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第72話 優しさの裏側


 煉の軽薄な発言に、先が思いやられるとばかりに頭を抱えてしまった湊。ハッと、ある事を思い出す。


「そういえばさ、1人暮らしする事、お兄さんに許可貰えたの?」

「あぁ。嵐に『シャカイベンキョーのために一人暮らししたい。オニーチャン、タスケテー』つったらめっちゃ悩んでた」

「そりゃ、煉と居るために家出ない人だもんね」

「けど、たまに会いに来んの許したらあっさりオッケーしたぜ。なんか、張り切って『お兄ちゃんに任せろ』とか言ってたな。他にもなんか言ってたけど聞いてねぇわ。つぅかアイツ、マジでチョロいな」


 そう言った煉は、気楽にケラッと笑っている。


(チョロいのは多分、煉のほうだと思うんだけどな····)


 浮かれている煉に水を差したくない湊は、無粋な事は言わないでおこうと言葉を飲み込んだ。



 家の見学会を終え、夕飯を食べて帰路についた2人。いつもの上ヶ谷公園でキスをして別れる。

 バイクで去ってゆく煉を見送る湊。家に向かう為、クルッと振り返った。すると、そこにはレジ袋を持った樹が仁王立ちしていた。


「うわぁぁぁっ!!」

「うぉっ····そっ、そんなビックリしなくてもいいだろ? 俺のがビックリだよ」


 樹は湊と一緒になって驚き、自分の胸を押さえながら言った。

 2人は束の間見つめ合う。気まずさから逃れようと、先に言葉を放ったのは樹だった。


「デート?」

「うん」


 一瞬の沈黙が、またも2人を取り巻く。


「··あぁ、テレビ見たよ。苦手だって言ってたダンスナンバーもさ、すげぇイイ感じだったじゃん! いつもは可愛い湊がカッコ良く見えた」


 樹は、張り詰めた気まずさを誤魔化そうと、いつも通りの飄々とした態度に努める。

 家族同様、全力で湊の応援はするが、ライブなどには積極的に行ったりしない樹。本当は、テレビを見た直後に連絡を取ろうと思っていたが、文化祭でのキス以来、妙に緊張して接し方が分からないでいた。


 コンビニへ行った帰り、たまたま煉と湊の別れ際を見てしまった樹。自分のつけいる隙がない事に焦燥し、やり場のない怒りが込み上げた。

 これといって戦略もないまま、湊に声を掛けたいが為に、気がついたら煉が去るのを待ち湊へ近づいていた。

 それを今は、少しだけ後悔している。


「んへへ、ありがと。可愛いは余計だけどね」


 前髪を弄り、照れながら答える湊。


「樹のことだから、見たらすぐに連絡してくると思ってたよ」


 樹のいつもと変わらない様子に絆され、湊は屈託のない笑顔を見せる。けれど、次の瞬間、湊は樹の唇が視界に入り固まってしまう。


「あ··、えっと、そういえば、なんか··話すの久しぶりだね」


 あからさまに動揺し始めた湊に気づく樹。俯いて耳まで赤くし、指先をもじもじしている湊を、樹は何も言わずにジトッと見下ろす。


「そうだね。あのキス以来、だよね」


 樹は意地悪く、湊の顎を人差し指の先で持ち上げて言った。


「あ··ぅ··そ、そうらね····」


 強張った唇で返事をする湊。目には、今にも溢れそうな涙が待機している。

 樹は、このまま攻めようか引くべきかを悩む。本音を言えば、さっきの煉とのキスを上塗りしてしまいたい。

 だが、それで湊に嫌われてしまったら、取り返しのつかない涙を流させてしまったら····。そんな不安が過り、樹はパッと手を引いてしまった。樹は、湊の怯えた瞳に負けたのだ。


「冗談。意地悪しないからさ、泣かないでよ」


 そう言う樹のほうが泣きそうじゃないかと、湊は思ったが何も言えなかった。


「な、泣かないよ。樹のバカ····」

「ならいいけど。家帰るんだろ? 一緒に行こ」


 2人は並んで帰路につく。


(これって浮気になるのかな。もし煉が見たら、また殴り合いとかになっちゃうのかな。ヤだな····)


 不安になった湊は、チラリと樹を見上げる。


「なに? 煉よりカッコイイって? 知ってる~」

「言ってないよ。煉のほうがカッコイイもん」

「え~、俺も負けてないと思うんだけどなぁ。てか惚気けるようになったのね〜」


 貼り付けた笑顔で、湊を緊張させないように取り繕う樹。そんな樹の心中を察してか、湊もいつも通りの態度でいるよう努める。


 公園から数分、湊の家に着いた。樹は、何か言いたげに湊へ視線を落とす。


「ん? 樹、どうしたの?」

「外でキスすんの、マジで気をつけろよ。俺だったからよかったけど、バレたらお互い大変だろ」


 見られていたことを知り、湊の心臓が跳ねる。


「うん。ごめん····」


 しゅんと落ち込んだ湊の頭を、優しくぽんぽんする樹。視線を上げた湊に、下心のない言葉を掛ける。


「俺は湊の味方だよ。湊を悲しませたり、傷つけるような事は絶対しない」


 樹のまっすぐで強い瞳に、湊はひと時惹き込まれてしまう。


「だから安心しなよ。湊を諦めたりしないけど、煉との邪魔はしないからさ」


 それが強がりである事を、湊は分かっていた。それでも、湊はその優しさに甘えてしまう。

 これまでも、こうして樹の優しさに甘えてきたのだろうか。気づかないうちに、樹の好意に慣れ過ぎていたのだろうか。湊はそう考えると、どうにもいたたまれない気持ちに苛まれた。


「俺はさ、湊の幸せな顔見れんの1番幸せなの。んで、湊を幸せにすんのは俺がいいなって思ってるだけ」


 とても静かに、湊へ語りかける樹。湊は黙ってそれを聞く。


「ただの、さ、俺の我儘。だから、湊は気にしなくていいんだよ。湊は自分の気持ちに正直でいなよ」


 そう言って、樹は湊の言葉を待たずに帰っていってしまった。



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