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第69話 逃避行にも似たデート


 近くにイイ店があるからと言って、煉は湊の手を握った。


「あ、うん。え、待って。手繋ぐの?」

「ったり前だろ。デートだもんな」


(もう····“節度のお付き合い”はどうしたんだよぅ····)


 そう思いつつも、手を振り解けない湊。どこかはしゃいでいる様子の煉を、ガッカリさせたくないと思ったのだ。


「よし、走んぞ」

「えっ?」


 突如走り始めた煉に引かれ、湊は懸命について行く。撒く為とはいえ、これがデートなのかと思う湊。

 けれど、煉が時々楽しそうに振り向いて、湊へ『平気か?』『まだいけっか?』と聞く度、湊の認識は変わってゆく。徐々に、これも自分たちらしくていいかと思えるようになったのだ。


 俯いて顔を隠し息を切らせながら、煉の言う店へ向かう湊。取り巻いていた人を撒ききって、ようやく徒歩と呼べる速度に変わった。

 道中、賑わう街の巨大スクリーンでは、サルバテラの新曲が何度も繰り返し流れている。2人は、群衆に紛れそれを見上げる。


「蒼、かっけぇな」

新曲アレは煉のおかげだよ」


 そう言って、タタッと煉へ歩みを寄せる湊。肩をピタッとくっつける湊に、煉は何も言わず前を見て頬を染めた。


 人混みを行くと、新曲のPVを見た人の声が嫌でも耳に入ってくる。嬉しい声に紛れ、湊が好まない軽薄な言葉まで。

 交流会や握手会で聞こえてくる、ファン達の『付き合いたい』や『抱かれたい』という声。ファンは大切にしたい。けれど、そこに邪な感情が乗る事に嫌悪感を抱いてしまう湊。

 だからこそ湊は、そうではなかった煉に惹かれたのだ。


「おい、俯いてんなよ。普通にしてろ。蒼の良さは俺がちゃんと知ってっから。··あと、お前は誰にもやらねぇ」


 そう言って、煉は湊の手をぎゅっと握り歩みを速めた。



 細い路地へ入った所にある、高級感漂うカフェへ入る2人。おかしな造りで、個室の様に隔絶されたテーブル席がいくつもある。

 洒落た雰囲気のカフェなのだが、見える限り人は疎らにしか居ない。いかにも、お忍びデート用の店だ。


 入り口さえ塞ぐように置かれた、背の高い観葉植物。それに身をひそめながら、甘いカフェオレを飲む湊。時々、煉が注文した大きなパフェを貰いながら、今日の予定を話し合う。


「ね、ドコ行くにしてもさ、マスクくらいしようよ。絶対すぐRenだってバレるよ? それに、煉はマスクしててもカッコイイから····」


 ごにょごにょと言葉尻を誤魔化す湊。煉は、上機嫌にパフェを一口頬張って言う。


「んじゃ、まずコンビニ行ってマスク買うか」

「あ、それなら大丈夫だよ。僕、予備のマスク持ってるからあげる」


 そう言って、湊は鞄から取り出したマスクを煉へ手渡す。が、受け取ったマスクを見つめて不満そうな顔を見せる煉。


「なんでお前の白なのに、俺のは黒なんだよ」

「だって、黒のほうがカッコイイなって····」

「予備じゃなくて俺用かよ」


 万が一、煉がマスクを忘れたら渡そうと、下心を潜ませて持ってきたのだ。そんな下心を煉に怒られないかと、不安そうに上目遣いで煉の様子を窺う湊。

 どんな湊の不安に反して、煉はふわっと笑った。けれど、マスクを眺めながら、煉はポツリと本音を漏らす。


「覚悟はしてたけどさ、隠れて付き合うのって窮屈だな」

「そう、だね。····嫌になった?」


 湊は、ストローを口先に咥えながら、また不安そうに煉を見上げる。そして、煉は鼻で笑って湊の不安を消し飛ばす。


「なんねーよ。堂々と手繋いで歩くんもイイんだろうけど、俺らだけの秘密って感じすんじゃん? そっちのが燃えるわ」


 と、不敵な笑みを浮かべる煉。湊は、それに胸が高鳴ったのを隠す様に、知っているのは自分たちだけじゃないと素っ気なく返す。が、そんなもの知った事ではないと、煉はパフェを湊の口へ運び黙らせた。

 湊の口端に付いたクリームを、煉は指で拭ってそれを舐める。湊は、恥ずかしさと周囲への警戒心から、わなわなと唇を尖らせ、小さな声で煉を咎めた。


「誰かに見られたらどうするのさ!?」

「見られねぇようにこの店ここ来たんだろ。つぅかお前はビビり過ぎなんだよ。キョドってっと余計目立つって言ってんだろ」


 性格が真逆に近い2人は、こうしてよくぶつかり合う。だが、煉の奔放さに負けて、いつも湊が折れてしまうのだ。今回も例外なく、煉の主張を受け入れる湊。

 確かに、挙動不審で無駄に目立っているという自覚があった湊は、いっそ煉の様に開き直ってしまおうと腹を括った。

 煉の自信過剰気味な言動が、湊を大胆にさせる要因になっているのだと、煉は気づいていない。けれど、湊はそうではなかった。煉の堂々たる振る舞いや発言に、見習うべき自分の弱さを感じていた。

 だからこそ、湊は煉と居る時、普段のネガティブさから少しずつ脱却していこうという勇気を奮い立たせているのだ。


「僕、煉みたいに強くなりたい」

「へぇ。そりゃどうも光栄で」


 パフェを食べながら聞き流す煉。


「そしたら、僕から手を繋いだり、キ··キスもできるのかなって」

「··っ、ごふっ··ごほっごほっ····」

「わぁっ、煉、大丈夫?」


 湊の言葉に動揺して噎せる煉。


「けほっ····お前··、ホントそういとこ····」

「ん?」


 キョトンとする湊に、何から説明すればいいのか分からなくなった煉は、一旦全てを諦めることにした。



 店を出た2人は、普通に手を繋いで歩く。このまま、通りへ出ても繋いでいていいのだろうか。湊は、ドキドキしながらそんな事ばかり考えていた。

 けれど、湊の憂慮など他所に通りへ出る直前、煉は建物の陰へ湊を引っ張り寄せて隠す。そして、煉はマスク越しに湊へキスをした。驚きのあまり腰を抜かす湊。煉は咄嗟に湊の腰を受け止める。

 それらは、ほんの一瞬の出来事なのに、湊は時が止まったように感じていた。ハッと我に返った湊は、煉を力一杯突き飛ばす。


「こ、こんな所で何考えてるの!?」


 湊は、キョロキョロと当たりを見回し小さく怒鳴った。


「····はぁ。もう我慢できねぇ。お前がさっさと慣れろ。今度はマスク無しですっからな」


 そう言い残し、煉は力一杯湊を抱き締めた。煉の腕の中で、湊はマスク越しにそっと唇へ指を運ぶ。


「煉のキス、えっちなんだもん。慣れるわけないよ····」


 と、湊は煉に聞かれないほど小さく呟いた。



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