く続ける。唇に触れそうな軌道だが、触れずに頬や耳へ吐息で熱を伝える煉。

 その度に、湊はキスを求める自分に気付かされた。


「煉··、キス、したい」

「ん、俺も」


 そう言うが、自分からはシない煉。堪りかねた湊は、煉の胸ぐらを掴んで引き寄せ、ついに自分からキスをしてしまった。


 勝ち誇った顔で湊を見つめる煉。細めた目に愛おしさがこもっている。

 小鳥が啄むようなキスしかできない湊。今度は、煉が焦れったくなり主導権を奪う。


「ンッ····」


 ゆくっりと舌を絡め、時々視線を交えて意志を探り合う。煉は湊の反応を窺いながら身体に触れてゆく。

 湊は、過剰に反応しないよう、煉に集中して呼吸を整える。が、どうしても過敏に反応してしまう。


 そんな愛らしい湊に興奮し、煉はキスを少しだけ激しくする。すると、湊はすぐに蕩けて腰を抜かしてしまった。

 そこで、すかさず煉は蕩けきった湊に訊ねる。極上の甘い声で、狡く強請るように····。


「キスより··もうちょい先、いっていいか?」

「····うん」


 湊の限界が来るまで、二人は互いの身体に触れ合った。まずは、湊に慣れさせること。煉は、焦らないよう理性を保ちながら、ゆっくりと関係を深るよう努めた。



 2人でソファベッドに寝転がり、肌を寄せ合い、煉は湊の頭を優しく撫でて、湊は夢現に。

 煉の指が湊のナカに収まるまではゆかず、煉のモノに触れるのが精一杯だった湊。それでも大きな進展だと、煉は満足そうに湊を抱き締めて愛でた。

 恥ずかしさで涙を滲ませていた湊は、存外甘い煉に驚くばかり。その心地良さに酔いしれていた。


(次はもう少し先まで、煉と触れ合えたらいいな。それに、いつかは····)


 表情をとろんと緩め、煉の腕の中で睡魔と戦う湊。


(眠そ····。くっそ可愛いな。あー…やべぇ····俺、いつまで耐えれっかなぁ)


 落ちそうな瞼を必死に持ち上げる湊を見て、煉は小さな溜め息を漏らした。そして、おもむろに先の話本題について話し始める。


「夢だと思って聞いてていいからな」

「んぇ? ··うん」


 パチッと開いた目は、すぐにまたウトウトと上下する。


「俺、近々1人暮らしすっから。んで、お前に鍵やる。だから··さ、いつでもいいから来れる時は来いよ」

「何それぇ····ハハ、それって半同棲みた··──」


 ぼんやりと聞いていた湊。夢心地で現実と区別がついていなかった。けれど、脳裏に流れる煉の言葉で我に返る。

 湊はガバッと起き上がり、涼しい顔で言ってのけた煉の顔を見て叫ぶ。


「えぇぇええぇぇぇぇえっ!!? ど、どこからツッコんだらいいの!?」

「さっき思っただけだからな。あー··ってなると嵐が最難関か。めんどくせぇな」

「いやいやいや! 1人暮しなんてできるの? 家事なんてやった事ないでしょ? 諏訪さんもメイドさんもなしでなんて無謀だよ。それに····」


 煉は、人差し指を湊の唇に当てて黙らせる。


 「すげぇ勢いで喋んなぁ。心配しすぎだっつの。家事なんかどうにでもなんだろ。ンな心配だったらお前が教えろよ」

 「か、簡単に言ってくれるんだから····」


 湊は困り眉毛で眉間に皺を寄せ、キスで誤魔化してしまう煉へ溜め息を吐いた。



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