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第71話 もしかしてここは····


 薄暗さを利用してイチャイチャを満喫した2人は、サメのキーホルダーをお揃いで買って水族館を後にした。


 近くにあった公園のベンチで、2人はキーホルダーを開封した。サメの猛々しさを削いだ、可愛らしく丸いフォルム。実は鈴になっていて、チリンリチンと小さな音が鳴る。

 煉はそれをバイクの鍵につけ、湊は自宅の鍵につけた。つけたキーホルダーを見せ合って笑う2人。お互いマスクの下の笑顔が見えているかの様に、2人は幸せに包まれていた。



 煉のバイクは好みに合わせてカスタムされている。ファンの間ではあまりに有名で、それを頼りに居場所を悟られるほど。

 なので、煉は例の記事が出てからバイクをもう一台買っていた。それは、湊専用のバイク。

 当の湊は、嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な心境だった。一人暮らしを目指す煉の、最大の問題は金遣いの荒さなのだ。


 けれど、気兼ねなく煉の後ろに乗ることができるのだと思うと、胸躍らずにはいられなかった。


「次、ドコ行く?」

「煉は行きたい所とかないの?」


 煉は少し考えて、ひとつだけあると言った。湊は行き先を聞かず、煉の後ろに跨りしっかりと抱きつく。


 何も言わずにバイクを走らせる煉。30分ほど走り、着いたのはとあるタワーマンションだった。


「煉、もしかして····」

「第一候補、な」

「やっぱり····」


 第一候補と言いつつ、ここを気に入り他はまだ見ていない煉。それを聞き、ここでほぼ決まりなのだろうと湊は直感した。


「中、見てみるか?」

「えっ、いいの?」


 所有者オーナーは諏訪の知人なので、ある程度の融通が利くらしい。厄介なのは、オーナーが諏訪の元恋人だということ。あまり円満な別れ方をしなかったらしい。既に諏訪の中では終わった事だが、相手は未だに諏訪へ想いを寄せているのだとか。


「よくそれで話が進んだね」

諏訪アイツん中では終わってるからだろ。諏訪はそういう奴なんだよ」

「へぇ。なんか、大人って感じだね」

「は? 何言ってんだよ。相手の気持ちも汲み取れねぇ、ガキよりガキだろ」


 そう言った煉が、湊にはえらく大人びて見えた。


 連れられるまま、湊は煉の後ろについてマンションへ入る。

 だだっ広いエントランスホールを抜けると、高級感溢れるカフェラウンジがあった。テーブルとソファ、ソフトドリンクのサーバーやエスプレッソマシンなどが置かれている。床はおそらく大理石だろうと、湊は踏むのを躊躇してしまう。


「何してんだよ。早く部屋行くぞ」


 煉はエレベーターホールへ向かいながら、立ち竦んでいる湊を呼ぶ。


「あ、うん!」


 慌てて駆けていく湊。煉の背中を追い、エレベーターに駆け込んだ。


「もう、置いていかないでよ」

「ンならちゃんとついて来い」


 そう言いながら、煉は目的階のボタンを押した。それを見た湊は仰天する。


「52階!?」

「あぁ、最上階が良かったんだけどな。上はプールやらラウンジやらパーティールームやら、しょうもねぇのがついてて部屋じゃねぇんだとよ」


 しれっと言う煉。湊は完全に言葉を失ってしまった。


 大きな数字を追うランプ。それを呆然と眺める湊。数分後、到着を報せるアナウンスと共にドアが開いた。

 まるで高級ホテルの様な、シックで落ち着いた雰囲気の廊下。ワンフロアにたった3部屋しかない。煉が案内したのは最奥の部屋。エントランスで受け取ったカードキーをかざすと、ピッと電子ロックの解除される音が響いた。


「う、わぁ····」


 8畳はありそうな部屋が3つ並び、広くて長い廊下の先にはリビングが。部屋の反対側には、お洒落なパウダールームと浴室、その隣には扉を開けると自動で蓋が開くトイレ。

 廊下の突き当たりにある扉を開けると、左手には無駄に広いダイニングキッチン、右手には15畳はありそうなリビングが広がっていた。さらにその向こうには、街が一望できるバルコニー。テントが張れそうなほど広い。


「どうだ? いいだろ?」

「すっごいね! 何ここ、ホテルなの? こんな広い部屋で1人暮らしなんて贅沢過ぎじゃない?」


 はしゃぐ湊にご満悦な煉。窓を開け、バルコニーへ出ようとする湊を、煉は後ろから抱き締めて止めた。


「わっ··」

「いつか、お前と住みたい」


 体中の血が沸き立つように、湊は肩から耳まで熱く赤らんだ。それはまるで、プロポーズの様ではないかと、湊の心臓は天井を知らず高鳴り続けた。


 湊は、煉の腕にそっと手を添え、深呼吸をして答える。


「それって、あの··、煉··?」


 戸惑う湊。煉もまた、耳まで赤くして湊の言葉を待っていた。


「嫌か?」

「嫌··じゃないよ。そうじゃない、けど··、び、ビックリしちゃって····」


 ゴクッと息をのみ込み、湊は『いつかね』と声を絞り出した。湊の答えに、安心した煉は肩の力が抜ける。


「はぁー··。まぁ“いつか”でいいわ。お前が嫌だつったら監禁するとこだったけどな」

「え、何怖い事言ってんの?」

「バーカ。冗談だよ」

「当然だよ」


 2人は笑い合って、リビングのド真ん中に腰を下ろし、グルッと部屋を見回す。


「やっぱ狭いな」

「そりゃ煉の家に比べればね。でもね、一般的に考えて、2人で住んでも広すぎるくらいだよ?」

「そうなのか? 風呂なんか俺ん家のクローゼットよか狭かったぞ?」

「あれでも広いほうなの! 煉はさ、まず一般常識から学ばないとだね」

「はぁ~、だりぃ~」


 煉は、湊のお小言に嫌気がさし、その場に寝転がってしまった。


「ところでさ、ここの家賃っていくらくらいなの?」

「あー··っと、40万くらいだっけ? 安い方なんじゃねぇの?」


 眉間に皺を寄せ、開いた口が塞がらない湊。


「バ······バカじゃないの? そんなお金、どこから出るんだよ····」

「モデルの給料で何とかなんだろ。足りねぇ分は嵐に任せる」


 なんとも簡単に言ってのける煉。湊は、先が思いやられるとばかりに頭を抱えてしまった。



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