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第109話 煉の成長


「蒼くん、いや、湊くん。初めまして、Renが所属するブリジャールの社長、二見にみ 輝貴てるきです」

「は、初めまして!」


 差し出された手を握り、握手を交わして挨拶をする湊。

 マネージャーの宇陀といい、煉の事務所はスタッフまでもが見目麗しい。チャラくて胡散臭そうな登坂とは雲泥の差だ。


「それじゃ、俺も改めて自己紹介しとこうかな。サルバテラが所属する弱小事務所の社長、登坂 いずみです! よろしく」


 煉は、ガッと差し出された手を渋々握る。その手を離さないまま、登坂は話し始めた。


「君、元々蒼のファンだよね」


 笑顔で言う登坂。煉を太客呼ばわりしていた登坂は、変装していた煉の正体にいち早く気づいていた。それを今日こんにちまで黙っていたのは、単に面倒事を避けたかったから。


「あれだけ目立ってて今までバレなかったのは奇跡だよねぇ。君の強運のおかげだろうね、関係のコトも今までバレなかったのは」

「そっすね。けど、だけじゃないでしょ。なんだかんだ暗躍してくれた人たちのおかげっすよ」


 そう答えて握る手に力を込める煉。何の事やらと、湊は隣で首を傾げている。


「まぁこの通り、うちの蒼はぽやんとしててね。ぶっちゃけ、相手が煉で良かったと思ってるよ」

「こちらこそ。あまりイメージの良くなかった煉を改心させてくれたのは、十中八九湊くんでしょう。我々も手を焼いていたので、とても感謝していますよ」


 社長同士、にこやかに感謝を伝え合う。それを見て、少し緊張の解けた湊は、煉に寄り添って耳打ちをする。


「僕たちのこと、怒られないのかな」

「ありゃ作り──あー··いや、このタイミングっつぅのがあんだろうな。じゃなかったらガチギレられてんだろ」

「そ、そっか····そうだよね」


 またしょんぼりと肩を落とす湊。煉は、小さな溜め息を吐いて肩を抱き寄せた。そして、湊の肩を抱いたまま、煉は堂々と言い放つ。


「次のドラマ、キスシーンでも濡れ場でも、なんでもオッケーっすよ」


 煉の発言に固まる社長たち。


「あのな、煉。高校生に濡れ場なんてさせられるわけないだろ」

「あ~、じゃキスシーンまでは余裕って事で」

「登坂さん!」

「いや~あはは、すみません」


 登坂の軽さに声を荒げた二見。しかし、脚本を知る二見としても、煉の申し出はありがたいものだった。


「あの! 僕も大丈夫です。煉とならできます!」


 湊の発言に顔を見合わせる登坂と二見。側頭部をガシガシと掻き、登坂が重い口を開いた。


「あのな湊、分かってるとは思うけど一応言っとくぞ」


 煉とのキスシーンを承諾するという事は、他に演技の仕事が来た時、煉以外ともキスシーンをする事になるかもしれない。煉との関係を公表したとして、仕事としてきた依頼であれば断れなくなる。

 それを承知の上で言ったのかと確認する登坂。ついでに、煉もそのつもりだったのかと聞く。少し間を置いて『そうだよ』と答えた煉。湊は、改めて『僕も大丈夫です』と答えた。


 登坂と二見は、煉たちに背を向けて相談する。時々見える登坂の困ったような顔が、湊を不安にさせる。

 だが、暫く協議した結果、キスシーンまではアリという方向で話を進める事になった。今度は別の不安が過る湊。けれど、同時にワクワクする気持ちも芽生えていた。

 湊は煉を見上げ、唇をキュッと締めて『頑張ろうね』と気合を入れる。互いに、渦巻く不安と浮かぶ言葉をのみ込んで、与えられた仕事へ意識を集中させようと務めた。


 この日は解散という事になり、取り留めてお咎めはなかった。湊はホッと胸を撫で下ろしたが、煉にはまだ気掛かりな事がある。尚弥の事だ。



 煉は、湊を家に送り届けてから綾斗と秋紘を呼び出す。そして、湊との関係を公表する際は、尚弥へのフォローをよろしく頼むと頭を下げた。


「遅かれ早かれ、こうなるとは思ってたけど····ま、早かったね」

「それはマジで悪かった」


 嫌味を垂れる綾斗。言わずにはいられなかったのだろう。煉は素直に謝る。


「仕方がない流れだったとは思うけどね。湊の恋人として、蒼····ひいてはサルバテラのファンとして、煉は思うところが多いわけだ」

「····まぁ」

「けどさ、あのガルってた煉が俺らに頭下げるとかマジ成長じゃんね。お兄さんたち感動」

「うるせぇよ」


 覇気もなく言葉を落とす煉。張り合いのない煉に、秋紘が吹っ掛ける。


「もしさ、ナオがダメになってサルバテラ解散とかなったらどーすんの? 湊と別れんのか、サルバテラをぶっ潰すのか、どっち?」

「こらアキ、そうならないよう俺たちにフォロー頼んでるんでしょ。あんまり揶揄うのは──」

「そうなったら湊と別れる」


 キッパリと言いきる煉。綾斗と秋紘は言葉を失う。


「もしもって時は、アイツの失うもんがより少ないほうとるべきだろ」

「それは──」


 綾斗は煉に物申そうとしたけれど、秋紘がそれを遮る。


「いい覚悟じゃん。ナオはこれから失恋前提で自覚しなきゃなんだよね。アイツ、メンタル強くないからさ、どうなるのか正直オレらにも分かんねぇの。だからさ、煉がそういう心積りでいてくれんのはありがたいわ」


 煉を煽るような口調で言い放つ秋紘。それでも煉は、挑発に乗ることなく淡々と言葉を並べていく。


「俺は湊から沢山もらったからな。それに、アイツは俺と違って全部大切にしてんだろ。だから、ひとつだって奪うわけにはいかねぇんだよ」

「湊が大切にしている物を全て守りたいんだね」

「当然だろ。アイツが笑ってられんのは、蒼でいられんのは、アイツの大切なものがアイツを守ってるからなんだよ」


 ふぅ、と小さく息を吐く綾斗。隣でイラつき始めている秋紘を宥めるように、ポンと背中へ手を添えた。

 そして、煉が気づいていない大切なことを伝える。



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