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第67話 初めてのコトだから


 煉の安易な思考に溜め息を漏らす湊。だが、煉に家事を教えるのも悪くないと、思い心は少しだけ躍る。

 ワクワクが漏れている湊を見て、煉はすぐにでも引っ越さなければと急く。が、まずは嵐の説得をしなければならない。煉は、怠そうに小さな溜め息を漏らした。


「そうだ、今度嵐にお前のコトちゃんと紹介するわ。アイツが帰ってきたら連絡すっから、都合が合ったら来いよ」

「う····緊張するなぁ」


 嵐に話さなければならない事が山の様にある。2人は顔を見合わせて、困ったように小さく笑った。


「あ、もうこんな時間。そろそろ··帰るね」

「ん、送るわ」


 そう言って、バイクの鍵を手にする煉。湊は、一足先に扉へ向かう。


(煉に送ってもらって、いつもの公園で別れ際にキスして、1人で家に帰る。いつもの事なのに、今日はいつもより寂しいや。なんでだろ。もっと、煉と居たいな····)


 扉の前で立ち止まる湊。立ち尽くし、俯いて固まる湊の寂しそうな背中を見て、煉は気持ちが昂ってしまった。

 湊の肩を掴んだ煉は、振り向かせて扉へ追い込む。ガタッと扉に背中を打ちつける湊。


「んわっ」


 煉は湊をきつく抱き締め、グッと理性を立たせて言う。


「ンな寂しそうにすんな。帰したくなくなるだろ」


 数秒後、煉の言葉の意味を理解した湊は、赤面し『ごめん』と謝って煉の腕から抜け出た。

 そして、湊の想定通り、いつもの公園で別れのキスをする。だが、今日はいつもよりも少し長く、唇が離れるのを惜しむ2人。


「また明日、学校でね」

「ん。お前、明日は打ち合わせだろ? 放課後会えねぇから····」


 そう言って、煉は明日の分だと再び唇を重ねた。


 湊は、初のテレビ出演を明後日に控えていた。明日は、その打ち合わせとリハーサルでスケジュールが詰まっている。

 浮かれてばかりはいられない湊。煉の応援を胸に、湊は帰路についた。



***



 某テレビ局の楽屋。流石の秋紘も、今日は遅刻をせずに来た。と言っても、綾斗が引きずるように連れて来ただけなのだが。

 尚弥と湊は、時間いっぱい振り付けの確認をする。緊張を誤魔化そうと必死だ。


「なーんかさ、綾斗まで緊張してない? 空気ピリついててしんどいんですけどぉ」

「流石にちょっとね。アキは緊張しないの?」

「緊張してもしょーがないじゃん。つぅか今日って収録でしょ? 配信なんていつも生でやってんじゃん」


 秋紘の言葉に、3人は顔を見合わせる。確かに、生配信のほうが失敗は許されない。そう思うと、少しは気が楽になった3人。

 けれど、やはり全く緊張をしないわけではない。


「だからぁ、皆身構えすぎだっての。折角なんだし楽しまなきゃ損だよ〜」


 飄々と、いつもの姿勢を崩さない秋紘。綾斗は、そんな秋紘を見て呆れたように笑う。


「確かにそうだね。これが最初で最後じゃないんだ。どうせなら楽しみたいね」

「まぁ、そうなんだけどさ。アキくんは単純でいいよね。湊なんて··、見て見なよ」


 尚弥は、視線をチラッと湊へやって言った。

 お茶のペットボトルも開けられないほど、手が震えて緊張している湊。浮かべた笑みもぎこちない。


 見かねた秋紘は湊へ歩み寄り、ガバッと肩を組んで元気づけた。


「収録だからいつもよかギャラリー少ないじゃん。可愛い声援ちっさいとか寂しいんだよね〜。オレ、めっちゃキャーキャー言われたい派だから」


 愛想笑いしか返せない湊。そんな湊の頬を指で摘まみ、困り顔を作って秋紘は言う。


「だからさ、客少ないぶん女性スタッフ全員キャーキャー言わせればいいんじゃねって思ったわけよ」


 一転して、真面目な顔を見せる秋紘。本気なのか真剣にフザケているのか、綾斗ですら分からない。


「湊はさ、誰にパフォーマンス見せたい? ちな、オレは全女子ね」


 誰に見せたいか。湊の頭に過ったのは、家族と煉の顔だった。ついでに樹もちょろっと。


「あはは。秋紘くんは目標がいつも大きいよね」


 ふわっと目を細めて笑う湊。それを見た綾斗と尚弥は、いつも通り秋紘をディスって場を和ませる。


「全女子は譲れないなぁ。俺だって、沢山の女性を魅了したいんだからね」

「なんかさ、アキくんが言うと犯罪臭がするんだよね。下心しか見えない」


 2人の辛辣な言葉に、ギャーギャー喚いて反論する秋紘。見慣れた光景に、湊は一層安心した。



 いざ本番を迎えると緊張など何処へやら、ステージに上がるように凛とした姿勢でスタジオへ入るサルバテラの4人。端麗な容姿に、数人のスタッフは早くも目を奪われる。


「現在、人気急上昇! SNSで話題沸騰の人気アイドルグループが地上波初登場! それでは登場していただきましょう。サルバテラの皆さんでーす」


 MCの紹介に合わせ、特設ステージへ上がる4人。ステージの前では、抽選で選ばれた50人ほどのファンが待ち構えていた。

 ファンは、サルバテラの登場と同時に歓声を上げる。が、綾斗は静まるのを待たず、ライブと同様の自己紹介を始める。


 自己紹介を終え、MCが曲の紹介をする。その間に、メンバーはそれぞれの立ち位置へ。


 ステージが暗転し、デビュー曲のイントロが流れる。1人1人を順に、イメージカラーのライトが照らした。そして、メンバー同士でアイコンタクトを取りながらサビを歌いあげる。

 2曲目からのダンスナンバーでは、湊と尚弥が練習の成果を存分に発揮した。ライブよりも完成度の高いダンスに、ファンは大歓声をあげて盛り上がる。

 いよいよ最後の曲。放送日が発売日である新曲は、これまでにないロックな曲調。湊は、煉からインスパイアされたイメージを思い浮かべて歌い踊る。



 NGを出すこともなく、初のテレビ出演は無事に成功を収めた。

 新曲はファンからのウケもよく、発売日にはSNSで『サルバテラ』がトレンドに上がるほど話題になった。



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