緊張を孕み、必要以上の会話もないまま煉の家へ向かう2人。学校から少し離れた駐輪場に停めてあった、湊専用のバイクに乗る。湊は、緊張ごと煉の腰をギュッと抱き締めた。
煉の部屋ではなく、その隣の部屋とも違うベッドルーム。煉は今日、ルーティンを行わない。もう、昂りを抑える必要などないのだから。
「家に連絡した?」
「うん。遅くなるって言っといた」
2人のぎこちなさが拭えない。煉は、ぶっきらぼうに湊をベッドに座らせ、かじかむ手でブレザーを脱がせる。そして、そぅっと押し倒し、優しいキスから始めた。
「怖くねぇ?」
湊の頬に指を這わせ、不安そうに訊ねる煉。怖がっているのはどちらかと、湊の緊張が緩んでしまう。
「うん。煉は?」
「は··、はぁ? なんで俺が怖がんだよ」
スゴんでいるようで甘い、煉の紛らわしい口調を聞き分ける湊。やはり、怖がっているのは煉のほうだ。湊はそう確信した。
「煉、
湊は、煉の頬を包んで聞いた。その言葉の真意を読み取り、煉はおずおずと答える。
「できてた··けど、正直今また迷ってる。お前をもっと大切にしてぇのに、こんな、一時の感情で抱いていいのかって····」
「煉は肝心なところで臆病だよね」
目を細めて笑う湊。煉は照れて視線を逸らすが、すぐに湊の目を見て反撃に出る。
「うるせぇな。お前はビックリするタイミングで開き直るっつぅか肝据わんのな」
「えへへ。それって褒められてるんだよね?」
「微妙だわ」
話すうちに、少しずつ緊張がほぐれていく2人。慣れた距離感で、笑い合って不意な静寂に身を置く。これも慣れた空気。
「ねぇ、煉」
「ん?」
「······抱いて」
照れなのか怯えているのか、湊の目には薄らと涙が滲んでいる。煉は、湊の覚悟を受け取り、自分も漸く決心をする。
これが間違いではないと、何度も何度も自分に言い聞かせながら、煉はついに湊を手に入れた。
***
「ん····」
毛布の中で、もぞもぞと起きだした湊。煉の腕枕に頭を乗せている。湊は目を瞑ったまま、強張った首を少し上げた。
瞼を持ち上げると、整った顔で眠る煉が視界に入る。ときめく心臓。その直後、下腹部のズクンとした重怠さに、行為を思い出して赤面する。
湊は、煉の胸に顔を
「なに人の匂い嗅いでんだよ。ヘンタイ」
「なっ、へ、変態じゃないも――ゎぷっ··」
起きがけに、照れ隠しの悪態で挨拶する煉。湊の頭を抱えて黙らせる。
「身体、大丈夫か?」
煉の質問に、またも照れてしまう湊。ドクンドクンと煩い心臓の音で、自分の声も良く聞こえないまま答える。
「うん··、大丈夫」
2人は暫く抱き締め合い、愛し合った余韻に浸った。
今日は、湊の身体を気遣い諏訪に車で送らせる煉。終始、照れて俯いたままの湊の手を、ずっと握って離さない。
全てを察した諏訪は何も聞かず、これが嵐にバレた時の事を思い、ただひたすらに嵐の機嫌を取る方法を考えていた。後部座席の2人に聞こえないよう、小さな小さな溜め息を何度も漏らしながら。
車はいつもの上ヶ谷公園に停めた。けれど、今日だけはと、煉は湊の自宅まで付き添う。
車を降りると、冷たい風に湊が体を震わせた。羽織っていたコートを湊に着せ、身体を冷やすなと命令する煉。湊は素直に従う。
家の前に付き、煉へコートを返そうとする湊。だが、煉は中まで来てろと言って脱ぐのを許さなかった。
いつもの様に別れのキスをしようと、湊の頬に手を添える煉。しかし、湊は樹に言われたことを思い出す。
「煉、外でキスするのやめよ? 誰かに見られたら、もう、一緒に居られなくなっちゃう」
煉はピタッと止まり、湊の言葉を受け入れる。かに思えたが、チラチラと周囲を確認し、湊の隙をついて唇を奪ってしまった。
「今日だけな。これからは、見られねぇトコで気が済むまでシてやるよ」
「も、もう··煉のバカぁ····」
真っ赤になった湊は、このままでは家に入れないじゃないかと怒る。煉は悪戯っ子の様な顔をして、それなら今からデートに行くかと誘った。
返事に困る湊。煉は『冗談だよ』と言ってデコピンをした。
両手で額を押さえぷりぷりと怒る湊を、煉は愛おしそうに見つめる。そして、名残惜しそうに『風邪ひくからそろそろ家入れ』と言って、唇を尖らせた湊を家に入らせた。
湊が家に入るのを確認した煉は、公園で待たせている車へ戻る。が、踵を返した途端、脱力したように煉は道端に座り込んでしまった。
「はぁ~~~····。ついにヤッちまったんだな····。マジかぁ····」
今の今まで夢見心地だった煉。湊を送り届け気が抜けた所為か、突然今日の出来事に現実味が湧いてきたのだ。
暫くそのまま動けず、様子を見に来た諏訪に見つかってしまった。諏訪は、ふふっと零れる笑みを拳で隠した。けれど、当然バレてしまい、不機嫌を極めた煉に『笑ってんじゃねぇ!』と怒鳴られてしまう。
「ここで騒いだら、西条様に怒られますよ」
「うるっせぇよマジで····」
膝を抱え項垂れて、片腕で頭を隠す煉。少し前までの煉を思えば、こんなに可愛らしい悪態をつくようになったのかと、諏訪は幾分か安堵した。
「帰ったら、温かい紅茶を入れましょうか」
そう言って、諏訪は機嫌の悪い煉の腕を引いて立たせた。煉はその手を払い、ツンと『1人で歩ける』と唇を尖らせる。
それを見た諏訪がもう一度小さく笑みを零したことを、煉は知らぬままフラフラと歩き始めた。