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第74話 ようやく手に入れた宝物


 緊張を孕み、必要以上の会話もないまま煉の家へ向かう2人。学校から少し離れた駐輪場に停めてあった、湊専用のバイクに乗る。湊は、緊張ごと煉の腰をギュッと抱き締めた。


 煉の部屋ではなく、その隣の部屋とも違うベッドルーム。煉は今日、ルーティンを行わない。もう、昂りを抑える必要などないのだから。


「家に連絡した?」

「うん。遅くなるって言っといた」


 2人のぎこちなさが拭えない。煉は、ぶっきらぼうに湊をベッドに座らせ、かじかむ手でブレザーを脱がせる。そして、そぅっと押し倒し、優しいキスから始めた。


「怖くねぇ?」


 湊の頬に指を這わせ、不安そうに訊ねる煉。怖がっているのはどちらかと、湊の緊張が緩んでしまう。


「うん。煉は?」

「は··、はぁ? なんで俺が怖がんだよ」


 スゴんでいるようで甘い、煉の紛らわしい口調を聞き分ける湊。やはり、怖がっているのは煉のほうだ。湊はそう確信した。


「煉、は覚悟できてるよ。煉は?」


 湊は、煉の頬を包んで聞いた。その言葉の真意を読み取り、煉はおずおずと答える。


「できてた··けど、正直今また迷ってる。お前をもっと大切にしてぇのに、こんな、一時の感情で抱いていいのかって····」

「煉は肝心なところで臆病だよね」


 目を細めて笑う湊。煉は照れて視線を逸らすが、すぐに湊の目を見て反撃に出る。


「うるせぇな。お前はビックリするタイミングで開き直るっつぅか肝据わんのな」

「えへへ。それって褒められてるんだよね?」

「微妙だわ」


 話すうちに、少しずつ緊張がほぐれていく2人。慣れた距離感で、笑い合って不意な静寂に身を置く。これも慣れた空気。


「ねぇ、煉」

「ん?」

「······抱いて」


 照れなのか怯えているのか、湊の目には薄らと涙が滲んでいる。煉は、湊の覚悟を受け取り、自分も漸く決心をする。

 これが間違いではないと、何度も何度も自分に言い聞かせながら、煉はついに湊を手に入れた。



***



「ん····」


 毛布の中で、もぞもぞと起きだした湊。煉の腕枕に頭を乗せている。湊は目を瞑ったまま、強張った首を少し上げた。

 瞼を持ち上げると、整った顔で眠る煉が視界に入る。ときめく心臓。その直後、下腹部のズクンとした重怠さに、行為を思い出して赤面する。


 湊は、煉の胸に顔をうずめ、昂ってゆく感情を鎮めようと深呼吸をした。


「なに人の匂い嗅いでんだよ。ヘンタイ」

「なっ、へ、変態じゃないも――ゎぷっ··」


 起きがけに、照れ隠しの悪態で挨拶する煉。湊の頭を抱えて黙らせる。


「身体、大丈夫か?」


 煉の質問に、またも照れてしまう湊。ドクンドクンと煩い心臓の音で、自分の声も良く聞こえないまま答える。


「うん··、大丈夫」


 2人は暫く抱き締め合い、愛し合った余韻に浸った。



 今日は、湊の身体を気遣い諏訪に車で送らせる煉。終始、照れて俯いたままの湊の手を、ずっと握って離さない。

 全てを察した諏訪は何も聞かず、これが嵐にバレた時の事を思い、ただひたすらに嵐の機嫌を取る方法を考えていた。後部座席の2人に聞こえないよう、小さな小さな溜め息を何度も漏らしながら。


 車はいつもの上ヶ谷公園に停めた。けれど、今日だけはと、煉は湊の自宅まで付き添う。

 車を降りると、冷たい風に湊が体を震わせた。羽織っていたコートを湊に着せ、身体を冷やすなと命令する煉。湊は素直に従う。


 家の前に付き、煉へコートを返そうとする湊。だが、煉は中まで来てろと言って脱ぐのを許さなかった。

 いつもの様に別れのキスをしようと、湊の頬に手を添える煉。しかし、湊は樹に言われたことを思い出す。


「煉、外でキスするのやめよ? 誰かに見られたら、もう、一緒に居られなくなっちゃう」


 煉はピタッと止まり、湊の言葉を受け入れる。かに思えたが、チラチラと周囲を確認し、湊の隙をついて唇を奪ってしまった。


「今日だけな。これからは、見られねぇトコで気が済むまでシてやるよ」

「も、もう··煉のバカぁ····」


 真っ赤になった湊は、このままでは家に入れないじゃないかと怒る。煉は悪戯っ子の様な顔をして、それなら今からデートに行くかと誘った。

 返事に困る湊。煉は『冗談だよ』と言ってデコピンをした。


 両手で額を押さえぷりぷりと怒る湊を、煉は愛おしそうに見つめる。そして、名残惜しそうに『風邪ひくからそろそろ家入れ』と言って、唇を尖らせた湊を家に入らせた。


 湊が家に入るのを確認した煉は、公園で待たせている車へ戻る。が、踵を返した途端、脱力したように煉は道端に座り込んでしまった。


「はぁ~~~····。ついにヤッちまったんだな····。マジかぁ····」


 今の今まで夢見心地だった煉。湊を送り届け気が抜けた所為か、突然今日の出来事に現実味が湧いてきたのだ。

 暫くそのまま動けず、様子を見に来た諏訪に見つかってしまった。諏訪は、ふふっと零れる笑みを拳で隠した。けれど、当然バレてしまい、不機嫌を極めた煉に『笑ってんじゃねぇ!』と怒鳴られてしまう。


「ここで騒いだら、西条様に怒られますよ」

「うるっせぇよマジで····」


 膝を抱え項垂れて、片腕で頭を隠す煉。少し前までの煉を思えば、こんなに可愛らしい悪態をつくようになったのかと、諏訪は幾分か安堵した。


「帰ったら、温かい紅茶を入れましょうか」


 そう言って、諏訪は機嫌の悪い煉の腕を引いて立たせた。煉はその手を払い、ツンと『1人で歩ける』と唇を尖らせる。

 それを見た諏訪がもう一度小さく笑みを零したことを、煉は知らぬままフラフラと歩き始めた。



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