目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第68話 リスケしなくちゃね


 好評だったテレビ出演を終え、サルバテラの知名度と人気はさらに急上昇。湊は、レッスンにレコーディング、ライブや学業にと多忙を極めていた。

 それはそれは、煉に会う余暇もないほどに。



 今日も今日とて、年末に発売されるアルバムのレコーディングの為、放課後はスタジオへ駆け込む湊。ホームルームが長引き、ギリギリになってしまったのだ。

 忙しさの中にも充実感はある。けれど、身体は知らず知らずのうちに疲れを溜め込んでいた。

 顔色の優れない湊へ、レコーディングを終えたメンバーが心配そうに声を掛ける。


「湊、最近ちゃんと休めてる? 体調悪くなってない?」

「ナオくん、ありがと。僕は大丈夫だよ! 皆だって同じスケジュールこなしてるんだから、僕だって頑張らなくちゃ」


 胸の前でグッと拳を握って、気合いを入れる素振りを見せる湊。


「まーた湊はぁ~。そうやって頑張らなくちゃとか言うの、湊はダメだって言ってんでしょーが」

「そうだよ。湊はアキくんと違って頑張り過ぎちゃうから心配だよ」

「そうそ。湊はオレと違って──··え?」

「そうだね。仕事以外でも、僕たちでサポートできる事はするから、ちゃんと頼るんだよ?」


 以前に比べれば、いくらか他人を頼れるようになった湊。だが、手を抜くのも甘えるのも、まだまだ下手くそで抱え込んでしまう。

 そんな湊を案じ、綾斗はスケジュールを詰め込む社長に直談判をすることにした。



 社長室のドアを、3回ノックする綾斗。名乗って入室の許可を待つが応答はない。

 もう一度ノックをして数秒待つ。が、勝手についてきた秋紘が痺れを切らし、無断でドアを開けてしまう。


「しゃっちょ~、入るよー」


 部屋を見回すが、もぬけの殻で誰も居ない。190cmほどあろうかという、図体のデカい社長が隠れられるスペースなどもない。


「おかしいな。この時間はいつも居るのに」


 綾斗は、指を唇に当てて不審がる。


「コンビニ行ってんじゃない? 社長、最近コンビニのスイーツにハマってるとか言ってたし」


 取っ組み合うほど馬の合わない秋紘と社長。だが、事務所に所属するタレントの中では、誰より社長の事を知っているのは秋紘だった。

 秋紘の予想通り、社長は向かいのコンビニへスイーツを買いに行っていた。10分ほどで戻った社長は、社長の椅子に座りクルクル回っている秋紘へチョコバナナのミニクレープを投げつける。


「なんでお前がそこ座ってんだよ。それ持ってさっさと出てけ」

「やーだよ〜」


 クレープの袋を受け止め、早速それを開けながらあっかんべーをして反抗する秋紘。胡散臭いボディービルダーの様な風貌の社長は、ぐぬぬと歯を食いしばる。


「社長、お疲れ様です。実は、大切な話があって来たんですけど、お時間よろしいですよね?」

「あぁ、綾斗。お前は圧凄いな。なんか怒ってる?」


 にっこりと笑みを浮かべて訊ねるも、その笑顔に下にある怒りを隠しきれていない。そんな綾斗に、飄々とした口調で返す社長だがどう見ても怯えている。


「怒ってませんよ。ただ、ちょっとお願いがありまして」

「お前怖ぇよ····。あ、そうだ! それより綾斗さぁ、もうちょっと秋紘の躾ちゃんとしてくれよ。各方面から地味にクレーム来てんだけど」

「あはは、アレは一生どうにもなりませんよ。ご自分でどうにかしてください。そんな事より──」


 綾斗は、最近のスケジュールについて苦言を呈した。プライベートでも忙しい湊に限らず、そもそも仕事を詰め込みすぎだと伝える。

 渋い顔で反論する社長。今この波に乗れなかったら、鰻登りの人気も止まってしまうと言う。

 それに対し綾斗は、身体が資本であり、健康でこそ良いパフォーマンスができるのだとド正論をかます。


 綾斗の圧に負けた社長は、今後のスケジュールの調整を約束させられた。静かに怒気を漂わせる綾斗は、言うまでもなく恐ろしいのだ。

 満足した綾斗は、コンビニの袋を漁る秋紘の襟を引いて退出した。




 数日後、湊は組み直されたスケジュールを綾斗から受け取った。そして、久しぶりにできた休日を満喫している。


 マスクと帽子をかぶって変装し、いつも通り正体を隠して街をブラつく。が、正体がバレやしないかと、挙動不審になる湊。

 そんな湊との待ち合わせ場所へ、サングラスのみの変装で堂々と闊歩する煉。行き交う女性は、煉の隠しきれないオーラに惹かれ振り向く。


 先に待ち合わせ場所へ到着したのは湊。キョドキョドと辺りを見回し煉を探す。すると、少し離れた所がざわざわと騒がしくなってきた。嫌な予感で湊の胸がザワつく。

 案の定、そのざわめきの中心には煉が居た。どんどん近づいてくる煉。ツカツカと目の前に現れた煉は、サングラスを少しズラして顔を見せると、嬉しそうに『よぅ』と挨拶をした。


「『よぅ』じゃないよ。バカなの? なんでこんな目立ってんの?」

「あ? こんくらいだったらマシなほうだろ」


 感覚のズレとは恐ろしいもので、煉にとってはこれでも静かなほうらしい。


「これでマシとかマジで言ってんの? 注目されすぎて動けないよ!」

「お前は隠しすぎだろ」

「だって、こないだ外歩いてたらファンの人に見つかっちゃって大変だったんだもん。そうだ! ライブに来る時くらいの変装しなよ。そしたら注目されないでしょ」


 ぱぁっと明るい表情を見せる湊だが、顔を隠している所為で煉には伝わらない。


「バカじゃねぇ? あんなカッコで好きな奴とデートできっかよ」


 しれっと言う煉に、湊はきゅんと心臓を鷲掴みにされた。


「と、とりあえず、ここじゃ目立つからどこかお店に入ろうよ」

「だな。個室のがいいだろ? 近くにイイ店あっからソコ行くぞ」


 そう言って、煉は湊の手を握った。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?