薄暗さを利用してイチャイチャを満喫した2人は、サメのキーホルダーをお揃いで買って水族館を後にした。
近くにあった公園のベンチで、2人はキーホルダーを開封した。サメの猛々しさを削いだ、可愛らしく丸いフォルム。実は鈴になっていて、チリンリチンと小さな音が鳴る。
煉はそれをバイクの鍵につけ、湊は自宅の鍵につけた。つけたキーホルダーを見せ合って笑う2人。お互いマスクの下の笑顔が見えているかの様に、2人は幸せに包まれていた。
煉のバイクは好みに合わせてカスタムされている。ファンの間ではあまりに有名で、それを頼りに居場所を悟られるほど。
なので、煉は例の記事が出てからバイクをもう一台買っていた。それは、湊専用のバイク。
当の湊は、嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な心境だった。一人暮らしを目指す煉の、最大の問題は金遣いの荒さなのだ。
けれど、気兼ねなく煉の後ろに乗ることができるのだと思うと、胸躍らずにはいられなかった。
「次、ドコ行く?」
「煉は行きたい所とかないの?」
煉は少し考えて、ひとつだけあると言った。湊は行き先を聞かず、煉の後ろに跨りしっかりと抱きつく。
何も言わずにバイクを走らせる煉。30分ほど走り、着いたのはとあるタワーマンションだった。
「煉、もしかして····」
「第一候補、な」
「やっぱり····」
第一候補と言いつつ、ここを気に入り他はまだ見ていない煉。それを聞き、ここでほぼ決まりなのだろうと湊は直感した。
「中、見てみるか?」
「えっ、いいの?」
「よくそれで話が進んだね」
「
「へぇ。なんか、大人って感じだね」
「は? 何言ってんだよ。相手の気持ちも汲み取れねぇ、ガキよりガキだろ」
そう言った煉が、湊にはえらく大人びて見えた。
連れられるまま、湊は煉の後ろについてマンションへ入る。
だだっ広いエントランスホールを抜けると、高級感溢れるカフェラウンジがあった。テーブルとソファ、ソフトドリンクのサーバーやエスプレッソマシンなどが置かれている。床はおそらく大理石だろうと、湊は踏むのを躊躇してしまう。
「何してんだよ。早く部屋行くぞ」
煉はエレベーターホールへ向かいながら、立ち竦んでいる湊を呼ぶ。
「あ、うん!」
慌てて駆けていく湊。煉の背中を追い、エレベーターに駆け込んだ。
「もう、置いていかないでよ」
「ンならちゃんとついて来い」
そう言いながら、煉は目的階のボタンを押した。それを見た湊は仰天する。
「52階!?」
「あぁ、最上階が良かったんだけどな。上はプールやらラウンジやらパーティールームやら、しょうもねぇのがついてて部屋じゃねぇんだとよ」
しれっと言う煉。湊は完全に言葉を失ってしまった。
大きな数字を追うランプ。それを呆然と眺める湊。数分後、到着を報せるアナウンスと共にドアが開いた。
まるで高級ホテルの様な、シックで落ち着いた雰囲気の廊下。ワンフロアにたった3部屋しかない。煉が案内したのは最奥の部屋。エントランスで受け取ったカードキーをかざすと、ピッと電子ロックの解除される音が響いた。
「う、わぁ····」
8畳はありそうな部屋が3つ並び、広くて長い廊下の先にはリビングが。部屋の反対側には、お洒落なパウダールームと浴室、その隣には扉を開けると自動で蓋が開くトイレ。
廊下の突き当たりにある扉を開けると、左手には無駄に広いダイニングキッチン、右手には15畳はありそうなリビングが広がっていた。さらにその向こうには、街が一望できるバルコニー。テントが張れそうなほど広い。
「どうだ? いいだろ?」
「すっごいね! 何ここ、ホテルなの? こんな広い部屋で1人暮らしなんて贅沢過ぎじゃない?」
はしゃぐ湊にご満悦な煉。窓を開け、バルコニーへ出ようとする湊を、煉は後ろから抱き締めて止めた。
「わっ··」
「いつか、お前と住みたい」
体中の血が沸き立つように、湊は肩から耳まで熱く赤らんだ。それはまるで、プロポーズの様ではないかと、湊の心臓は天井を知らず高鳴り続けた。
湊は、煉の腕にそっと手を添え、深呼吸をして答える。
「それって、あの··、煉··?」
戸惑う湊。煉もまた、耳まで赤くして湊の言葉を待っていた。
「嫌か?」
「嫌··じゃないよ。そうじゃない、けど··、び、ビックリしちゃって····」
ゴクッと息をのみ込み、湊は『いつかね』と声を絞り出した。湊の答えに、安心した煉は肩の力が抜ける。
「はぁー··。まぁ“いつか”でいいわ。お前が嫌だつったら監禁するとこだったけどな」
「え、何怖い事言ってんの?」
「バーカ。冗談だよ」
「当然だよ」
2人は笑い合って、リビングのド真ん中に腰を下ろし、グルッと部屋を見回す。
「やっぱ狭いな」
「そりゃ煉の家に比べればね。でもね、一般的に考えて、2人で住んでも広すぎるくらいだよ?」
「そうなのか? 風呂なんか俺ん家のクローゼットよか狭かったぞ?」
「あれでも広いほうなの! 煉はさ、まず一般常識から学ばないとだね」
「はぁ~、だりぃ~」
煉は、湊のお小言に嫌気がさし、その場に寝転がってしまった。
「ところでさ、ここの家賃っていくらくらいなの?」
「あー··っと、40万くらいだっけ? 安い方なんじゃねぇの?」
眉間に皺を寄せ、開いた口が塞がらない湊。
「バ······バカじゃないの? そんなお金、どこから出るんだよ····」
「モデルの給料で何とかなんだろ。足りねぇ分は嵐に任せる」
なんとも簡単に言ってのける煉。湊は、先が思いやられるとばかりに頭を抱えてしまった。